借金と盗賊キラー時々ジャスティスっ!_5

「「うわぁ~」」


 ヴィスとアティーラは唐突に現れた少女に向かって憐みの視線を向けながら思わず声を漏らした。

 顔面着地、しかも木の上からだ。普通の人なら死んでいる可能性だってある。そんな危険な行為を行って、少女は体をビクンッビクンッと痙攣させていた。

 さすがの盗賊たちも、可愛そうな女の子を見る視線になる。

 ただ、女だったから「女だ、女がまたやってきた」という意味不明な供述をしているわけだが、まあそこまで気にする必要はないだろう。


 そして顔面着地をした少女はというと、唐突に痙攣が収まり、ガバッと顔を上げた。


「めっちゃ痛かったっ!」


 ヴィスはこの少女を見て、「あ、なんかアティーラに似ている気がする」とぼやく。がっしりとつかまっているアティーラはその声をしっかりと聞いており、「私はあんなんじゃないわよ」と悲しい抵抗をした。


 実際アティーラと少女はまるで違う。顔面着地をしていたが、ちょっと頭が残念かなと思われるぐらいの少女と借金まみれで女を捨てて、下着姿で裏路地を闊歩する痴女女神が同列なわけがない。圧倒的にアティーラが下だった。女神なのに……。


 そんな事実を知らないアティーラは、私が上だと言わんばかりに喚くが、ヴィスに盗賊の方へ投げ出されそうになったので慌てて謝る。その光景を見ていた少女は高らかに言い放った。


「そこの悪党め、覚悟しなさい。正義の名のもとに、この私が悪を滅する聖なる拳を食らわせてやるわ」


「その前に名乗れよ正義っこ。名乗らずにいきなり現れて悪役を退治するって、正義のヒーローのポリシーから外れないかな? ねえ、君本当に大丈夫?」


 若干ヴィスを見て悪役だと言っている少女に向かってヴィスは堂々と言ってやった。

 正義の美学なんてヴィスは知らないが、とりあえず名乗りを上げて敵を倒すものだと思っている。


 世の中にはしれっと悪を倒し「名乗るほどのもんじゃねぇよ」なんて恰好つけるヒーローもいるらしいが。ヴィス的には名乗りを上げて敵を成敗するほうがカッコいいと思ったのでとりあえずそう言ってみた。

 すると正義っこの少女はきょとんとした目をした後に「そうですね、そっちの方がかっこいいですよね」なんて呟いた。

 この様子を見て、ヴィスはこの子もきっと残念なんだろうなと言う想いを強める。


「では名乗りましょう。我が名はセーラ。セーラ・ウィル・アウグスト・セルーアよ。わけあって正義活動をしているフリーのヒーロー志望者よっ!」


 ヴィスはその名前を聞いて頭を抱えたくなった。いや、アティーラを抱えながら本当に頭を抱えている。ヴィスは屑だがとても器用なのだ。


 アティーラは今の状況が全く分からず困惑し、脱出のチャンスを逃してしまう。だがもうこのままでいいのかもしれないとさえ思い始めた。

 当然、盗賊たちは、セーラと名乗られても分からず、相変わらず「女だぁ」と言い続ける。なかなかカオスな状況だといえるだろう。


「おい、セーラとか言ったな」


「なんだ悪党っ!」


 悪党呼ばわりされたヴィスは眉をひそめる。だけどできるだけ相手の言葉を気にせず、思ったことをそのまま口にした。


「おまえ、もしかして神聖セルーア帝国の皇族じゃないか?」


「な、なぜバレたっ!」


 名乗った時にセルーアとあったのだから、ある程度一般常識を持っていれば気が付くことが出来るのである。だけどこの場で一般的な教養を身に着けているのがヴィスだけだった。屑男だけどこういうところはしっかりしているようだ。


 屑男のヴィスは、「ふん」と正義っこのセーラを無視して盗賊に向き直る。


「アティーラ、お前のおかげで獲物が出てきたぞ」


「え、あんなに私を差し出そうとしていたのに? まあいいわ。私のおかげなら後で分け前寄越しなさいよっ!」


「ああ、後できっちり20万ギリやるからよ」


 そしてヴィスが女に群がってきた盗賊? らしき奴らをぶっ飛ばそうとした時だった。


「とうっ!」


 ヴィスの背後を狙って正義っこのセーラが飛び蹴りを入れてきたのだ。


「ちょ、てめぇ! 何しやがるっ」


 これには当然ながらヴィスも激怒する。盗賊を集める方法が外道だったとは言え、ヴィスたちは盗賊を討伐にし来た、どちらかといえば正義側の人間だからだ。

 それなのに正義っこは群がった盗賊ではなくヴィスを攻撃する。これはいったいどういうことなのか、ヴィスは納得ができない。


「女を売ろうとする極悪で残忍な誘拐魔め、正義の名のもとに断罪してくれる」


「俺は極悪でも残忍でも誘拐魔でもねぇよっ!」


 ヴィスがそう言ってもセーラは信じてくれず、攻撃をしかけてくる。

 セーラとヴィスが戦う状況に陥ると、やばいことになる人物が一人いた。

 アティーラだ。


 ヴィスという守り手を失ったアティーラは完全なるフリーな状態になる。ヴィスの相手をしているのは神聖セルーア帝国の皇女様。下手に対応するとやばいことになりかねないので、何とか穏便に済ませられるよう説得をしている。けど、屑男で最低野郎なヴィスがまともな説得ができるわけもなく……。


「ここここここ、この極悪党め! しゅ、粛正してやるっ」


 いったい何を言われたのか、セーラが顔を真っ赤にして激怒した。なにやら魔法的なものを使ってヴィスに拳を振るう。一応歴戦の戦士でもある屑男のヴィスはセーラの攻撃を難なくかわすが、からぶった後にぶつかった木々や地面がえぐいことになっていた。拳一振りで地面が抉れ、木々がなぎ倒される。ぶっちゃけ言ってとてもやばい状況だった。

 それはもう、アティーラなんかに構っていられない様子だった。


 激戦を繰り広げる二人を目の前に、完全なるフリー状態になってしまったアティーラは、肩を震わせながら挙動不審に辺りを見回す。

 だんだんと近づいてくる「女だ」という声に、びくりと体を震わせながら、涙目でヴィスに叫ぶ。


「ちょ、ヴィス! なんか怖い人達がゆっくり近づいてきてるんですけど! とてもやばい状況なんですけどっ! お願いだからこっち来て助けなさいよっ!」


「お前女神だだろっ! 少しは自分でどうにかしろ。このぺったん正義っ子がなかなか放してくれない淫乱娘なんだ。もうちょっと待て」


 ヴィスの言葉にセーラが顔を真っ赤にさせる。


「なっ! ペッタン! 淫乱っ!? ぶっ殺してやるっ」


「はっはっは、動いても揺れないその胸、男みたいじゃないか」


「ぜ、絶対にぶっ殺してやる!!」


 正義と言い続けていたセーラも、ヴィスのセクハラには勝てなかったようだ。顔を真っ赤にしながら、激しい攻撃を繰り出す。

 闘いは激しくなる一方。もう、盗賊以外アティーラを見ているものはいなかった。


「女、女ぁぁぁぁぁぁ」


 気が狂った盗賊たちが突如襲い掛かる。アティーラはヴィスに向かって必死に叫んだ。


「ちょ、ヴィスっ! ヴィスゥゥゥゥゥゥゥ!? やばいのがこっち来る、嫌、ちょ、ま、ヴィスっ! 助けてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」


 襲ってきた盗賊におびえて、かなり危ない戦場となりつつあるヴィスとセーラの戦いに割り込んできた。

 突然現れたアティーラを見て、セーラの拳が少し止まり、盗賊たちの暴走に気が付いた。


「な、こいつらっ 卑怯な!」


 盗賊に卑怯もなにもない。ただ獲物としてアティーラに襲い掛かる。ヴィスやセーラなんて見向きもしない。

 正義っ子のセーラはアティーラを護るために盗賊たちの前に出た。


「男に要はない! 女だ、女をダセっ!」


 だけど、盗賊たちはセーラを男として見て、そして無視した。するっとセーラの横を通り抜け、アティーラに襲い掛かる。


「ちょ、私女なんだけどっ! ぶ、ぶっ殺してやるっ」


 もはやぶっ殺してやるが口癖になりつつある正義っ子。自分の正義を貫くため……という言い訳を付けて、アティーラに襲い掛かる盗賊に攻撃をしかけようとした。

 そんな時だった。


「ああ、めんどくせぇ くそ野郎どもがぁ!」


 気怠そうな声と共に、大きな拳が盗賊たちを吹き飛ばす。

 その一撃により発生した拳圧で、群がってきた盗賊たちが宙を舞い、地面に嫌な音を立てて落ちていった。


 たった一撃、それだけでアティーラに襲い掛かる盗賊たちを倒したヴィス。


「よし、アティーラ、さっさと帰ってこの盗賊たちを金に換えるぞっ!」


「ほ、ほんと? もう大丈夫? あとちゃんとお金貰えるの」


「ああ、約束だからな。金はやる。ほれ、これ拾うの手伝え」


 ヴィスは地面にひれ伏した盗賊を指差して、アティーラに持ってきたのであろうロープを渡した。

 お金がもらえると分かったアティーラは自分の分の仕事をせっせとこなす。

 そんな二人を、特にヴィスを……セーラが熱いまなざしで見つめていることなど、二人は全く持って気が付いていなかった。

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