鬼ごっこ 12
清音にも悪いことをしてしまった。あの時、断るべきだったのだ。そうすれば、気を遣う清音まで廊下で立ち止まらずにいられた。廊下にいるより教室に様子を見たほうが安全なのだから。
「教室に入りましょ?それで私が医療キットを持って来ますから」
「それは駄目だ。1人で行かせられない」
「このままじゃ死んでしまいそうです」
「俺はもう死んでいる。捨てて行け。平気だから」
「嫌です。一緒にいさせてください」
カンダタが心配というよりは自分の保身からくる願いだろう。独りでは精神が壊れてしまいそうな静寂の中だ。無理もないが、清音の選択はとても愚かなものだ。
清音は無力だ。怪我人を連れて鬼が潜む校内を歩いて行けるはずがない。精神的な安心より現状を冷静に捉え、自らの命を優先して欲しい。
さて、どうするか。
カンダタの傷は思っていたよりも深刻だ。放送室に行く前に清音が殺されてしまいそうだ。彼女はカンダタから離れようとしない。
痛みに耐えながら思考を巡らす。すれと、どこからか誰かの悲鳴と金切りの吠え声が谺する。鬼が人を襲っている。
「保健室は近くか?」
「すぐそこです」
「急ごう」
保健室にはすぐに着いた。しかし、引き戸は開かなかった。吹奏楽部の部室に入る際、鍵は開いていた。他の教室の鍵もかけていないようだった。もしかしたら保健室に人が隠れているのかもしれない。
カンダタは清音に目配せをする。清音も同じ考え方をしていたようで何も言わずとも真意を汲み取ってくれた。
清音は引き戸を3回叩く。中から息を呑む小さな悲鳴が聞こえた。やはり、誰かいる。
「あの、開けてもらえませんか?」
返事はなかった。もう一度戸を叩く。
「怪我人がいるんです。医療キットだけでもらえませんか?」
同じ反応。これは駄目だな、とカンダタは諦める。それでも清音は叩いた。
「あの」
「うるっせえな!」
3度目でやっと貰えた返事は怒声だった。怒りに任せた声量にカンダタは周囲を見渡す。鬼が聞きつけてくるかもしれない。
「ご、ごめんなさい。でも、怪我人が」
「勝手に死なせとけ!助かんねえよ!」
「そんな、少しだけでも」
「死ね!」
何も聞き入れてはくれないようだ。
「話しても無駄だ。行こう」
歩き出したカンダタ。清音は名残惜しそうに保健室を見つめ、「お気をつけて」と言葉を残して後をついて行く。
カンダタの足取りが遅くなり、ふらつく。呼吸も荒くなってきた。意識は遠くに行こうとしていた。血を流しすぎたのだ。これは経験からくる直感だが、間違いなく1回死ぬ。
そうなってしまう前にどこか適当なところで避難しなければならない。清音を残して廊下の真ん中で倒れるわけにはいかない。
カンダタは科学準備室と表示されている戸を開ける。
もっと注意を注ぐべきだった。頭に血が回っていなかったでは言い訳にならない。
乱雑に散らばる教材と砕かれた試験管・フラスコ類。部屋中に飛び散った血飛沫と内臓。その中心にいたのは1人の生徒に跨る黒い鬼。
鬼が振り向き、カンダタと目が合う。カンダタは清音を離そうと押しのけた。刹那、鬼の頭部がカンダタの腹部に激突して壁に背中を叩きつけられる。
血が足りずに頭が回らない上に受けた打撃は軽い脳震盪を起こす。腹部は圧迫され、口からは血が吐き出された。
鬼はそのままカンダタを食らうかと思われたが、光る金眼は茫然となっていた清音を捉える。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます