時計草 15

茎を斬って花を落とす発想は理解できる。だが

、あの太い茎をどう斬れというのだ。

幾重にも蔦が重なったその茎は直径3mほどの太さで刀が一刀両断できるものではない。こんなものを斬れると確信する瑠璃は何を考えているのか。

あれこれと思考しているうちに桜尾 すみれが太い鞭を振り回し、カンダタも瑠璃も態勢を低くすると横断無尽に繰り出される蔦に備える。耳のすぐ上で空気を切り、蔦が掠めていく。

そんな中、瑠璃が床の蔦を数本握り絞めるとまとめて白鋏で切断する。傷口から勢いよく出た血飛沫が手や頰にかけられ、繊細な桜尾 すみれがまた声を荒らげて瑠璃を睨む。

「ハク!」

瑠璃が叫び、鞭が振り下ろされる。害虫の如く潰されそうになるも瑠璃は透明な物体に引っ張られるように空中に浮かぶとそのまま飛んでいく。

その現象に戸惑いを隠せないが、続けて囮役を請け負ったのだと意図が読めた。

カンダタは迷うのをやめた。瑠璃が指示した通りに渦の中心である茎へと向かう。

直後、カンダタと瑠璃を混乱させるようにタイミング良く、渦巻く蔦が外側へと回り始める。瑠璃は臨機応変に対応し、白鋏を用いて1階から2階のギャラリーに移動する。桜尾 すみれが操る鞭も下から上へとあがっていくが、床を覆う蔦は止まらない。

カンダタ不安定な足場で逆走していた。どれだけ急いでも目的地に行けけない。脚は前に進めているはずなのにその場から動いていないような錯覚に陥る。

のんびりとしていられないのに、焦燥だけが募っていく。

カンダタが渦巻く床に転倒している様子はギャラリーからよく見えた。茎を斬ってもらおうとした瑠璃だったが、それは無理だと察する。

前に進めてはいた。しかし、カンダタが進み、床が後退するという矛盾した動作だ。これでは瑠璃が捕まるのが先だ。

瑠璃はハクの肩に乗って次の逃げ道を探す。ギャラリーに移動したのは失敗だった。通路は1本しかなく、ギャラリーから飛び落ちようとしても落下中に捕まってしまう。

考えられたのは白鋏で調光室に身を隠す。いや、それもできない。調光室から出てくるの桜尾 すみれは見ていた。次は確実に見つかる。

ハクは瑠璃を担いだままギャラリーを走り回る。前方に振り下がってくる鞭があれば退き、後から薙ぎ払ってくる鞭があれば瑠璃を庇ってしゃがむ。そうした目紛しく回る視界に瑠璃の精神も減っていく。

カンダタは頼りにならない。ならば、自分でやるしかないのだ。

瑠璃は白鋏を握りしめ、空間を裂くと光に飛び込む。繋げたのは桜尾 すみれの真上だった。瑠璃は白鋏の刃をたてて、死人の首元へと腕を伸ばす。

頭上から人が現れる。桜尾 すみれにとってそれは2度目の経験だった。醜く歪んだ笑顔は獲物を捕まえた幸福感に満ちていた。

白鋏の刃が緑の筋入り首に届く寸前、瑠璃の右腕・胴体が蔦に巻きつく。右腕は高く手を上げられ、左腕は胴体共に巻きついた。蔦は怪我にも容赦なくきつく縛り、左腕は激痛で悲鳴をあげる。

「あは、あははは!あはははは、はああああああああ!」

勝ち誇り、大口を開けて笑う彼女の口臭は青臭さと血生臭さが混ざり合ってており、瑠璃は悔しさと臭いに顔を歪ませる。

こんなところで死を覚悟したくない。なんとかしないと。

瑠璃が頭を回転させ、桜尾 すみれが笑い続ける。彼女の笑い声が再び悲鳴になったのは真下にいるカンダタの功績だった。

皮肉にも瑠璃が捕まったことにより、床の回転が止まったのだ。カンダタは転がりながらも太い茎に刃を入れた。

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