時計草 9

大量の蔦とすみれ先輩は一体となって、彼女が前進を望めば渦を巻く蔦もすみれ先輩を持ち上げたまま、ステージ台を降りて私たちに向かってくる。

「出口に迎え。走れ」

「ケイは?」

「あれを斬る」

断然とした態度で言うものだから私は更に戸惑う。

蔦の成長は止まらず、壁や天井にまで張って伸び、私たちを囲もうとしていた。すみれ先輩を持ち上げる蔦の束は一本の蔦となり、スカートの裾から生える花弁は彼女を花芯にして、天井を埋める。巨大なパッションフラワーが私たちの頭上に咲いた。

すみれ先輩だったもの。最早、人とは呼べない。叫んでで開いた口内からは葉や花弁が湧いて出る。

「ひ、1人は嫌」

昨日から植えられた恐怖が延長戦に伸びて、私を縛る。

私単体では動けない。逃げれない。誰かと一緒じゃないと。

刀を構えるケイに私は裾を引っ張り、共に逃げるように促す。

「走れ、1人でも平気だ」

「お願いよ!こんなところで1人になりたくない!」

「なんで来た」

成長する蔦は私たちを囲む。背後にある戸は走れば3秒で届く距離にある。その短い逃げ道でさえ、塞がろうとしていた。

状況が読めていないわけじゃない。ケイはこの怪異を抹消する責務がある。それをわかっていても私にはケイが必要だった。 今でさえ、足がガタガタ笑って私の意思を聞かない。

ケイも叱責したくもなる。こうなることは予測できたはずなのに、私の覚悟が足りないばかりに白い刃も思うように振るえない。

「きいよおねええ」

壊れたすみれ先輩の脳は苦痛よりも快楽を味わっていた。伸びて呼んだ私の名前は溶けた甘い愉悦に浸っている。

「わた、わた、わたしはわるくうな、ないよねえ」

意思を持ち、自在に動く蔦が私に伸びてきて、足首に絡まる。

「きゃあ!」

蔦は私を引っ張り、攫おうとする。膝をつき、床を引きずられる前にケイが上構えから白刀の一線を退き、足首に絡まる蔦を斬る。

蔦の切り口から流れたのは人の血によく似た赤い液体だった。

「ああああ!」

色も匂いも血に似たその液体を流す蔦は痛覚までそっくりに似せているらしく、自身の一部を斬られたすみれ先輩は激痛を悲鳴に変え、触手のように伸びる蔦は悶絶するようにくねらせ、私たちの周りに波を作る。

すみれ先輩が身を悶える程の叫びがあったとしてもケイは容赦なく、目前の蔦を切り刻んでいく。

彼にとっては行く道に邪魔な雑草を排除しているだけで、その非行は私の逃げ道を作る為のものだった。

「ああああ!いだい!いだい!」

次々と斬られる感覚にすみれ先輩は天井を仰いで、苦痛を叫ぶ。増えていく切り口と流血の量。赤い雫がはねては私の髪にかかる。ケイの黒い髪にも仮面にも鮮血色に上塗りされていく。

「いだい!いだい!やめてよ!」

ただ1人の悲鳴が大気を震わせて私の耳と心を凍らせる。

「ああああ!いやあ!いだあい!」

人の叫喚に耐えられなくなり、蔦を切り続けるケイの片腕に私の両腕と胴体が抱きつく。夢中になって駆除するケイにとっては妨害でしかなかった。

「キヨネ!邪魔だ!」

「あんなの聞いていたらおかしくなる!すみれ先輩と話せば」

「もう人じゃない」

ケイの言い分は正しい。伸びてくる蔦を斬るのも私を守る為のものだってわかっている。それでも、すみれ先輩の声で訴える叫びは通常の精神では耐えられるものじゃなかった。

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