糸 8
1段ずつ降りるつもりはない。脚の関節を深く畳み、太ももの筋肉を一気に伸ばす。階段全ての段差を跳ぶ。
高く飛んだつもりでもあたしの身体は中途半端な長さで踊り場までには届かない。このままだと着地地点が足場の少ない段差に落ちるのは確実で足を踏み外せばどうなるのか、安易に想像できる。
「ハク!受け止めて!」
落下途中で叫ぶ。あたしより先行していたハクは両腕を広げて待ち構える。落下してくるあたしを姿勢を崩さず、うまく受け止めてくれた。そして、あたしを抱えたまま階段を降りる。
押し寄せる死者の波は階段を降り始める。周囲の見渡すができた時、ケイがいないことにい気付く。
「どこに逃げればいい?」
ケイの姿がないのにケイの声がする。目を凝らすとあたしたちの前に走る猫がいた。声はそこから聞こえた。
「地下!機械室!」
それがケイだと声だけで判断する。処理しきれない疑問はいくつかあるけれど考えていられない。
黒猫のケイとあたしを抱えたハクは段差を飛ばして降りる。この調子なら機械室は近い。けれど、油断もできなかった。なぜなら人間もどきの波はあたしたちより早い速度で迫って来ている。
2階まで降りた。人もどきの波はすぐそこまで迫っている。飛んでくる種があたしの背中やうなじ、後頭部に当たる。
機械室にたどり着く前に飲まれてしまいそう。あたしには白鋏という強い武器があるのにそれが使えないなんて。
白鋏を握りしめて迫る問題の解決策を思考する。そして閃いた。
この学校が未知の世界になったとしてもある1カ所なら知っている。あたしが目覚めた教室。3-A。
上下して揺れる肩の上であたしは白鋏の刃を立て、空中を引き裂く。自身の肩幅ほどしか裂いていないはずなのに白鋏は階段の端から端までを裂く。あたしが望んだ通りの大きさだ。
階段を横切るように右から左へと大きく裂かれた空間は3-Aに続いている。
人間もどきの波は吸い込まれるように裂け目に流れ込んでいく。その圧巻する光景を横目で捉えながら私たちは機械室へと降りていった。
大きな波から逃れたとしても脅威が去ったわけじゃない。
あれは無限に湧いてくる。また多くの人間もどきがあたしたちを追いかけてくる。
そうなる前に機械室に駆け込むと鍵を閉めた。これだけじゃ何の対策にもならないけれどないよりはマシね。
廊下や階段は月が照らしていたから薄暗いで済んだけれど機械室に入ると完全な闇が私たちを包む。
視覚は頼りにならなくて聴覚は静寂しか聞き取れない。嗅覚は酷く甘い臭いで鼻を歪ませた。
スマホ取り出すとライトを点ける。
足元を照らしてみると臭いの原因であるパッションフルーツの種がスライム状の液体と絡まって床一面を埋めていた。
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