第44話

「メタル!? 危ないッ!」


ランレイが叫ぶ。


それでもメタルは迷うことなく猫を抱いた元の飼い主の男の子へと飛び込んでいった。


そして、落下物が到達する前に男の子へ突進。


その衝撃で飛ばされた男の子は助かったが、メタルは落下物の下敷きとなってしまった。


建物の上で改修工事でもしていたのだろう。


メタルは、落ちてきた工事用のドローンの重さで半壊した。


「メタルメタルッ!」


慌てて駆け寄るランレイ。


メイユウは彼女と違って落ち着いているようだったが、急いでメタルの傍へと走っていた。


「こんなの直せるよね!? ねえメイユウ!? メタルは死なないよね!?」


半壊したメタルの身体を抱きながら――。


叫ぶように訊ねるランレイ。


だが、メイユウはその顔を強張らせているだけで、何も答えない。


メタルの状態は、身体は当然潰されており、それどころか機械ペットとして大事な頭部がひび割れ、そこから損傷した人工知能が剥き出しになっていた。


こうなったら早く別の個体なり端末なりにデータを移行しなければ、このままメタルの記憶は消えてしまう。


「メイユウ! 早くなんとかして! メタルが死んじゃう! 死んじゃうよ!」


何度もメイユウにすがり付いて言うランレイだが、ここはハイフロア。


ローフロアから違法な手段でここへ来た彼女には、この街の設備を使わせてもらえることができない。


それどころか、もし正体がバレたらランレイ共々逮捕されてしまう可能性が高い。


だが、それでもメイユウは――。


「……やれることはやるわ。誰か! この近くで機械修理できるとこを教えて!」


メタルを抱きかかえて、周囲の人たちに声をかけたのだった。


しかし、周りにいた人たちは誰も応えてはくれなかった。


それどころか何事もなかったかのように、そ知らぬ顔で歩いていってしまう。


「誰か、誰かぁぁぁッ!」


ランレイも叫んだが、当然誰も何もしてはくれない。


「ニャ……ニャ、ニャア……」


メイユウに抱かれたままのメタルは、今にも消え去りそうな声で鳴いた。


ランレイはメイユウの肩に飛び乗って、精一杯の笑みを浮かべる。


「メタル……大丈夫だよ。必ず助けてあげるからね」


笑みを浮かべるが、それは誰が見ても無理やりに笑顔を作っているのがわかる。


そんなランレイへか細く鳴き返すメタル。


その鳴き声はまるで彼女とメイユウへ、ありがとうとお礼を言っているようだった。


そして、メタルの目から光は消えた。


メタルに命を助けられた男の子は、両親に手を握られてその場を去っていく。


助けてくれたメタルのことなど気にも止めずに。


つまづいて転んだことのように、運がないなとでも言いたげに。


「待って! メタルは! メタルはあなたを助けようとしてこうなったんだよ!」


ランレイは、そんな両親と男の子へ大声を出した。


メタルは自分を犠牲にして元飼い主である男の子を助けたのに、これでは報われない。


そう思ったランレイは、壊れてしまったメタルを放っていく彼らが許せなかったのだ。


だが、彼らは一度だけランレイのほうを振り向いただけで、何か呆れた様子でまた歩き出していった。


「待てよ! 待ってたら! あなたたちに心はないの!?」


「もういい。やめなよランレイ」


メイユウは喚き続けるランレイを止めた。


どうして止めるのかと、今度はメイユウへ食って掛かるランレイ。


どうしてメタルがこんな目に遭わないといけないんだと、やり場のない怒りをただメイユウへとぶつけていく。


「これじゃメタルがあんまりだよ! せっかく飼い主に会いに来たのに無視されて……。助けたのに心配すらしてもらえなくて……。酷い……酷すぎる!」


「それでもそれはメタルが選んだことだよ。わたしたちが口出しすることじゃない」


メイユウに睨まれながら言われたランレイは、ビクッとその身を震わせた。


メイユウは怯んだランレイへ、そのまま言葉を続ける。


「それと、あの子が素敵だったことは、わたしたちが覚えていればそれでいい。ようは、あんな連中にメタルを覚えていてもらう必要なんてないってワケ」


ランレイは、メイユウの言葉を聞くと、もう喚くのを止めた。


そうだ。


その通りだ。


あんな連中にメタルのことを覚えていてもらいたくない。


自分たちが知っていればそれで十分だと。


そう思ったランレイは、涙を拭うと顔を上げる。


「あたし……書くよ……。メタルみたいな自分を犠牲にしてご主人様を助ける機械猫の物語を……」


「ああ、それはいいね。さあ、もう帰ろう。メタルと一緒に家に帰るんだ」


それから、メイユウは壊れたメタルを抱きかかえると、ランレイを背負い、ローフロアにある自宅へと向かうのであった。

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