欲しいもの 5
そうして悩んでいるうちに鉄夫人が先に動く。鬼の殲滅に飽きた鉄夫人は次の獲物を探し、吊り下げ灯の周囲を探る。
奴が指先摘んで持ったのは切れたの布切れだった。
瑠璃の衣服の切れ端。カンダタがそれを直感したのは単純であった。目的地である広間まで来れるものは限られているからだ。
カンダタと瑠璃が別れた時はどの囚人よりも大広間に近かった。瑠璃の悪運の強さとずる賢さなら切り抜けられる。
そうした直感があったが、楽観的で希望的な推測だと言うことには目を瞑った。
鉄夫人は切れ端を嗅ぐとその臭いを辿り、吊り下げ灯から離れる。鉄の巨人は一枚の鏡と付き合う。
瑠璃はあの鏡を潜ったのだろう。カンダタにはありがたい情報だが、鉄夫人にとっては悩ましいはずだ。
人間の大きさで合わされている姿見だ。鉄夫人が潜るのは不可能だ。
鉄夫人の身体の節々からぱきぱきと氷を割ったような音が鳴る。音だけでは鉄の皮に亀裂が入ったのかと思えるが、巨大な影の様子を伺うとそうでもない。
左肩が異様に上がり、右肩が異様に下がり、首と腰を異様な角度で捻る。全ての関節を外し、鉄の皮を伸ばす。瞬く間にねじり棒のように長く細くなった鉄夫人はすんなりと姿見に入っていく。
ビルとビルとの間でもあれで移動していたのだろうか。
鉄夫人は瑠璃を迫っているのだからカンダタは鉄夫人をことにする。その背後で光弥が「待って」と泣き出しそうな声で引き止めるが、ここまでくると彼はいらないので相手しないことにする。
「待てって!」
聞く耳を持たないカンダタに焦り苛立ち、駆け寄る。足音でそれがわかるも態度は変わらなかった。カンダタにも焦りがあったからだ。
「なあっ!」
苛立ちと焦りからどこか悲観し乞う切羽詰まったものになってくる。
そうなればカンダタにも同情というものが生まれ、耳だけならば、傾けてもいいとほんの少しだけ歩調を緩めた。
途端、項に電撃が走った。首から体内に迸る電流は神経を狂わせ、筋力を失う。
立つこともできなくなり、成す術もなくカンダタは冷たい大理石の上に倒れた。
突然の出来事だった。首が回らない。電撃は一瞬であったが、狂わせられた神経はすぐには治らない。
目線だけを上げた。光弥の片手にはスタンガンが握られ、無感情にこちらを見下ろす。そこに焦りや苛立ち、快楽、優越といったものがない。
「これで二度目だね」
冷淡となった光弥は静かに告げる。
「必要なら行動不能にしてくれって頼まれたんだ」
困惑するカンダタの為に弁解するように言っているが、内容が理解できない。
またやられた。油断していた。ビルから突き飛ばしてでも離れるべきだった。
「ごめんね。俺も必死なんだ」
筋力はまだ取り戻せない。動かせない身体と裏腹に心は焦燥だけが膨張していた。
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