葉桜の君に
いいの すけこ
第1話
世の中には、似ている人が三人いるという。
僕はかつての恋人である
その人は僕が学生だった頃にデビューを果たし、美人作家ともてはやされた小説家。大学生のうちにデビューした彼女は同じく大学生だった僕ら――僕と朱音は同い年の幼馴染だったのだけれど――と歳も近かったから、なおのこと似ているように見えた。
『私、この人に似てるってたまに言われるじゃない。美人作家って言われてるんだって。照れちゃうなあ』
そう言って朱音は笑った。著者近影ですまして笑う美人作家よりも、屈託のない笑顔の朱音の方が可愛いと、思ったけれど言わなかった。言えばよかったと、今でも後悔している。
その美人作家は、数年前に自ら命を絶ったらしい。ネットニュースの一番下に載っていた。なにが作家をそうさせたのかはわからない。けれどその記事を見た時に思ったことは、『自分から死ぬなら、その命、朱音に分けてやってくれよ』だった。
僕らが大学四年に進んだばかりの春、朱音は天国へと旅立った。
大学三年の夏休みに病に侵されていることが発覚してから、一年と経たずに朱音はこの世を去ってしまった。
例の美人作家の死の真相はどうだっていいけれど、この世から消えてなくなりたくなるほどの絶望があることは、僕も嫌というほど思い知った。
あれから十年は経て、自分のすぐ後ろに絶望を背負ってるような感覚は無くなったけれど。
いまだ穴が空いたままの心を揺るがすような出会いが、この春、僕を待っていた。
「皆さん、入学おめでとうございます。僕が君たちの担任の
黒板に自分の名前を書きつけ、僕は教室内の生徒の顔を見渡す。
朱音が亡くなった年の次の春、僕は中学校の教師になった。よくもあの乱れた精神状態で教師として新任できたものだと思うが、彼女を失った悲しみを仕事に忙殺されることで忘れようとしていた気もする。
ともかくもこうして無事に教師生活を続け、昨年度は三年生も送り出し、また再び一年のクラス担任になったわけだ。
「はい、じゃあ今から自己紹介を始めます。出席番号順に、相川君から」
出席番号一番の生徒が元気よく返事をして立ち上がる。
本を読むのが好きです。
野球部に入りたいです。
よろしくお願いします。
型通りの自己紹介は、正直毎年のように聞いているけれど、やっぱり大切な時間だ。僕だって全員の顔と名前を覚えなくてはいけないし、初々しい子どもたちの顔と声は気持ちがいい。彼らには未来がある。
自己紹介が半分ほど進んだところで、一人の生徒が立ち上がった。
「
一瞬、目を奪われた。
校則通りに二つに結んだ長い髪も、前髪を上げた丸い額も、周りの女子生徒たちと何ら変わらないのに。
「えーと、仲良くしてください。これからよろしくお願いします」
短い自己紹介の間に、僕はすぐさま気持ちを立て直す。何でもない風を装って、自己紹介を進行した。身の内で、心をざわつかせながら。
――似ている。
似ている。朱音に。
春川桜子は、朱音によく似ていた。
朱音とは幼馴染だったから、中学生時分の彼女のことだってよく覚えている。今から思えば、教え子たちのように幼い顔立ちで。けれど同じく男子中学生だった僕から見れば、少し大人びて見えた、まだただの幼馴染だったころの朱音。
彼女を失ったのと同じ季節の春に、僕は朱音とよく似た春川桜子と出逢った。
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