時計草 12

渦の中心にいるそれは蔦が集まり、太い茎となって時計草を支えていた。天井を覆ってしまいそうなほど巨大な花を咲かせ、その花芯の位置には白い肌に植物のような緑の筋が入った女性がいた。

カンダタは桜尾 すみれを知らない。

彼女と対面していたらしいが、その時カンダタは気絶していた。記憶がないのなら会っていないのも当然だ。

「あれが人だったのか。末恐ろしいな」

「あら、カンダタの時はただ気持ち悪いだけだったけれど、こっちのほうが華やかで幻想的よ」

覗き窓から2人の姿が見えないよう背を屈んで瑠璃の小声を聞く。

「まさかとは思うけれど、助けに行こうだなんて言い出すつもり?」

「それが人情というものだろう」

「ご立派な精神だこと。惚れ惚れしちゃう。でも、あたしは関係ない。そうでしょう?」

あくまでカンダタ1人でやれと言っていた。カンダタ自身も瑠璃の協力を期待はしていなかった。ただ1つだけお願いしたいものがある。

「白鋏を貸してもらえないか」

「いいわよ」

それも渋ると思っていたカンダタだったが、意外にもあっさりと白鋏を渡してくれた。

「大事なものじゃないのか」

「便利だから持っているだけよ。すぐに返してよね」

「ありがとう。あと、瑠璃はどこで待機してる?」

「調光室で様子見してるわ。もしかして、あたしのところに逃げてくる気?」

まさに、瑠璃の予想通りだ。あんな化け物、鋏1本では倒せるとは考えていない。カンダタは清音を救助した後、すぐに瑠璃のところで空間を繋げるつもりでいた。

「すぐ返さないといけないからな」

それだけ言い残すとカンダタは空間を裂く。瑠璃の言い分を聞くつもりはなく、光の中へ飛び込んだ。

カンダタが白鋏を使うのはこれが初めてとなる。清音の前に立ち、桜尾 すみれと対峙するのがカンダタの理想だった。

白鋏が繋げたのは桜尾 すみれの頭上であり、化け物みたいな白い顔の彼女も驚愕した表情を上に向けていた。

白と緑の怪顛な顔面にカンダタの足裏が押し付けられる。申し訳ないが、彼女の顔を土台にして背後へと体を仰け反らせて清音の隣へと跳ねる。

颯爽と助けに来たつもりだったのに決まりが悪い。後ろ向きのまま飛んだせいで着地はうまくいかず、腰を打ち付ける。

「ああああ!ふざけんなああ!」

悪意がなかったとはいえ、カンダタの行為は人間性を失った桜尾 すみれにとって屈辱的なものだった。彼女は奇声怒声を上げて、その癇癪に呼応するように蔦も畝る。

カンダタは肩を震わせた清音を掴み、瑠璃を思い浮かべながら白鋏を振るう。滑り込むようにして光へと逃げる。

再び光と影が入れ替わり、清音を連れたカンダタは瑠璃のもと、調光室の空間に移動する。蔦の触手も2人を追いかけ、先端が調光室に侵入する。瞬間、裂け目は閉じられてしてしまい、緑の先端だけが切り離されてしまう。 それでも意志を持つ蔦は水揚げされた魚の動きで弾んでは、血を調光室に撒き散らす。

カンダタは弾む触手を鷲掴むと壁に叩きつける。気色悪い。ただそれだけの理由で投げられた触手は意思を失い、静かに黒い泥となって消えていく。

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