第7話 少龍
全高五メートルを超える機体が工作室に横たわる。
広い工作室とはいえインパクトのあるサイズだ。
これこそ俺が作り上げた新型機体だった。
頭部と胸部はお約束として龍の顔を造形。
脚部ソールにはモータータイヤを格納し、必要に応じて展開使用することができる。
肩部ウィングスラスターに加え、タイヤと組み合わせて使用するためのバインドスラスターもふくらはぎに装備した。折りたたみ機構によって推進用オープンモードと吸着用クローズモードを選択できる。
腕部は構想実現に必要なパーツが不足しており、現段階ではナックルガードを付ける程度のオーソドックスな作りにとどめておいた。しかし大型化に伴ってパンチの破壊力は大幅にアップしたはずだ。
テイルを動かして、工作室に置かれているタンクからアカガネを吸引、新造機体に供給する。
準備は整った。
初起動は何度繰り返しても興奮する。
「いよいよですね!」
「名前なんにしようかな!」
マサキとアオイも頬を紅潮させている。
新造機体の頭部にマニピュレータを当てて、俺から起動信号を送り込む。
転換臓にアカガネが流れ込んでいく。
エネルギー転換開始、関節機構にエネルギー供給開始、モーター始動、統合センサー起動、モータータイヤ稼働チェック、バインドスラスター電磁加速機構の電圧十分、試運転開始。
頭部光学センサーが光を放つ。
センサーが光る意味? 気合いを示しているのだ。
多数の機械が動いて発する作動音のハーモニーは震えるような気持ちよさだ。
横たわっている機体がゆっくりと身を起こす。
ハーモニーも高まっていく。
機体は身をよじり、手を付き、足を引き、そして立ち上がった。
俺は自分の腰部からテイルを外し、新造機体の腰部に移す。
新造機体の頭部がスライドして上面ハッチがオープン。
テイルが俺をつかみ上げ、そして上面ハッチから新造機体へと俺を送り込んだ。
新造機体の神経系が俺に接続され、俺の情報処理系が切り替わっていく。
巨大な腕が俺の腕となる。
巨大な足が俺の足となる。
この巨体が俺自身となる!
俺は両腕を高く掲げ、そして胸の前でクロス。火花が散る!
俺は新造機体と融合し、新たな俺自身となった。最強ロボへの二歩目だ!
アオイがうれしそうに言う。
「もう雛じゃないね。立派な少年だよ!」
俺はずっこけそうになる。少年はないだろう。
「やっぱり名前は俺自身で付ける」
「ええ~」
アオイは不満そうだ。
「一号機はボーンドラケン、この二号機はデュアルドラケンとする。どうだカッコいいだろう」
「意味わからないよ。そうだ少龍にしよう」
俺は嫌な予感がした。この機体はもう少龍としか呼ばれない気がする。
そんなやり取りを気にもせず、マサキは俺の新たな機体を凝視している。
「ガラクタを再構成することでも、こんな機体を造れるんですね。この技術、手に入れるしかありません」
目を爛々と輝かせている。俺をばらしてでも技術を奪い取られそうで怖い。早めに伝授したい。
「試運転するぞ。アオイ、乗ってくれないか」
「うん、え、乗る?」
俺はテイルでアオイを優しくつかみ上げる。
背部ハッチをオープンするとコックピットが現れる。
そこにアオイを降ろした。
「凄い、ここに乗れるんだ!」
アオイはシートに座る。
五メートルサイズのロボットであり、内部には様々な機構や俺自身が詰まっているので、コックピットにあてたエリアはかなり狭い。
アオイが小柄なのでなんとかなっている。
コックピットは籠のように柔軟な骨構造に包まれているので衝撃からアオイを守ってくれるはずだ。
シートにはアオガネが内蔵されており、アオイの晶紋信号を外部に伝達できる。これで龍巫女としての活動も安全にできるだろう。
操縦機構は必要ないのだが、それでも操縦桿やペダルを付けておいた。もしこの機体がプラモになることがあるとすれば、コックピットにギミックがないのはカッコ悪いからな。
コックピットを囲む球面シロガネがディスプレイとして外界を映し出した。
「お姉ちゃんが小さく見えるよ! 少龍はこんなに大きかったんだ!」
アオイが感嘆の声を上げる。
俺はひとつ満足した。やはり最強ロボは人を乗せていないと。
工作室の外部ハッチを開いて俺は外に出た。
脚部の新機構を試したい。
脚部ソールのモータータイヤを展開接地させる。
バインドスラスターをクローズモードにして負圧を発生、タイヤを地面に吸着させる。
モータタイヤの回転駆動とバインドスラスターからの噴射で俺は走行を開始した。
ローラースケートのように平地を駆け抜ける。
五メートルの機体を縦横に疾駆させる。
左右への切り返しで発生する衝撃をドラゴンテイルが吸収、上出来な走り心地だ。
「アオイ、大丈夫か?」
「龍で慣れているから! 楽しい!」
コックピット内のアオイを振り回すのが心配だったが問題ないようだ。
だったらこいつの真価も試せる。
前進拠点のドームは丸くて高い壁に囲まれている。
俺はその壁へと全速で突っ込んでいく。
キックするように足をぶつけ、そして負圧で吸着。
火花が走る。
重力に逆らうかのように壁を垂直に走って上昇。
壁を走る、走り続ける!
そのままドームの上へと到達した。
成功だ!
この機体は壁があろうとも走り続けることができる。
巨大リビルドと戦うときにきっと役立つだろう。
俺はドームの上に停まって一息ついた。息はしていないが。
ドーム上には鉄骨が横たわっている。
鉄骨の先は五つに分岐していてまるで手の骨のようだ。
俺ははっとした。
実際、この鉄骨は腕から手にかけたフレームそのものなんじゃないか? それも極めて大きい。これはなんなんだ?
「あれが気になるんだね少龍。ちょっと降ろして」
アオイの頼みにコックピットハッチを開き、テイルを使ってアオイをドーム上まで運ぶ。
アオイは歩いていき、巨大な手の骨の甲部分に乗った。指にしっかりつかまっている。
甲部分は大きく、俺も乗れるだけのスペースが十分に余っている。
「来て、少龍」
俺も乗るとアオイは、
「動かすね」
額の晶紋が複雑な模様を浮かび上がらせる。
鉄骨全体が動き出した。甲部分を持ち上げ始める。
俺たちはみるみる高みへと運ばれていく。
俺たちが乗る甲部分は頂点に達した。
風が吹きすさぶ。
高さ百メートルを超えている。
俺は下を見て愕然とした。
乱雑に倒れているものとばかり思っていた鉄骨群は人型のフレームだった。
俺たちがいたドームは人型の胸部分。頭部や腹部などは失われているが、足や腕のフレームは残っている。
なんという巨大ロボットか。全長は二百メートルを超えただろう。
俺はこの世界を舐めていた。
見ている事実に転換臓の高鳴りを抑えられない。
俺がこの世界で最強ロボになるには、こうした巨大ロボを超えねばならないのだ。
どでかい目標にやる気が燃え上がる。
この世界のどこかにはまだこうした巨大ロボが駆動しているのではないか。冒険して探し出して調べ上げたい。
なんて楽しい世界なんだ。
「見て、あれがアズマ工房だよ」
アオイの声で我に帰る。
彼女が見ている方向は東の彼方、機械で埋め尽くされた平原の向こうに建造物群が見える。
まるでバベルの塔のように大きな建物も見えた。
「あれがあたしの仕えている転換神殿」
アオイが説明する。彼女は誇らしげな顔をしている。
アオイは北を向いた。
機械平原の彼方を樹状の構造物が埋め尽くしている。
「キタ機構大森林だよ。アズマ工房の猟師たちはあそこを目指して前進拠点を作って、ここまで来たの。でもまだはるか彼方」
アオイは遠くを仰ぎ見る。
「神殿を守護しているドラゴンが姿を見せなくなってしまった。あの森の奥に隠されているドラゴンズネストでなにかが起きてしまったんだと思うの。だからあたしは確かめに行かなきゃ。龍巫女だから」
俺は未来が見えたように思った。
龍巫女と共にあの奥地を探索し、ドラゴンに出会い、巨大ロボットを見つける。きっと俺を強化できる貴重な素材やパーツも見つかる事だろう。
そのときだった。
俺の複合センサーが高空に飛行物体を感知。超音速、しかし三百メートルはある。
アオイも上空を仰ぎ見る。
「アズマドラゴン!」
アオイが叫ぶ。
光学センサーに機械生体の龍、ドラゴンリビルドを視認。
ドラゴンはのたうつようにジグザグな飛行を繰り返しながら飛んでいく。
ドラゴンを見るのは初めてだが正常な状態とは思えない。狂気にとらわれているかのようだ。
ドラゴンは東の彼方に向かっていく。
アズマ工房や転換神殿の方向だ。
「戻らなきゃ!」
アオイは悲壮な表情だった。ドラゴンのことを深く心配しているのだろう。
俺にとっても生物学的に、いや機械生体的にあのドラゴンはきっと親にあたる。他人事ではない。
俺たちは急いで戻ることを決めた。
下に降りながらアオイがマサキに通信を入れる。
「お姉ちゃん、ドラゴンが帰ってきたよ。あたしたちは急ぎで先に戻るね」
「分かりました!」
ドーム上でアオイを再びコックピットに収納、俺は東へとドームを滑り降り、そのまま全速走行に入った。
目指すは転換神殿。
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