弟子と師匠と呪われた宝物_3

 隠れ家に着いたヴィスとセーラ。とりあえず、いらないものを端に避けたヴィスは、セーラに「適当に座っといてくれ」と言う。

 言われた通り、空いているスペースにセーラがちょこんと座ると、ヴィスはセーラの目の前にシートを引いて、たくさんのものをシートの上に並べた。


「とりあえず俺もやることがあるからな。作業しながらにしたい」


「別に私は問題ないですよ。師匠、私も何か手伝いますか」


 人差し指を唇に添えて首を傾げるという、なんともあざといしぐさでセーラがアピールをしてきた。

 ヴィスには女神耐性と言えるレベルで女性のあざとさに耐性があった。なのでセーラがあざといことをしてもきょとんとしている。


「いや、別にいい。作業はこっちでやるから。とりあえず弟子にする件だけど……」


 別にセーラも狙ってやっていたわけではないが、あざといポーズに対して何も反応がないと、自分に自信がなくなってくる。それでも師弟関係になれるかの方が重要らしく、すぐに立ち直った。


「私は正義を愛して一人で正義活動をしていました。ですが私は未熟者。誰かを護るためにはもっと強くならなければいけません」


「だから俺のところに来たのか。別に俺は強くもなんともないぞ」


 本当は強い。大陸でも屈指の戦士だ。だから女神に寄生して屑みたいな生活ができていた。国の女神様に頼られるほどの逸材であるが、基本的に屑男なのでぱっとみそういう風には見えない。

 セーラは、屑さに埋もれて見えにくいヴィスの本当のいいところに目を付けた。


「俺、できれば戦いたくもないし、人の面倒も見たくない。ぐうたらとした生活を送りたいんだ」


「何でもいいです。お願いします。私、強くなりたいんです。だって私………………」


(皇族がこんなところにいるんだ。それなりの理由があるんだろうけど……俺には関係ないよな)


 セーラはギルディア王国と並ぶ大国の一つ、神聖セルーア帝国の皇女様だ。他国であるギルディア王国で拳を使った正義活動をするような身分ではない。

 それなのにこんなことをしているのには、それなりの理由があるのだろうとヴィスは思った。だけど、理由はそんなたいそうなモノではなかった。


「人を殴るのが大好きなんです。もっと、もっと強くなって人をたくさん殴りたいんですっ!」


「そうか、殴り……殴りたいっ! どういう理由だよ!」


 この理由には思わずヴィスもツッコミを入れてしまった。この皇女様は人を殴るために正義活動をしているという事実は思いのほか衝撃的だった。


「力こそ正義。悪い人は押さえつける人がいないから悪いことをするのです。徹底的な暴力は抑止力になるんです。そのために、私は人を殴りたい。殴りたいんです。あの顔を殴った際に肉と肉がぶつかる音。拳がめり込み、頭蓋骨を打ち砕く感触、なんて素晴らしいんでしょう。善人は悪人を殴るために生まれてきたんです。あなたの拳には正義の意志が感じられました。お願いです、私を、私を弟子にしてください。人を殴る快楽を教えてくれたのは…………………あなたじゃないですか! 師匠……人が殴りたいです……」


 この皇女様はどうやら頭がイってしまっているらしい。

 息をはぁはぁさせながらヴィスに向かって力説する。少し気持ちが高ぶっているのか、頬が少しばかり赤く染まり、目がギラギラとしていた。手をぎゅっと握りしめ、とても固そうな拳を作って口元は笑みを浮かべている。

 その視線が「私はいつ、人を殴れるんだ」と訴えかけているようだ。


(こいつ、狂犬どころじゃないぞ。頭がイかれちまった奴じゃねぇか。何だよ人が殴りたくて正義活動してるって。おかしいだろう。その思考、どう考えたって悪人のそれとたいして変わらないじゃないか! は? 俺、こんなのの面倒を見なくちゃいけないの? あの借金女神だけでも大変なのに。これならラセルアのところに寄生していればよかった)


 セルーアの皇女様の狂気に触れて、ヴィスは激しく後悔をし始めた。どうしてこうも頭のおかしそうなやつらが集まってくるのか、ヴィスには理解できない。

 それに、セーラはある意味で借金女神なアティーラよりもやばい存在である。とにかく人を殴りたいとか、正気の沙汰ではない。

 この狂犬を面倒みなければと思うと気が重くなる。

 ヴィスは弟子の話を断ることにした。


「というわけだ、弟子の話はなかったことに……」


「なにが、というわけなんですか師匠?」


「いやな、人を殴りたいだけの狂犬の面倒を見るとかめんどくさい。まずはまっとうな人の心を手に入れてから来なさい」


 人をむやみに殴るのはだめだと思う。そんなことをすれば面倒ごとがやってくるのは必須。一歩間違えれば借金女神のように人生破滅コースに向かってしまう。それがわかるまでヴィスは弟子にしたいとは思わなかった。いや、最初から弟子にしたいとすら思ってもいない。

 だけど、人を殴りたいとのたまうセーラを見る。この狂犬をこのままにしてもいいだろうかという不安も感じた。

 別にギルディア王国の女神さまがどうにかしてくれるかもしれないが、絶対に面倒ごとになり、最終的にはヴィスが対応せざる負えなくなると予感していた。


(ラセルアは、どうしようもないことがあった時に俺のところに来るからな。この狂犬を放置すれば、絶対に俺のところにまで話が来る。結局俺が面倒を見なくちゃならないじゃないか。っく、めんどくさい。借金漬けにでもしてやろうか……。だが、こいつは皇族……あ)


 そこでヴィスにいいアイディアが浮かんできた。


(こいつから金をとってやろう。そのうえで修行と言ってさんざん利用してやろう)


 ロクデナシのダメ人間の本領を見せてやろうとあくどい笑みを浮かべてセーラに向き直る。


「いいだろう。弟子にしてやる。だけど皇女様ともあろうお人がただとは言わないよな。俺だってとっておきの技をお前にわざわざ伝授してやるんだ。それなりの見返りを要求させてもらう」


「では、私のすべてを差し出しましょう。私の地位も、名誉も、お金も、この体さえも差し出しましょう。だから、あなたの弟子として人を殴らせてください!」


「…………は?」


 金さえもらえればと思っていたのだが、まさかすべてを差し出すとは思ってもいなかった。予想外の回答に少しうろたえてしまう。

 ヴィスは、セーラをまじまじと観察した。別に皇女としての地位とかセーラの体を欲しいなど一切思っていない。ヴィスが欲しいのは堕落した人生を歩めるための金だけだ。金さえあれば心を平和にしてくれる。

 こんな狂犬の面倒を見なくても優雅に暮らせるかもしれない、そんなお金が欲しいのだ。そのために高額な仕事をしている。


(……すべてをくれる。お財布兼奴隷? お手伝いさんを手に入れたと思えばいいのか? 狂犬の面倒とお財布兼お手伝い……どちらを取るかってことだよな)


 ヴィスの頭の中で高度というには程遠い、下種な計算が行われていく。


(狂犬もしつけをすれば忠犬にすることぐらいできるよな)


 結果は出た。


「わかった、いいだろう。弟子にしてやる。お前は俺にすべてを差し出すと言った。だからお前は弟子兼俺のモノだ。わかったか」


「ほ、本当ですか! やった! うれしい……。これで私は正式な弟子兼奴隷なんですね! 師匠に束縛されていると思えば、なんでもへっちゃらです!」


 なんてことを口にするのだろうか。結局、この頭のねじが少し外れているセーラを弟子にすることにした。

 楽な人生は1日にあらず。毎日の積み重ねが未来の自分を楽にしてくれることをヴィスは知っていた。

 最初は大変だろうけども、未来で楽をするために頑張ろうと、めんどくさいという気持ちを押し殺した。


「では師匠! 早速人を殴りに行きましょう」


「いやちょっと待て。早速ってなんだよ。俺はまだやることがあるんだからな」


 そう、ヴィスにはやることがある。盗賊から奪った金品の精査という仕事が。法律的に、盗賊が集めた宝は盗賊を討伐したものに所有権が与えられる。心優しい人であれば所有権を放棄して持ち主に返すのだが、ヴィスはそんなことしない。

 きっちり売って金儲けするつもりである。


「そ、そうですか。まずは奴隷として私を味見するんですね……」


「ちょーとまてぇ! なんで服を脱ぎだすんだよ!」


「え、私を味見するんじゃ……」


 突然、セーラが訳の分からないことを口走り、しゅるりと服を脱ごうとし始める。

 ヴィスは慌ててそれを止めた。服を脱ぎだした本人はきょとんとした表情を浮かべた。先走り過ぎる狂犬は何もわかっていないようだ。こういう時に限って問題は起こる。


「ちょっと! 私を置いていなくなるってどういうことよ! 借金はちゃんと返せたけど、戻ってきて誰もいなか…………った? え、うそ、何やってるの」


 あまり見られたくないタイミングで、アティーラが返ってきた。

 波乱が……幕を開ける!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る