第121話 一応逃げられました。

 こんにちは、勇者です。


 宰相カンヘル様の指示で現れたのはアレノフ伯爵の御令息、セマンド様でした。

 廃城で肉を振舞った時よりもだいぶ体調は良くなったようで、痩けていた頬や目の隈などもなくなっています。


「アレノフ伯爵の息子、セマンドだ。先日我が娘の婚約者の協力で救い出した奴隷たちの中にこの者もおったのだよ」


 陛下はジッと辺境伯を睨みつけます。

 ⋯⋯妙に婚約者を強調するのやめてくれませんか?


「そしてこの者はピリシアガ、貴様が廃嫡したという娘のセレスティナの奴隷でもある。そうだな?」


「はい陛下。私セマンド・アレノフは、セレスティナ・ペルゲン様の奴隷にございます」


 そう言ってセマンド様は、前髪をそっと持ち上げます。そこには隷属の証である菱形の紋様。

 伯爵の子息が、堂々と奴隷であると宣言した。これは国家を揺るがす大問題でありました。


「セレスティナはもうペルゲン家の者ではない!」


「いいえ、私が隷属を誓ったのはセレスティナ・「ペルゲン」様です。まだペルゲン家に籍を置いた令嬢セレスティナ様に、私はこの紋様を刻まれました」


「セ、セレスティナの奴隷とは限らん! その紋様が偽の彫物だということだってあり得るではないかっ!」


 言葉遣いが崩れる辺境伯。だいぶキてますねぇ〜。


「ならば証明してみるか。罪人セレスティナ、何か命令して見せよ」


 陛下の言葉で、クルーカが下げられ今度はセレスティナが前に出されます。


「⋯⋯はい。セマンド」


「はっ! ご主人様!」


 謁見の間に、これでもかという大声でセマンド様が返事をします。

 ちょっとこの時点で自分は引き気味なんですが、予定されているこの後の「命令」を考えると⋯⋯。


「私の靴をお舐め」


「喜んで!」


 一瞬の間も無く返事を返すセマンド様。そして額の紋様は、淡く光を放っています。それが隷属魔法が発動している証左なのだそうです。


 セマンド様は駆け足でセレスティナの前へ跪くと、彼女がここに連れられてくるまでずっと履きっぱなしで汚れた靴を嬉しそうに舐め上げていきます。


「ご主人様! 御身足は、いつものように指の間まで綺麗に致しますか!」


「⋯⋯いえ、結構よ。もう戻っていいわ」


「かしこまりました、ご主人様!」


 そのやり取りを静観していた一同はもう見ていられないと、皆顔を背け眉根を顰めます。

 そしてセマンド様のお父上、アレノフ伯爵はブルブルと拳を震わせながら怒りの形相で涙を流しておりました。


 無論、これもこのお芝居の演出の一つ。もう少し穏やかなやり方はないのかと思いましたが、他ならぬセマンド様が大袈裟にやるほうが良いと望んだので何も言えません。


 そしてこんなことをすればもうセマンド様は伯爵家には戻れない。

 それを覚悟の上で、彼はこの舞台に進んで立っていました。


「⋯⋯すまなかったな、アレノフ伯爵。さぁピリシアガ、いやペルゲン辺境伯。セマンドは罪人セレスティナがまだ貴族であった頃に隷属魔法で奴隷にされた。つまりこれはペルゲン家の罪だ。そしてあろうことか貴族に隷属魔法を掛けた、これは禁忌であり大罪である!」


 そう叫ぶと、ゾルダス陛下は無言で辺境伯に弁明を求めました。

 しかし返ってきたのは、くぐもった笑い声。


「く――――くっく、だからどうしたと言うのだ。禁忌? 大罪? 大いに結構! だが私が罰せられる機会は訪れんよ!」


 立ち上がり、目を血走らせてそう吐き捨てる辺境伯。

 その顔には狂気が満ち、歪んだ笑いが浮かんでいました。


「えぇ、えぇえぇ認めましょう陛下。先程まで私に説教臭く垂れていた罪は全て本当だ。だがこれから王になる私に、誰が罰を与えるのかな?」


 胸を張り不遜な態度で辺境伯は陛下にそう言い放ちました。

 自分の計画が全て潰されているとも知らずに。


「ほう、貴様が王になるか。つまり謀反を起こし王位を簒奪すると、そう言いたいのか?」


「そうだ! 力を持ちながらそれを使おうともしない愚鈍な国王よ! 我が辺境伯領が有する軍、そして無駄に北や東に散らしている兵力をかき集めれば他国への侵攻も容易いというのになぜしない!? この臆病者め、私が王になればズルーガはもっと大きな国になる!」


「安易に他国を攻め領地を広げれば、それだけ各地に点在する魔王の脅威を抱え込むことになる。その愚かしさが分からんか」


「分からんね! そんなものはそこに突っ立っているような勇者どもに任せればいい! 貴様もそのために自国で勇者を囲おうと娘を使って籠絡したのだろう! まぁ翠程度の者で役に立つとは思えんがな!?」


 ピリリと、場に殺気が満ちます。それは果たして誰のものか。まぁ主にうちの連中がね⋯⋯。

 あ、ちなみに自分は別に気にしてないですよ? 実際自分より強い勇者はゴロゴロいるでしょうし。


 ⋯⋯そう思ったらブラックの顔が脳裏にチラつき、自分もやっぱり不機嫌に。


「私には白虎騎士団がある! そして軍がある! 教えてやろう愚王ゾルダス。今この時にも貴様を墜とすために、この王領には兵が迫っているぞ!」


 その独白に、謁見の間は再び静寂に包まれました。

 そこに一つだけ溜息が漏れ聞こえます。


「はぁ⋯⋯その兵というのは、貴様の辺境守備軍と南部諸侯の貴族連合のことを言うておるか?」


「はっはっは! ⋯⋯は? なぜ南部のことを知って――――」


「もう茶番は飽いた。参れ」


 三度、謁見の間の扉が開かれました。そこから肩を怒らせ入ってきたのは、くだんの南部貴族、そのお偉い方達だそうです。


 各々それはもう怒りに満ちた表情で辺境伯に詰め寄るように歩を進め、一度陛下に膝を突き礼を尽くしました。


「陛下。わたくしヘイン・カービンス以下南部の代表諸侯、ご参謁致します」


 そう挨拶したのはカービンス侯爵。ズルーガ南部地域の貴族のまとめ役的な地位にいる人なんだとか。


「うむ。わざわざ苦労を掛けたな」


「いえ。自らの意思に反するとはいえ、この度の不敬不遜なる我らが行い平にご容赦を」


 そのやり取りに付いていけない辺境伯は、南部の貴族様達の顔を見て口をパクパクさせています。

 クロちゃんが横で「お魚みた〜い」と言ってます、本当ですね。あ〜久々に海の魚とか食べたいですね。


「ペルゲン辺境伯よ、よくも我らを謀ってくれたな」


 低く唸るような声で、カービンス侯爵が辺境伯を睨みつけました。


「貴様らがどうしてここにいる!? け、契約は! 隷属の契約はどうした! なぜ自由に動いているのだ!」


「当然、我らがお前の鎖から逃れたからよ。勇者様がたのお力添えでな!」


 はい、ここ自分は全く関与してないとこ〜!


 なんでも奴隷達を縛っている魔法具「隷属の書」に記された名前を精査していたところ、セマンド様以外にも貴族の名前を複数確認。


 調べてみればさぁ大変。その貴族達は主に南部の方々で、辺境伯の指示のもと王領へと攻め入り謀反を起こそうとしていた事が発覚。


 ちゃちゃっとルルエさんがその契約をぶっ壊して、転移を駆使し直接彼らに話を聞いたのが四日前。

 南部諸侯連合が息を巻いて王領へと進軍する直前のことでした。


 ならもうついでにこのお芝居に同席させちゃいましょ〜! というルルエさんの鶴の一声でこうして代表者が王城に招かれたのでした。


 まぁ動いていたのはエメラダ、ルルエさん、エルヴィンたちで、自分は今日その話を聞かされたんですがね!!


「ふ、ふざけるな⋯⋯隷属の書は私の手にあるんだぞ!?」


「それはこれのことか?」


 傍に控えていたエメラダが不意に声を上げました。その手には本物の隷属の書が握られています。


「――――なぜ、それが、ここに」


「貴様がエルフを使って盗み出したものは全て贋作。先程の証拠を見せた時に察せなかったかピリシアガ・ペルゲン? この程度の考えにも至らぬなど、それでよく軍を束ねられたものだな」


 そう啖呵を切るエメラダは活き活きとしています。いやマジで楽しそうでドン引きです。


「は、え⋯⋯あ、あれが、偽物? 魔力まで帯びていたのに」


「見破られぬよう細工するには中々に苦労しました。しかしそこまで驚いて頂けたのなら作りがいもあったというもの」


 満足げにエルヴィンが煽ります。うん、いっぱい徹夜してたもんね⋯⋯後でもっと褒めよう、そうしよう。


 辺境伯は力が抜けたようにガックリと膝を折り、しばし放心中。

 しかしその暇も与えぬと、ゾルダス陛下は裁可を下しました。


「ピリシアガ・ペルゲン。禁止された魔鉱石の不正輸出。奴隷密売、及び禁忌魔法への関与。そして国家転覆。中々良い目を揃えたものだな? 処刑は免れぬ、己が所業を悔いながら最後の日を待つがいい」


 軽く手を挙げれば、備えていた騎士と兵士たちが辺境伯を捕らえるため走り出します。

 はい、これにて一件落着。もう面倒事はしばらくお腹一杯、そう思っていたら。


「まだだ⋯⋯まだ我が精鋭の軍は残っている! そうだ、貴様らがおらずとも私の力だけでこの国を手中に納めてくれるっ!」


 そう言って胸元から取り出したのは――宝石のペンダント?


「っ! 早く捕まえて! 「飛ばれる」わ!」


 ルルエさんがそう叫ぶと同時、辺境伯が持つペンダントの宝石ヒビが入ります。

 すると彼の周囲の空間だけがぐにゃりと歪んで見え、一瞬にして辺境伯の姿が消えてしまいました。


「なんだ! 何が起こった!?」


 狼狽する宰相カンヘル様に、ルルエさんは不満げに答えました。


「あれは転移の魔法を込めた魔法具よ⋯⋯あんな貴重なもの、よく持っていたわねぇ」


「え、そんなものあるんですか!?」


「まぁあるにはあるわよぉ。使い捨てだけど本当にすっごく希少な魔法具なのよぉ? ほら、エルヴィンを見てみなさい」


 言われてエルヴィンを見ると、その顔は素晴らしいものを見たという興奮とそんな貴重な物を使ってしまったのかという驚愕で百面相しています。


「むぅ、彼奴め何処へ逃れた⋯⋯」


「自分の大好きな玩具の兵隊がいる場所に決まってるでしょぉ。あの様子じゃ形振り構わず王領へ攻め込んでくる気ねぇ」


「だとすると⋯⋯アレノフ伯爵、卿の私兵が辺境伯の軍を見張っていたな。今どの辺りにおるか?」


「はい。昨日の報告だと我が領と辺境伯領の境にある広い平原で野営を行なっていたようです。警戒して目的を訪ねたところ、あちらの言い分では辺境守備軍の「大規模演習」だと⋯⋯」


 宰相の問いにアレノフ伯爵は重苦しく答えました。

 最初に戦火が上がるとすれば伯爵領なのです、その心中は焦燥に満ちているでしょう。


「――――「大規模演習」ねぇ? んふふっ」


 場違いなルルエさんの艶っぽい笑いが溢れ、誰もが困惑の顔で彼女を見遣ります。


「陛下ぁ? お願いがあるのだけれどぉ」


「な、なんだ魔女⋯⋯いや失礼、ヘインリー殿よ」


「その「大規模演習」とやらにぃ、是非とも参加させてもらうわぁ〜」


 楽しそうにバッと手を広げ、かと思えば自分の肩を掴み強引に前へと押し出されます。

 ⋯⋯⋯⋯ま、まさか?


「グレイくんたちが!」


「鬼かぁっ!!」


 今日の謁見の間で一番大きく声を張り上げたのは、間違いなく自分だったでしょう⋯⋯。

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