黒猫の探し物 10
紺色のお面が私と向かい合って、奇妙な感覚に陥る。目玉の位置にある穴。もちろん、そこには猫の金眼があるはずなのに、お面の穴にあるのはどこまでも黒く塗りつぶされた虚無。それが私を見つめていた。
今朝まではかわいい黒猫だった。なのに、何もない黒い穴に見つめられた途端、得体の知れない恐怖が私を襲う。
私は硬直して黒猫は私を見つめたまま小さな口が開く。
「見えるのか?」
空気が振動して伝わったそれは黒猫の口から発せられた。
「聞こえているのか?」
2度目。確かに口の動きと音の振動が合わさり、それは声となっていた。
「どうした?」
確かに喋っている。黒猫が喋っている。
私はこの衝撃的な事実にどう対応すべきなのかわからなかった。大声で叫ぶべきなのか、両親を呼んで騒ぐべきなのか、事実を受け止めないでベッドへと寝るべきなのか。選択肢はいくつかあった。ただ、その簡単なことですら私は選べずに思考が停止していた。
「仮面が見える者は限られている」
黒猫が淡々と話す。
「こちら側の者かそれを認識できる者か」
人の言葉を話しているはずなのに私の頭は理解を放棄していた。
「糸と鋏だ。お前はどちらだ?」
私の思考が再稼働したのは外の強風が窓を叩き、私の静寂を消したからだ。
「は、さみ?」
最後の単語だけを拾う。
「それと似た臭いがする。嫌な臭いもする」
「あ、あなた、猫、よね?」
取り敢えず、騒ぐと言う選択肢はしなかった。冷静に対応するというより、大声を出す勇気がなかった。
「カゲヒサは猫と倫理で俺を作った」
作った?この猫は作られたと言う。という事はこれはロボットか何かなの?でも、血は流れていたし、獣医も猫として治療していた。
「糸と鋏に渡すものがある。だから探していた」
黒猫は簡略化された言葉で私に話す。しかし、短い説明では奇妙な現状を理解することができない。
「あなた、何者なの?」
「ケイ、お前はキヨネ」
それは猫の名前だった。私が知りたいのはそれじゃない。
頭に受けた衝撃の余波は弱まっていた。
ひとまずは冷静に情報を取り込もう。何を取り込むべきなのか、何を質問するべきなのか。それを選択するのに数分の時間を消費してしまう。
私が思考を巡らしているうちにケイは強風の雨音にわずかな音の違いを聞き分けたようで、それは人の耳では聞こえないものだった。
「窓を開けろ」
「え?」
「窓だ。近くにいる」
何の事だろう?
不思議に思いつつも窓を開ける。すると、強い風がカーテンで遊んで雨粒が私の顔を濡らす。ケイは雨も風も構わずに窓枠に立つと頭を出す。
「ねぇ、何がいるの?」
「雨が強い。臭いが辿れない」
夕方からの土砂降りの勢いは全く弱まらず、風で強まった粒は容赦なく私とケイを撃つ。
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