時計草 17

閉ざされた蕾の中、あたしは蔦の束縛から逃れようと身を捻り、腕を伸ばそうとしても曲げようとしても蔦はほんの少しの自由も許してはくれなかった。

あたしにはまだ白糸という武器があるけれど、自分の姿さえ見えない暗闇。想像だけで白糸を操る自信がない。しかも、左腕の激痛のせいで考えがまとまらない。

「わ、わあたあしいはあ、わ、わるわるくああい」

私は悪くない。すみれはそう言っていた。

そんなことが言えるの?とんでもない精神ね。あたしより利己的だわ。

暗闇の中、1人でいるならまだよかった。この植物人間と一緒だなんて。こんな死に方あんまりだわ。しかも臭いくて痛い。

どうせ死ぬなら言いたいことを言い切ってから死んでやろうとあたしは口を開く。

「すみれ先輩、聞こえますか」

スピーカーのノイズが混ざった清音の声が蕾の外から届いた。突然の放送にあたしもすみれも黙って耳を済ませる。

「すみれ先輩は私の理想でした。いじめられても芯の強さがあって、私の話も聞いてくれた」

「あはあ、そう、そう」

すみれから気色悪い笑い声がする。味方が見つかって嬉しそう。

「でも、違った。私は表面しか見ていなかったから、私がそうあって欲しいと願ったから、自分勝手な理想をすみれ先輩に押し付けていた」

彼女の期待を裏切って清音の語りは強くなる。

「あなたは卑怯者だ。自分の弱さを認めず、他人の欠点ばかりを責める。演劇部員に疎まれても仕方がない。憧れていた私が馬鹿みたい。幻滅ですよ。しかもいい人を振る舞うからなおさらタチが悪い。もう死んだのなら成仏してください。視界にも入れたくない!」

「きいいよおおねええええ!」

笑っていたすみれとは一転して激情に任せて 清音の名前を叫ぶ。対してあたしは笑いがこみ上げていた。こんなおかしくて滑稽な話、笑わずにはいられない。

「アハハハハ!唯一の友人にも見放されたわね!ざまぁみろ!」

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」

あたしの笑い声とすみれの怒声が混じり、蕾が開かれる。清音を殺す。彼女の中にはそれしかなかった。

花弁の合間から漏れて広がる明かりは月が灯す優しい光ではなく、清音が点けた昼光色の強い電光だった。

調光室の機器を操作して点いたスポットライトはすみれの瞳孔を刺し、目を閉じる。

あたしも強い光に目を潰されるもすみれの輪郭をはっきりと捉えた。それだけでいい。白糸があたしの一部となって意思に従い、すみれの手首を結ぶ。

あたしと繋がった。

「ハク!」

あたしイコールハク。この法則が通れるようになった。

蕾の外で待機していたハクはギャラリーから下へと落ちると自前の牙と鉤爪で茎を引き千切る。

そこに埋まっていたのはカンダタで自由の身となった彼は木目の床に両脚をついて、大きく振りかぶると白い刀が振り下ろされる。

2度目の切断は斜めに斬れて、パッションフラワーとあたしは一緒に傾く。

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