第9話【執事系もふもふワンコ】
ヒミコはひたすらに俺の顔や頭を撫で続けている。
瞳孔が開きまくってちょっと怖い。
それにしてもこの羞恥プレイは一体いつまで続くんだ?
ヒミコがはめた手袋はシルクか何かでできているのか、肌触りが滑らかなのが救いか。
それにしてもさっきから「可愛い!」とか「もふもふ!」とか連呼しているから、俺を絶対人だと思ってないな。
ペットか何かだと思い込んでるに違いない。
「ねぇねぇ。ヒミコちゃん。ずるいよ君だけ。 俺だってさっきようやく頭撫でただけなのに」
「あら。ロキ。こんな可愛いものを撫でるのに時間なんて関係ありませんわ」
ヒミコはロキに身体ごと向けると、左手を腰に当て右手の人差し指を突き出す。
なんかよく分からないが、ようやくなでなでから開放されたようだ。
「え……と。ヒミコ。俺はショーニン。よろしく。それと、いきなり顔を撫でるのはできればやめて欲しいかな」
「ショーニン?」
「そうそう。彼、職業が「商人」で、名前がショーニン。ウケるでしょ」
あんだけ笑ったのにまだ笑い足りないのか。
ロキは言いながらまたくっくっとわらった。
「まぁ! 珍しい! ジェシー様のネタに釣られて始めた人じゃなくて、きちんと「商人」をやろうとしてるなんて。獣人のアバターでプレイするのも珍しいのに」
「ま、まぁ、ね。あはは……」
まさかそのジェシーのネタに釣られて始めて、しょうがなく続けてるなんて言えないな。
「それで? 私にカスタマイズして欲しいって聞きましたけど? 元の装備はなんですの?」
「あ、いや。それが……」
俺はヒミコに見つめられて、恥ずかしながらたじたじだった。
なんというか、眼力がすごい。
「ああ。それがさ。話をひとまず聞きたいんだって。ヒミコちゃんは十分撫で回したから、そのくらいいいでしょ?」
「あら。残念。こんな可愛いのに。もう私、既にどんな服にするかピンって思い浮かびましたのに」
「えーっと。ごめん。ひとまず。俺の装備が欲しいんだけど。レベルも低くて、ステは知識極振りなんだ。それで装備できるいい防具なんてあるかな?」
俺の言葉にロキはまた笑い転げた。
今度は知識極振りがツボにハマったらしい。
一方、ヒミコは真剣な顔で顎に手を当て思案中だ。
考えがまとまったのか、口を開く。
「それなら鎧系はダメですわね。いい装備だとある程度の力が必要ですから。服が良いですわ。防御が鎧より低いって言う方も多いですが、総合的に見れば優劣無いと私は思いますの」
「服って君が装備しているみたいな?」
「そうですわ。これは私が見た目にこだわってフルカスタマイズした自慢の装備ですのよ! 服は直接的な防御の数値は確かに低いですが、その代わりスロットが多くて、効果の幅も大きいのが特徴ですの!」
「なるほど。どんな効果が付けられるんだ?」
「それこそ自由自在ですわね。知識極振りを目指すって言うお方は、あまり聞いた事ありませんが、知識には効率上昇の効果があるでしょう? だから長い目で見れば数値上昇よりも率上昇の方がいいと思いますわ」
「いいね。それで……肝心の値段なんだけど」
俺が切り出すと、ロキは笑いをピタリと止め、興味津々と言った感じだ。
こういう情報は確かに簡単に聞けるものじゃないのかもしれない。
「そうですわね……ロキの紹介ですし、こんな可愛いあなたになら、と言いたいところですが」
ヒミコは親指だけ折った手を前に突き出す。
「まずは最低限レベルを40まで上げていただきたいですわ。せっかく苦労して作った服をすぐタンスにしまわれては悲しいですからね」
「40? なんで40なんだ?」
「ショーニン。あんたはこれも知らないの? ベータ版の上限が40だったからさ。ベータ版からのプレイヤーと正規版からのプレイヤーのレベル差を埋めるために、40までは経験値が多く貰えるようになってるんだよ」
「そうですの。でも40からは1上げるのも大変な苦労ですわ。だからそれ以降に装備するなら長く使っていただけるでしょう?」
なるほどな。道理でぽこぽこレベルが上がっていくと思った。
今20だから40まではさらに倍か。
「それと、服は装備するのに力は必要ないですが、レベル制限はやはりありますの。どうせお金をかけて作るならそれなりにいい装備がいいでしょう?」
「それはそうだが、レベルを40まで上げるまでずっとこの装備ってのもいかないよな?」
俺は自分が来ている「初心者の服」の裾を持ち上げた。
ヒミコの目線が隙間から覗く俺の腹に向いたことは気付かなかったことにしておこう。
「そうですわね……さすがにそれは無謀かと……あ! そうですわ。カスタマイズするとユニーク化しますが、普通の装備なら貸し借りも自由ですし。もし本気で、と言うならそれまで私が装備をお貸ししますわ」
「え!? いいの?」
「ええ。スキルのレベルアップのために色々作りましたから。その中でもお気に入りの服は売らずに取っていますのよ。ちょっと待ってくださいね」
そういうとヒミコは何やら空中を眺め始めた。
きっと自分の画面を見ているんだろう。
「ありましたわ。これなんて素敵だと思いますの! 早速来て下さる?」
「あ、ああ。ありがとう」
俺はヒミコからアイテムを受け取る。
ひとまず装備を選択する。
「きゃああああ! やっぱり! 素敵ですわ。お似合いですわ。ああ! ぜひ、私にかしずいて欲しいですわ!」
借りた服を装備した俺を両手を頬に当て、顔を赤らめながら見つめるヒミコ。
腕は確かだとロキは言ったが、腕以外に問題がありそうな気がしてきた……。
目の前で目を輝かせて俺を見つめるヒミコをひとまず置いておき、装備した服の詳細を開く。
【バトラースーツ】
バトルにも適した正装。見た目によらず動きやすい。
物防:50%上昇、魔防:25%上昇
これ……バトラーってバトルをする人って意味じゃなく、執事の方だよな?
いや、確かにピッタリしているように見えて動きやすいけどさ。
俺は腕や脚を動かしてみるが、どこも突っぱる感じはない。
そもそもゲームなんだから、どんな装備してもそりゃ動きやすさは変わらないか。
「うっそ。ヒミコちゃん。それ「バトラースーツ」だよね? いいの? そんなの気軽に貸しちゃって」
「いいんですわ。私これでも人を見る目はありますの。ショーニンは借りパクなんて絶対しない人だって信じてますわ」
会ってまだそんなに経ってないのに、何その自信。
逆にそこまで断言されると俺が怖いんだけど。
「いや。確かにこれ、すごい性能じゃないか? 物防50%上昇って……」
「数字はかなり大きいですが、結局元の数値がないと割合がいくら大きくても意味が無いでしょう? バトラー系は全部割合上昇ですから、使い勝手が難しいんですの」
そうか。俺は「ロックハートペンダント」を装備してるから恩恵がすごいが、普通は身体の装備こそが防御上げるメインだろうしな。
でもおかげでこれを装備するだけで知識の影響もあって十分な効果だぞ。
「他のバトラー系装備もあるのか?」
「ええ。足に装備する『バトラーシューズ』と頭に装備する『バトラーハット』がありますわ。でもそれを装備したら元になる防御が稼げませんもの。できればトータルコーディネートで装備しているのを見たいんですが」
他のバトラー装備も割合上昇なら、俺にとってはむしろ好都合なんじゃないのか?
ひとまずどんな感じか見せてもらうか。
「防御は他の装備で元の数値を確保できそうなんだ。とりあえず見せてもらっていいかな?」
「え? 他のって言うと装飾品ですの? まぁ、そう言っていただけるなら、頭と足もお貸ししますわ」
再びヒミコからアイテムを受け取る。
ひとまず装備すると、更にヒミコの目が輝いたように見えた……が、気にしないでおこう。
【バトラーハット】
バトル中でもカッコよく被れる帽子。どんなに激しく動いても落ちない。
物防:20%上昇、魔防:30%上昇
効果:知識10%上昇
【バトラーシューズ】
バトルの動きにも負けない靴。タップダンスには使えない。
物防:30%上昇、魔防:10%上昇
効果:移動速度微増
これってめちゃくちゃ強いんじゃないのか!?
全部装備した俺の物防は500を超え、魔防も400を超えた。
しかし見た目はと言うと……。
黒を基調とした燕尾服のようなスーツ上下に、黒の革靴、頭にはシルクハットが乗っている。
完全にモンスターを狩るゲームプレイヤーの格好じゃないな。
そして無視し続けているヒミコの目線が痛い。ついでに今気付いたが、ロキ、お前もか……。
「きゃあああああ!! 素敵ですわ! ラブリーですわ! もふもふしたーい!」
「あー! ヒミコちゃんばっかりずるい! 俺も俺もー!!」
とうとうタガが外れたのか、俺に駆け寄り抱きついてくるヒミコ。
それに負けじと俺の顔をむにむに触りまくるロキ。
なんだこれは……。
なんの拷問だ?
辺りを通りかかる他のプレイヤー痛い視線を浴びながら、俺はどうすればいいのか分からず、二人にされるがままになっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます