あいまいみー -8-
2ラウンド目の佐藤の動きは明らかに違った。ステップも、身体を揺さぶる動作も、表情も。真剣とも言えるしキレてるとも言える。それは周囲も理解しているようで、ざわざわと不穏な雰囲気が漂っている。
いいね、これこそが俺が望んだ展開だ。こっちも能力の出し惜しみはしない。おそらく、相手は恥をかかされた腹いせに俺からダウンを取りたいだろうし。
その予想は正しくて佐藤の攻撃は先程とは段違いに鋭いものだった。ジャブもフックもストレートも能力で軌道は見えてはいるけど、1ラウンド目とのスピードの違いについていけず防戦一方だった。
ガードの隙間から見える佐藤の表情がにやついて、余裕が伺えた。もう少し、様子見がしたいところだが、いくら俺に余裕があっても外野から見たこの状況はマズイ。一方的に殴られているようにしか見えないから、止められかねない。
これがコイツの本気なら、もう充分に対応できる。俺は少しだけガードを緩めると、能力で見える未来の軌道がそこに滑りこんできた。
「死ね」
「……そっちがね」
俺にだけに見える軌道に沿って佐藤の右ストレートが放たれた。それを左にステップで避けると、隙だらけの顎に左の拳を叩きつける。
堅い骨を殴ったような手応えだった。殴った拳に痺れるような感覚が走る。痛みはないけれど、確実に相手を殴った手応えだ。
「おぉ!」
周囲が驚きの声を上げる。一方で、俺はそちらには視線を移さず、佐藤を見据える。倒れるか、と思ったが意識を保ち、歯を食いしばって耐える。支える脚は震えているけど。
――そうこないと。さぁ、攻めるぞ、先輩。
そこから俺は攻めに転じる。相手が本気で殴ってきても能力で対処できることは充分に解った。それが解れば、3ラウンド目までは付き合うつもりはない。それにここで終わらせれば、『延長戦』も期待できる。
ぐらつく佐藤にローキック。ジャブ、ストレート。簡単なコンビネーションを放つと佐藤は防御に徹する。回復に努めているのだろう。同じコンビネーションを数回繰り返すと、防戦一方の状況を嫌った相手はとりあえず、手を出してくる。当然、能力で解っているので、防ぐ、捌く、避ける、カウンターを簡単に当てる。また、相手がぐらついた。そこに追撃にハイキックを放つ。さすがにモーションが大きかったので、防がれる。だけど、相手の脚に踏ん張りが効かないので、大きく身体が流れてロープまで吹っ飛ぶ。
再び、距離を詰めて右ストレート……は、フェイント。見事に引っかかった。そのことも能力でガードしている位置が見えていたので、俺の次の選択と行動は早い。
左フック。拳を堅く握り、顎に向かって鋭く、速く――打ち抜く。
俺は振り返り、コーナーに戻る。佐藤が倒れたことは解っている。あとはコーナーで待つだけ。立ち上がっても、こなくても、どっちでも良いけど。
周囲は驚いているようだった。その証拠に随分と静かだ。
一方で、俺は倒したことに興味はなかった。だって、当然の結果だ。それよりもキックよりパンチの方が当てやすいな、とか試合の内容を振り返る。
「もうストップだ!」
その声に反応して、佐藤の方を見る。彼は立ち上がろうとしていたが、トレーナーが力の差を感じたからか、ストップさせたようだ。賢明は判断だと思う。
これで俺としてはテストの第一段階は充分。第二段階は……
――これは期待できそうだ。
俺の方を睨む佐藤の顔を見ながら、そう思い、緩みそうになる口元をグローブで隠すことにした。
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