黒猫の探し物 12

あの人との面識はないけど、有名な人だ。演劇部の顧問をしていて、強豪校へと育て上げた。確か、名前は安斉 翔太郎先生。実力と厳しさを備えた先生が遺体となって街灯に照らされた。

180度回転した首、身体中に刻まれた大きな爪痕、なくなった右腕。たった一瞬の光景なのに私の目ははっきりとそれらを映す。

「キヨネ、帰るんだ」

ケイが小さな声で言う。その子なりに落ち着かせようとしたのだと思う。でも、私の頭はパンク寸前で恐怖は冷静さを奪う。

街灯の電光が2度、瞬く。1度目は猫のケイと安斉先生の遺体。2度目、変わるはずのない遺体。ケイが立っていた位置に猫の姿はなくなり、代わりに青年がいた。一本の白い刀を手にした青年。

限界だった。恐怖なのか驚愕なのか区別もつかない感情が私の口から悲鳴となって発せられようとしていた。

私の悲鳴をせき止めたのはどこから現れたのかわからない青年で、彼は急接近すると片手で私の口を塞ぐ。

「静かに。近くにいる」

青年の顔には鼻から目を覆う木製の仮面があって、色のない単調な声はケイと同じものだった。

喋る猫、人に変わる猫。どう受け止めればいいの?

数秒間、私には長く感じた僅かな時間。青年の肩越しから安斉先生だったものが視界に入る。顔の向きを変えたかったけど、青年の手は1ミリも動かないでぴったりと私の口を塞ぐ。静寂の主張が増す。

6月の雨は冷たくてうるさい。

雨音に紛れて犬の唸り声が聞こえくる。硬いもの同士ぶつかり合う音。私を取り囲むように鳴く。

不穏を感じた私は目玉だけを屋根に逃げる。硬い音の正体は屋根だと推測した。

いくら目を凝らしてみても異変を見つけられない。対して青年は視線こそ私に向いていたけど私を見ていなかった。青年はひたすらに聴覚を研ぎ澄ます。

青年の刀が持ち上がる。白い刀身が私と同じ目線にまで上がって更に心臓が脈打つ。

白く美しい刀は雨に濡れて街灯の光で煌めく。こんな状況でなかったら美しいと思えた。すぐそこにある安斉先生の遺体があり、雫で煌めく刀は人を殺せる。

もしかして、私を斬るの?

私は青年を見つめるも仮面の奥の瞳は光らず、真っ暗な穴が私を見つめる。

肩越しの遺体は街灯に照らされて赤い血溜まりは広がっていく。電球は復活したようで光が消滅したり点滅することはなくなった。

安斉先生の遺体に不自然な影が伸びたかと思えば血溜まりの中心に黒い獣が降り立った。

それを獣と呼ぶかどうかもわからない。なぜならそれは熊でも犬でもなかった。化け物としか呼べないそれは金色の目で私たちを見つめる。

黒い化け物は足元に転がる遺体に興味はなく、牙の先は私たちに向けられていた。化け物は音をたてずに降りた。青年は私の口を塞いだまま、化け物に背を向けている。

私は必死になって目玉を動かして目線を化け物に合わせる。そうして後ろにいるのだと伝えたかった。しかし、青年は微動だにしない。

そうしている間にも化け物は身を屈めている。こちらに突進してくるポーズだと直感でわかった。私も彼の手から離れて逃げればいいのに、まるで呪いをかけられたみたいに体が動かなくなっていた。

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