黒猫の探し物 17

「あの、桜尾先輩って、その、去年も?」

深く踏み込んではいけないとわかっていても聞かずにはいられなかった。2年間いじめに耐え続けた強さの理由を知りたかった。言葉を濁したのは直接的な物言いに躊躇いがあった。

「去年のこと聞いたの?」

「いえ、詳しくは聞いてないです。そういうのが昔からあった、とだけ」

「そう」

桜尾先輩は私の複雑な心情を汲んでくれたのだろう。恨みを含んだ熱情が伝わってきたけど、それを仕舞うと優しく微笑む。

「やっぱり、清音は優しい人ね。あなたはそのままでいてね。それよりも、あの山崎とかいう人。謹慎中でも来るんだから粘着質な性格してるわね。どうして清音を狙うのよ」

「わからないんです。ただきっかけみたいなものはありました」

「そうなの?」

「それがきっかけかどうかも判断つかないんですけど、その日を境に彼女の嫌がらせが始まったと思います」




あれは5月の連休明けだった。その頃の私たちは一緒に昼食をする程度に仲が良かった。入学してから日も浅いからお互いの身の内や価値観を測りきれなかった。

大型連休を利用して家族旅行に行ってきた私はお土産を山崎たちに渡し、私たち4人はお弁当を机に広げた。

「いいなぁ、旅行。あたしはずっと部活だよ」

そのうちの一人が私を羨ましがる。

「そんな遠出じゃないよ」

私の性格上、自慢話は苦手だった。「羨ましい」は誰かの妬みになると悟っていたから。だから、そういった羨望が向けられると謙虚な受け答えをしてしまう。

「皆は連休どうしてたの?」

「バイト。どっか出かけた?ねぇ、山崎」

山崎はイチゴジャムパンの封を切った所で顔を上げた。うわの空で話を聞いていたらしく、反応したのは名前を呼ばれたからだった。

「連休。どっか出かけた?」

「あ、ああ。いや、そんな金ないよ。家でゴロゴロしてた。清音のとこは家族が仲良くていいね」

「確かにぃ。スマホも入学祝いで父親から買ってもらったんでしょ?最新モデルの」

「お弁当も毎日作ってもらっているしね。私なんかスマホは自分で買えってさ。今、必死こいてお金貯めているよ」

「旅行にも行けてお弁当も作ってくれる っていいよね」

羨望の目がこちらに向けられている。私が苦手とするものだった。

「そんな、裕福でもないし、父はただの会社員だし、普通の家庭だよ」

ブチュッと潰れたような音がした。音の原因は山崎がパンを握り潰したからだ。赤いジャムがパン生地とビニールから飛び出し、山崎に指を赤く垂れる。

「ジャムやばwどんだけ握力強いんだよ」

友人の一人が赤く濡れたジャムを笑い事にする。それにつられて私や友人たちも笑い合った。山崎も笑っていたけど、その笑顔はどこか引きつっていた。

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