第43話 一応クエストを受けました。

 こんばんは、勇者です。


 さぁ温泉だぁ~と行ったが最後、自分は素晴らしき蠱惑の柔らかさに挟まれ見事陥落。

 ナニとは言わないですが己が身の一部が中々元に戻らずつい長湯してしまい、完全にのぼせてフラフラとした足取りで宿屋に戻ってきました。


 クレムと一緒に男部屋へ入ると、エルヴィンさんはまだ戻っていないようでした。


「エルヴィンさん、大丈夫でしょうか? もうすぐ日が暮れちゃいますけど」


「そうですね……ちょっとギルドに行って様子を見てみますか。クレムは入れ違いになるといけないのでここで待ってて下さ――――あ」


 そう噂をすれば、エルヴィンさんが扉を開けて帰ってきました。背中には今まで持っていなかった如何にも中古な鞄を背負っています。足りないものを補充していたようですね。


 しかし、エルヴィンさんは自分を見てからクレムに視線を移してギョッとしていました。ですよね……全然午前と雰囲気違いますから。


「エルヴィンさん、お帰りなさい。クエストは達成できましたか?」


『あぁ、特に問題なかった。借りていた分の金だ。これで足りるだろうか?』


 エルヴィンさんは部屋のテーブルにお金の詰まった袋を置きます。自分が中を改めると、ちょっと金額が多く入っていました。


「ちょっと多いですよ! 余分はお返しします」


『いや、助けてくれた謝礼や迷惑料も含めている。良ければそのまま納めてくれ』


 この人、意外と義理堅い……。まぁ頂けるものは有り難く頂戴しましょうと、自分はお金を預かりました。


『ところでギルドで少し気になる依頼があったんだが、君たちは今日はもう一度集まるだろうか?』


「はい、もう少ししたら夕食に出ようと思ってたので」


『ならば丁度いい、その場で説明する。それまでに仕上げてしまおう』


 そう言うと、エルヴィンさんは鞄をまさぐって無地の木札やペン、インクなどを取り出しました。


「あれ? 木札、もう出来てたんですか?」


『いや、仕上がっている分だけ預かってきた。残りは明日受け取りに行く』


 そう言うと、黙々と木札に難しい文字や刻印をペン一本で細かく刻み始めました。


「うわぁ、すごい! それは何を作っているんですか?」


 その作業にクレムが興味を示し、エルヴィンさんの手元を被り付くように見ています。しかし物凄い集中力を発揮しているのか、どうやら声が耳に届いていないようです。


「クレム、エルヴィンさんは今その木札に魔法を込めてるんですよ。すごく集中しているみたいですから邪魔しないように見てるだけにしましょう」


「魔法!? ほぇ~、すごいです! おっと……」


 クレムが声を上げ、慌てて口に手を当てます。うーん、可愛い。


 そうしてに三十分ほど経つと、エルヴィンさんは合計で四枚の木札を仕上げました。ちょうどその頃に女子部屋からお呼びが掛かり、自分たちは夕食を取りに近くの酒場へ繰り出しました。


『グレイ、皆にこれを』


 席に着くと、エルヴィンさんは先程作ったばかりの木札を自分に渡してきました。四枚あるので自分以外のみんなに配ると、エルヴィンさんが改まった様に姿勢を正します。


『自己紹介が遅れた。俺はエルヴィン・カナート、元勇者で今は一介の旅の魔法士だ。拾ってくれたこと、改めて礼を言う』


「うわっ、頭に直接声が響く!?」


「おぉ……案外渋い声してんなぁ」


「わー! すごいー! くちうごいてないのにおしゃべりしてる!」


 木札は念話の魔法だったようで、反応は三者三様。ルルエさんだけは特になにも感じていないようでした。


 しばらくはクレムやエメラダに質問攻めにされ若干辟易としていたエルヴィンさんですが、元勇者だけあって周囲に馴染むのも早いようで、今は彼の冒険話に華が咲いていました。


 料理も食べて酒も回り、みんな程良く寛いだタイミングでエルヴィンさんが話を切り出しました。


『さっき、ギルドのほうである依頼を見つけたんだがな。どうやら行き先が竜人の里らしいんだ』


「おや、好都合じゃないですか」


『だが、依頼内容というのが家畜を運ぶ荷車の護衛でな……俺一人では手に余る』


 なんだか済まなそうにちらちらと視線を感じます。ひょっとして、付いてきてくれないかと言いたいんでしょうか?


「エルヴィンさん、もし遠慮しているならその必要は無いですよ。出会ったときに言った通り、あなたを竜人の里までお送りします。ついでに依頼をこなしてお金も入るなら願ったりです!」


「クレムも魔物に慣れさせなきゃだしなぁ。あたしも異議は無いぜ?」


「うぅぅ……やっぱり戦うことになるんですよね。でも、皆さんが良いなら僕も付いていきます」


 さて。お貴族二人組の快諾は貰ったわけですが、我らが重鎮のルルエさんはどうでしょうか?


「ほんとにいくのぉ? 別にエルヴィンなんて放っておいても平気よ? そいつ実力は確かだからぁ」


「それでも、護衛依頼となれば人数は多いに越したことは無いでしょう? ルルエさん、そんなに竜人の里に行きたくないんですか?」


「行きたくないかといえば、グレイくんの為に喜んで行きたいけどぉ……絶対面倒事になるわよぉ? それだけ覚悟してくれるなら、別に構わないわぁ」


 そう言いつつも気乗りしなさそうにエールを煽るルルエさん。自分の為って……つまり死地? むむ、ちょっと考え直したほうがよさそうですね。


「いよぉーし! 姐さんの承諾も得たし、明日はギルドでその依頼を受けようぜ! 竜人の里かぁ、やっぱクロみたいなのがいっぱい居んのかな?」


 この猪王女! いや話を振ったのは自分ですが……もっとちゃんと下調べしたほうがよかったかも!?


「あそこは確か魔鉱石の採掘で有名と聞いたことあるような……エメラダ様、お国事なんですからそれくらい知ってたほうがいいですよ」


「別に興味ねぇよ、まつりごとは弟たちの領分だ、あたしはもう気ままに生きるって決めたもんね~」


 そう言いながら骨付き肉を頬張る姿を見てると、本当にこの子は王女なんだろうかと改めて疑問を感じてしまいます……。


「ま、まぁそういうわけでひとまず満場一致です。エルヴィンさん、もうしばらくの間よろしくお願いします」


『いや、俺の我儘に付き合わせるようですまない。よろしく頼む』


 うーんこの真面目さ、うちのパーティに欠けてるものはこれなのでは? っていうかもうエルヴィンさん勧誘しちゃう?


 まぁひとまずはその竜人の里までの護衛依頼をこなしてからにしましょう。




 翌朝。いつの間に外へ出掛けていたのか、自分が目を覚ました頃にエルヴィンさんは部屋に戻ってきて、昨日頼んでいた木札を全て引き取ってきたそうです。


 朝食もそこそこにみんなでギルドに向かうと、なんだかソワソワとした青年をエルヴィンさんが紹介してくれます。


『彼はドータ・パム。今回の依頼人で、里の住人だ。』


「は、はじめまして! ドータと申します、皆さんがエルヴィンさんの仰っていたパーティの方ですね?」


 どうやらエルヴィンさんは事前にドータという青年に念話の木札を渡していたのか、会話はスムーズに行われました。


 依頼の内容は、竜人の里で行われる祭事で捧げられる羊十頭を乗せた荷車の護衛。ここから竜人の里まで、その荷車の速度だと一週間ほど掛かるそうです。


「本来ならいつも護衛に頼む方たちがクルグスにいたのですが……。どうやら先日行われた王都での武闘大会で本戦に出たものの、負けて大怪我をしたらしくて頼めなかったんです。本当に助かります!」


 ドータさんの言葉を聞き、自分とエメラダがピキッと固まります。何処のどなたか存じませんが、自分たちが怪我をさせた可能性が非常に高い……。

 色んな意味でちょっと気の抜けない依頼になってきました。


「もう荷車の準備は整っていますので、皆さんの用意がよろしければすぐにでも出立したいのですが。あ、ちなみに街道沿いの西門ではなく反対側の東門から出ることになります」


「わかりました。では自分たちの馬車も持ってきますので、東の門前で待ち合わせましょう」


 話も決まり、自分がパーティリーダーとしてギルドで契約書を交わして馬車を取りに戻ります。

 東門は昨日通った職人街を抜けたすぐ先にあるらしく、すこしドータさんを待たせてしまいました。


「ドータさん、お待たせしまし――――なんですかそれ?」


 自分はドータさんの乗る羊がメェメェ鳴く荷車……の先に繋がれた巨大な人影を見て目を剥きました。


 それは土でできた巨人のようでした。大きさはちょうどアルダムスさんと同じくらいでしょうか。しかし造形はそこまでしっかりとはしていなくて、本当に土を人型に固めただけという感じでした。


「あ、これはクレイゴーレムと言います。魔鉱石を利用した人工の魔物、と説明すれば早いでしょうか?」


「人工、ですか。暴れたりしないんですか?」


「これは基本的に魔鉱石に魔力を込めた人物の命令しか聞かず、自分で行動することもありません。本当に大きな操り人形と思ってください」


 そう言いながら、手慣らしとばかりにドータさんがクレイゴーレム二体にチークダンスを踊らせ始めます。そんな余興はいりません……。


「この大きさの荷車だと馬がどうしても途中でバテてしまうので。だから疲れ知らずのゴーレムを使っているんです」


 なるほど、確かに羊の積まれた荷車は結構大きく、これを引くには馬なら最低三頭は必要でしょう。その上一週間の旅ともなれば、馬よりもクレイゴーレムを使ったほうが効率的かもしれません。


しかしそれにしても……目立つ!


道行く人が躍るゴーレムを見てひぃっ! と声をあげているじゃないですか。これはさっさと出発したほうがよさそうです。


「ねぇ、ぐれー! あれひつじさん? たべてもいいの!?」


「ダメです。あれは他の人に上げる羊さんなので、クロちゃんにはまた別の機会に美味しい羊さんを食べさせてあげます」


 羊の乗る荷車にへばりつき、ダラダラと涎を垂らしているクロちゃん。これは下手したら竜の姿になって丸かじりしかねません。しっかりと見張っておかねば……。


 そんな一抹の不安とルルエさんの言う面倒事に若干怯えながらも、自分たちパーティの初めてのクエストが始まりました。


どうか無事達成できますように!

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