欲しいもの 3

 未だに理解が追いつかない。

 あたしの身体は一部を失って、あたしの左腕は清音に抱えられて。

 それで、どうるんだっけ?

「ギャァアっ!」

 ハクが甲高い金切声で叫ぶ。

 脳にまで響くそれは混乱する頭をリセットさせた。

 ハクはあたしを担いで、ケイから離れるよう走る。その間にあたしは状況を呑み込み始め、同時に身体の熱は激痛に変わる。

 ハクの肩の上であたしは白糸で左腕の上腕を縛って出血を止める。

 生体じゃなくてよかった。

 これが現世で起きていたら既に気絶していたし、最悪死んでいた。それに左腕を取り戻せば、白糸で繋げて治すこともできる。

 けれど、左腕を取り戻すのは困難ね。

 担がれているあたしは追ってくるケイの姿がよく見えた。ハクの悪化している背中の怪我も、泣きながら走るハクの声もよく聞こえた。

 ハクの声は弱々しく「ギャウギャウ」と漏れる鳴き声は謝罪しているみたい。

「悪くない。ハクは何も悪くない」

 熱と激痛に思考が朧げになりながらもハクに言い聞かせる。

 ケイは清音を置いていき、怒涛の勢いで向かっている。

 猛スピードで迫るケイにあたしは焦っていた。ハクも限界で背中の傷の痛みに耐えられず、ハクは転んだ。

 ケイは大きく跳ねて、刀を振り上げる。

 これは無理だ。

 諦めに近い思考が支配する。ハクは違うみたいで、傷の痛みを堪え弾かれたように身を乗り出す。汗を玉がハクから飛ぶ。

 下された刀を鉤爪で受け止めた。けれど、ケイは見えない敵への対策をちゃんと考えていた。

 止まった刀身の高さと間合から大体のサイズを測る。そしてケイは刀を離すと見えない敵に向けて足を振り上げた。

 勢いよく飛んだつま先はハクの下顎に命中する。上下合わさった犬歯の隙間から唾液や血が垂れて跳ねる。

 ハクの手から刀身が離れ、ケイは再び柄を握る。構えを直し、そこにいるであろう見えない敵に狙いを定める。

 白い背中にはすでに鉄夫人から受けた傷がある。これ以上傷つけさせるわけにはいかない。

 あたしは起き上がり、中腰の体勢でケイの膝にタックルをかます。

 降り下そうとしたケイは身体のバランスを崩し、後方へと倒れる。ケイは後頭部を打ち、あたしは欠損した左腕に激痛が走り、思わず呻く。

 すぐにハクが寄り添ってあたしを起き上がらせる。ハクに支えながら立とうとしたのにケイがあたしの袖を掴み引き寄せた。左腕の切り口を容赦なく鷲掴みにしてくるから激痛が増える。

 体内で走った電撃の刺激に頭が真っ白になる。膝から落ちそうになったあたしをハクが無理矢理引き寄せる。その反対にケイが自分へと引っ張るので痛みが収まらないまま続いていく。

 ケイはあたしを殺すつもりでいる。あたしはまだ死ぬわけにはいかない。本気でそう思った。

 痛みが身体を支配する頭であたしは叫ぶようにして問いかける。

「影弥のことを忘れたの?」

 必死の抵抗で浮かんだだけの案でもケイには届いたみたいで、あたしを捕らえる握力が緩む。ハクが引っ張り合いに勝り、白い腕の中に収まる。

 あたしを収めたまま脚を突き出し、ケイは尻もちをつく。

 ケイならすぐに起き上がって見えない敵に対抗しようとするのに床に尻をつけて、脱力している。

 それがあたしたちに逃げるチャンスを与えて、無限に続く回廊をハクは走り抜けて行った。

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