雨に潜む 2

さえりがそれをしないのには理由がある。

「自分を殺せっていうのが瑠璃の日常的な会話か」

カンダタが責めるように睨ねつけてくる。

「何よ、他人の家庭事情に口を挟まないでくれる?カンダタは幽霊なんだから、死人は死人らしく口を閉じてなさいよ」

「そこまで口を挟むつもりはないが、瑠璃の口調は言わずにはいられなくてな。もう少し優しくしてみようと思えないのか。彼女にも」

「優しさで世界が救えるならやってあげてもいいわよ。それに、あたしに対するさえりの殺意は変わらないわよ」

「殺意?何をしたんだ?」

「父の子供。それだけよ。さえりは父に惚れているのよ。恋人になることを望んでいるけれど、あたしがいるからなれないと思っているのよ。あたしのせいじゃないのにね。馬鹿みたいに惚れているから父からの頼み事も受けるの。本心も知らずにね」

さえりがいくら父の要望を受け入れたとしても無駄なのよね。父の妄信的な恋愛が終わらない限り、さえりの恋は実らない。

人の多いエントランスを通り抜けて正面入り口にあたしたちは歩く。

「なんだか、よくわからないが彼女よりも父親に対して恨みが強いようだ」

「父」のワードを口に出すたびに口調が強くなっていたのをカンダタは聞き逃さなかった。

ハクが鼻先であたしの手の平に触れる。慰めているみたいだった。

「別に。恨みがなくなるくらいの時間は経ってるわ。あたしも父も残っているのは無関心よ」

「けど、父と娘だろう?何かしら残っているものじゃないか?愛情とか」

それこそありえない。慰めているハクも家族愛を信じているカンダタも勘違いしている。あたしと父の間にあるものは完全な無。

さえりに保護者代理をさせているのもそれが理由になる。もう関わりたくない、という意思表示。だから、あたしたちはお互いの連絡先も知らない。そんな無干渉の関係は今年で6年目になる。

「親子愛ほど強い絆がないわね。カンダタの価値観は素晴らしいわ。感激する。でもね、世の中にはそれを持たない人もいるのよ」

自動ドアを潜り、白と黒の横断歩道に立つ。6月の空は曇天で晴ればれしい青は欠片もない。まぁ、雨が降らないだけマシね。

「血は繋がっているんだろう?記憶はなくても手は繋いだんだろう?」

「カンダタの言う通りかもしれない。手を繋いでいたかもしれない。でも、今の事実は変わらない」

「それは、悲しいな」

カンダタは思い至るように立ち止まって項垂れる。なんとなく察したけれど、カンダタは親子に対する価値観が美化されているみたいね。でも、現実ってこういうものよね。

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