奴らの居場所を突き止めろ_4
魔導ギルド長は全てを語ってくれた。その様子は、罪を告発する罪人のようにも見えた。疲れ切った表情を浮かべながら動かす口は弱弱しく、肩もぐったりと落としていた。
「あれはまだ私が新人だったころの話だ。だから君たちが生まれるよりもずっと前のことだと思ってくれても構わない。昔、この地域を拠点とする一人の魔術師がいたのだ。
彼の名はフェリズ、のちに放浪の叡智という組織を作った男だった。彼は何よりも魔術を愛していた。深く、それはもう深く愛していたんだ。知識を求め各国を旅し、魔導の研究に時間を費やした。彼の研究は素晴らしく、魔導技術を数十年ぐらい早く進歩させたとまで言わせていた。
それだけの偉業を成し遂げても、フェリズと言う男は一切満足せず、魔法の探求を続けたのだ。時には人々を苦しみから解放してくれるようなものまで作り出していたが、彼自身はその成果に一切興味を持たず、使いたがった人たちを弟子として欲しがっていた魔法的知識を渡していた。
彼は偉大な男だったが、少し頭がおかしくて、気でも狂っていたのだろう。フェリズがずっと欲しているものは、魔法の到達点、魔法の深淵にあるものが一体何なのかを見たいということだった。一心不乱に研究し、新たな魔法を作り続け、知識を求めて旅をする、その姿から彼は放浪の賢者と呼ばれるようになったのだ。
ずっと研究を続けてきた彼も、いつしか限界というものを迎える。思いつくすべてをやりつくしたフェリズだったが、それでも魔法の深淵を覗くことは出来なかったのだ。
やりつくしたはずなのに、魔法にはまだ可能性が残っていた。その可能性を引っ張り出すことが出来ればもっと先に進めるはずだった。だけのフェリズはその可能性を掴めなかったのだ。
一人では限界を感じた彼が考えたのは、同じ志を持つ仲間を集め、ともに研究を進めることだった。
別におかしな話ではない。一人がダメなら複数人でやればいいと思うのは、いたって普通の思考だ。彼と同じ志を持つもの同士が集まって、魔導の神髄を極めることを目的とする組織、それが放浪の叡智と言う集団だ。まあ、それも昔のこと。今は何をやっているのかよく分からない怪しげな集団になり果てた。同じ志を持つ仲間はすでにフェリズのもとを去っている。あいつのやり方に、皆が付いていけなかったのだ。
だけどフェリズは仲間を求め、今も魔導の深淵を覗こうと、研究を続けているらしい。私が知っているのは大体こんな感じだ」
語り終わった魔導ギルド長、どっと疲れた顔をしていた。少し老けたようにも見える。弱弱しくヴィスに顔をみけ、コレでいいだろうと言っているかのようににらんだ。
そんな、弱っているご老人こと魔導ギルド長を見下しながらヴィスは、ふん、と鼻で笑う。
「長い。三行でまとめろ」
「そうです。師匠は忙しいんです。もっと完結に行ってください。分かりにくいです。頭悪いですねあなた」
「こ、こいつら…………」
あまりの扱いに、さすがの魔導ギルド超もプルプルしていた。まあでも、さすがのヴィスも鬼じゃないらしい。
「はあ、ったく。俺が知りたいのはそんな昔のこととか偉業じゃなくて、賢者って誰? そいつはどこにいる? の二つなんだよ。賢者についてはもう聞いた。あとはそいつらが今どこにいるのかおしえてくれ。これなら頭の悪いお前でも完結に言えるだろ?」
こんな時でもヴィスは煽るのを忘れない。
一瞬とてつもない怒りをあらわにしたが、相手がヴィスだと思い出した魔導ギルド長はしゅんとしていた。餌がもらえなかった小動物のようだ。
「奴らの拠点は今も昔も変わっておらん。この国の南西、神聖セルーア帝国との国境付近にあるシュプレッツ砦にいる。あそこは神々が世界に降り立つ前の時代、人々が争い続ける戦国乱世の時代に作られ、今は放棄されて廃墟になっていた場所だ。フェリズはずっとあそこを拠点にしている。そこにいけばあえるだろう」
目的の情報を聞いたヴィスはとても満足そうにうなずいた。
「よし、セーラ。アティーラを回収したらシュプレッツ砦に向かうぞ」
「了解です師匠。あ、これどうしますか?」
人には言えない恐ろしい目にでもあったかのように魔導ギルド長はぐったりとして、目が死んでいた。急に立ち上がり、両手を空に掲げて何やらぶつくさと言い始める。とうとう精神的にやられてしまったのだろうか。
「光だ、光を感じる。こことは別の、外なる世界の光だ。神は我をお救いにならなかった。だけど外なる神は我を見守ってくださる。リャー・リュリャ・ディル・オルカ。顔のない令嬢の姿をした狂乱の女神ニャルティルカ様! ワル・デォイラ=ルボレラ・ディ・イルカ! ジュ! ベルボア! 我を狂乱の世界へ導き給え。ククク…………アハハハハハハハハハハハ。ネズミが私の体を這いずり回る。痒い、痛い! アガァァアアアアア。ヒャヒャッヒャッヒャ」
完全に狂ったように笑うどうしようもない男に成り下がった。いや、もしかすると、本当に外なる神によって精神汚染をされているのかもしれないが、真実は誰も知らない。
ヴィスも気持ち悪い老人を見るよな目で見ていた。体は引いている。それほどまでに気持ち悪くてキチガイじみていた。
「セーラ。強力な聖の魔法を使って気絶させてやれ。あのままだと不憫だ」
「そうですね、どうして急に狂ったのでしょうか」
「もしかすると、誰かから精神汚染でもされたか、呪いでもかけられたか」
「むむ、若干呪いの気配を感じますね! これは特定の情報を漏らすとこの世界の外側にいる神の一人、女神ニャルティルカの狂った祝福を受けるという、かなり特殊な呪いです。こんな魔法、初めて見ました」
「初めて見たのに外なる神とかニャルティルカとかわかるんだな。俺、ニャルティルカなんて神の名前、初めて知った。セーラは知ってるのか」
「いえ、私も知りませんよ。ただあの人にかけられた呪いを読み解いただけです。こう見えても、聖魔法は得意なんですよ!」
えっへんと、得意なことを自慢する子供のように胸を張るセーラ。その姿だけ見ると、とても可愛らしい子供なのだが、聖魔法を拳に貯めて、殴って解呪しようとする姿は、いささか子供らしくなかった。
セーラが拳を振るうと、鈍い音と共に魔導ギルド長がその場に崩れる。セーラの拳のおかげで呪いが解けたのだろう、少しだけ緩やかな表情に変わっていた。
「よしセーラ。こいつを運んで椅子に座らせるぞ」
「どうしてそんなことをするんですか」
「いやなに、こんなところで寝かせたら可哀そうだろう?」
やったとはヴィス達であるが、ヴィスに盲目的なセーラは「さすがです!」と、年相応の子供のように喜んだ。
魔導ギルド長を綺麗に寝かせた後、ヴィスたちはアティーラのいる場所に戻った。
ヴィスたちは、戻ってどんなことを思ったのだろうか。そんなのは本人たちにしか分からないことであるが、とにかくアティーラ達の状況がかなり混沌とした状況になっていたということだけは言っておこう。
「ぐはぁ…………悪魔の女め、よくも、仲間をっ! 許さな、い。絶対に……ぶふぅ」
「ちょっと、皆なんで倒れるのよ! と言うかなんで鼻血! どういうことよ。私、何もしていないのにっ!」
男どもはアティーラをどうにかしようと思い行動をするが、アティーラの黙っていれば綺麗な見た目と、エロい体つきのせいで、鼻血を噴き出して倒れる。この現場だけを見ると、一体どんな悲惨な事件があったのだろうと思わせてしまうが、真実を知っている側からすると、なんともしょうもないことだろう。
何せ女性に免疫のない男どもが、女性を前にいろいろと妄想して鼻血を噴き出しているだけなのだから。
「おっすアティーラ、足止めご苦労」
「なかなかひどいですねここ。私、あなたのこと見直しましたよ。さすがですね、借金!」
「私のことを借金と呼ぶのやめてほしいけど、今すごい借金しているから言い返せない……。んで、ちゃんと情報を手に入れられたんでしょうね!」
「ああ、手に入れられたぞ。俺たちはこれからシュプレッツ砦に向かうぞ」
アティーラを回収したヴィスは、悲惨な状況となった魔導ギルドを後にした。ちなみに、魔導ギルドの中は悲惨な状況のまま誰一人として意識がある者はいなかったので、ヴィスたちの後にやってきた人がその現状を目の当たりにして発狂したのは言うまでもない。それからどんどんと話が膨らんで、かなり大ごとな問題になったが、この事件についてはいつか真実が知れ渡る時が来るだろう。それがいつになるかは、神様でも分からない。
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