夢楽土会 9

水分をとってもアイスを食べても、照りつける日差しはあたしから涼を奪う。自宅のクーラーを浴びたいと歩調を早めていると唐突にマンションの前で立ち止まった。

カンダタとハクは彼の存在に気付いたようで、ぼんやりとした顔つきは警戒に変わる。

「あの男だ」

カンダタが警告する。

マンションの木陰にいるのは今朝、あたしの部屋を観察しては必死にメモして去った男だ。

朝と夜で決まった時間で現れていた。今は14時近くであり、学校関係者でなければ高校生がこの時間帯に帰宅するとは把握していない。

あたしは制服のポケットに手を入れ、白鋏を握る。いつでも逃げれる。

止まらせていた足を進ませて、あたしはマンションのエントランスを目指す。

そのタイミングで男は木陰から出るとあたしに向かって来る。長時間で待っていたようで額からはてらつく汗が湧いている。

「笹塚 瑠璃、ちゃんだよね?」

苗字とちゃん付けで呼ばれ、皮膚に拒絶を表す鳥肌がたつ。

無視して、通り過ぎようとする。男はあたしの前に立ち、進行を阻む。

怪しい者じゃない、と笑顔と共に差し出したのは名刺だった。有名な週刊誌記者と男の名前があった。

「記者?」

あまりに予想外で思わず声を出してしまった。記者が女子高生に何の用があるわけ?

「夢楽土会って知ってる?この地域を中心に活動している新教団なんだけど」

それは光弥が調べているものね。

「知りません」

言葉は短く、語気を強めた。

嘘でもない。その名前を聞いたのは今朝だったし、内容も知らない。

「なら、笹塚 昌次郎ささづか しょうじろうはさすがに知っているよね。君のお父さんだ」

身体に熱が籠るのを感じた。髪の毛が逆立っているみたい。

「知りません」

2言目のそれは震えていた。

「そうなの?やっぱり隠し子だから疎外されてるの?高いマンションに1人で住んでるもんね。でも、連絡はとってるんでしょ?」

白鋏を握る手が強くなった。警戒ではなく、怒りから来る仕草だった。

「君のお父さんが夢楽土会と関わりがあるみたいなんだ。薬みたいなもの貰ってる?」

「父じゃない」

震えた声で否定する。瞬発的に出たもので、声は小さく震えていたせいで記者には聞こえていなかった。

「何も知らない。話すことはない」

荒らげた情緒を鎮めて声を発する。

「またまた。何か聞いてない?さりげない会話でもいいからさ」

しつこい。あたしは何も知らない。父とは6年も会っていない。声すら忘れているのに。

真夏の日差しがあたしの脳を焼いている。クーラーのある場所に行きたい。不快な汗も流したい。なんでどいてくれないのよ。どいてくれないのなら。

白鋏を握る手が無意識に動く。

邪心を察知したカンダタが咄嗟に手首を掴んで阻止する。いよいよあたしの殺意は行き場をなくして叫びそうになる。

「何か用ですか?」

凍てついた口調は背後から聞こえた。

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