番外編 サルグ・リン、がんばる!
こんにちは、勇者です。
今日は以前サルグ・リンと約束した通り、一緒にお昼を作っていきたいと思います。
いや〜しかし、ドータさんも幸せ者ですね。こんな美人で素敵なお嫁さんを迎えられるんですから。
竜人の里で暮らし始めたサルグ・リンは、人間が着るような淡いピンク色のワンピースに白いカーディガンを羽織っています。
エルフたちは基本、女性でもみんなズボンを履くのが主流らしいのですが、竜人の里に暮らし始めてからは人間たちに見た目からでも馴染めるようにとそういった服装を心掛けているらしいです。
腰元まで伸ばした金糸のようなサラサラの髪はひとつに結われ、ピンと尖った耳がたまにピクッと動いていちょっと可愛らしい。
ドータさん曰く、落ち込むとへにゃんと垂れたり怒るとぐんっと持ち上がったりと感情が分かりやすいんだとか。
惚気かこの野郎。
さてそんなサルグ・リンですが、良く似合うエプロン姿で立つ雰囲気はどこか所在なさげ。
「あの、グレイ様⋯⋯実は私、あまり料理をしたことがないのです」
「え、そうなんですか? でもいつも美味しい料理を出してくれてるじゃないですか」
「お恥ずかしながら、エルフの女性たちが気を使って食事の面倒などをしに来てくれるのです。隠れ里でもあまり経験がなくって⋯⋯狩りや獲物を捌くことなら得意なのですが」
そういえばこの子、元は今亡き族長の娘さんということでそれなりのお嬢様でしたか。
「じゃあ今日は簡単なものからやっていきましょうか。ドータさんと結婚してから美味しい手料理を作ってあげられるように頑張りましょう!」
「はいっ!」
そう元気に返事をして、耳がピコピコと上下する。
ンンっ! これは――可愛い。
「そうですね、では基本で定番ということで卵料理を作りましょうか」
ちょうどよく採れたてだという卵が沢山あります。それはエルフの女性が今朝持ってきてくれたもので、あの人もサルグ・リンの料理のお世話をしている人なんでしょう。
「竈門に火は入っていますから、早速作っていきましょう。まずはスープから」
ちょっと深めの鍋に、少量の種油を引く。油が温まったら、そこに鶏肉を一口大に切ったものと薄切りの玉ねぎを入れてさっと炒めていきます。
鶏肉には事前にカクリ粉という白い粉をまぶし、焦げないように気をつける。
炒めすぎず、玉ねぎがしんなりとしてきたくらいで鍋に水を入れ、火からちょっぴり遠ざけながら煮ていきます。
塩で味を整えて、ちょうどいい塩梅になったところで卵の登場。
黄身と白身が完全に混ざらない程度にざっくりとかき混ぜ、それをくるりと回しながら鍋の中に注ぎます。
この時にかき混ぜてしまうと汁が濁るので、グッと我慢して蒸らすように蓋をしておき、火から下ろします。数分ほどして蓋を開け卵がしっかりと固まっていれば、簡単玉ねぎ玉子スープの出来上がりです。
「ほい、こんな感じです。鶏肉にカクリ粉をまぶしておくと、もっちりとした食感になって美味しいですよ」
「はぁぁ、凄いですっ! こんなにあっさりと作ってしまうなんて!」
「新鮮なお肉がない時は塩漬け肉とかでもいいですが、その時は味の濃さに注意。あとは鶏肉以外の肉を使う時は臭みが出るので、香草と煮込んで
「勇者様というのは、なんでもこなせるのですねぇ」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
なんか以前クレムやエメラダから向けられたような羨望の眼差しがここでも突き刺さります。
一人暮らしが長ければこれくらいは、ねぇ⋯⋯。
「――パ、パンもあるので炒った玉子を挟んだサンドイッチでも作りますか」
よく洗った薄緑のレタスの葉っぱを手で千切り、お腹を壊すのが怖いのでさっとだけ湯通しして水に漬ける。こうするとしなっとせずにシャキシャキ感が残り食感も良いのです。
ベーコンを薄切りにし、フライパンで焦げ目が付くくらいに焼いて、火から下ろしたらしばらく冷ましておきます。
「さぁ、ここからが本番ですよ」
今度はしっかりと黄身と白身を混ぜた溶き卵に、ひとつまみの塩と細かく刻んだ香草をちょっぴり入れます。
油を引いたフライパンを熱し、あとは手速さ勝負です!
「サルグ・リン、やってみましょう!」
「えっ、えっ、どうすれば良いのでしょう!?」
「簡単です。溶いた卵をフライパンに入れて、匙でひたすら掻き回す!」
剣でも握るかのように、グッと匙を持つサルグ・リン。もう少し力抜こうね〜。
彼女が恐る恐るフライパンに溶き卵を流し込むと、パチパチと油が跳ねる。
「そのままだとドンドン固まってしまいますから、ガーッと混ぜてください。難しくないですから」
「は、はいっ!」
ちょっと不器用な手つきでフライパンの中の卵をかき混ぜていくと、次第に大きめの固まりができてポロポロになっていきます。
「そうそう。いいですよ⋯⋯よしそれくらい! そっちのお皿に移してください」
ハッとして慌てたようにフライパンを持ち上げ、用意していた更に卵を乗せる。
はい、あっという間にスクランブルエッグの完成です!
「ちゃんと火が通ってますね。この卵は朝採りだからあまり心配はないと思いますが、よく火を通すように心がけてください。半熟もそれはそれで美味しいんですけどねぇ」
ホーッと自分の炒めたスクランブルエッグを興味深げに眺めるサルグ・リン。
な、なんか子供に料理を教えている気分になってきました⋯⋯。
「あとは適度な厚さに切ったパンに牛酪(バターのこと)を塗って、野菜の水気や油が染み込みにくくします。山羊や羊の乳でもいいですが、ちょっと癖が強いんです。まぁこれはお好みで」
言われた通りに牛酪を匙で掬って、ぎこちなくパンに塗り込んでいく。
あーあー、力入れすぎるとパンが潰れますから!
「はい、じゃああとはパンにレタスを敷いて、ベーコンを乗せて、そしてスクランブルエッグを適量盛ります」
指示された通りに食材を重ねていくサルグ・リンの表情は真剣そのもの。
うんうん、ただ乗せるだけだからね、目つきが獲物を狙う感じになってますよ?
「そして最後に上からパンを重ねて、まな板でもなんでも、ちょっと重めのものを上に置いて少し待つ。そうすると挟んだ具材がパンに馴染みますから」
待つこと十分ほど。いい感じに潰れたパンを包丁で半分に切れば、サンドイッチの完成です。
「ほい、簡単だったでしょ? 次からはエルフのお手伝いさんにも教わりながらやってみるといいですよ。っていうか彼女たちの方が自分より絶対料理上手いですから」
ちょっと見栄えのするように皿とお椀に盛り付けてみると、うん。なかなか美味しそうです!
「――――グレイ様!」
と、急にサルグ・リンに両手を握られますっ、あの、そんな美人顔を不用意に近づけないでくださいっ!?
「すごいです! 私、お料理ができました! これもグレイ様のお力あってのもの。流石はシルフ様を宿される御方ですわ!」
シルフさん全く関係ないですね! むしろあの精霊は食い専だから絶対料理とかしないですよ!
「は、ははは⋯⋯それは良かった。でもいきなり難しいものとか、教わった味にちょっと一工夫とかは最初のうちにしちゃダメですよ。絶対失敗しますから」
「はい! 肝に銘じます!」
うーん素直。うちの子たち(特にルルエさん)に見習わせたいっ!
そのあとは自分が何品か作り、サルグ・リンはその様子を食い入るように見つめていました。
だからその美貌でじっと見ないで〜!
そんな感じで、サルグ・リンとのお料理教室は幕を閉じました。
彼女はその後もお手伝いエルフさんに色々と享受してもらい、結婚後はドータさんがふっくらと太るくらいには料理が上達していきましたとさ――――。
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