第42話

それから約二~三時間服を選んでいたメイユウたちは、ようやくアパレルショップを出た。


これほど長く店にいた理由は、ランレイがあれもこれもと試着していたためだった。


それと、自分の服だけでは飽き足らたらずにメタルの服までも選び始めてしまったため、これだけの時間が掛かってしまったというわけだ。


「なんで猫用の服なのに、あんなに種類があるんだよ……」


ランレイとメタルのファッションショーに付き合わされたメイユウは、まるで素人がやる『ノートルダム·ド·パリ』のミュージカルを観させられたくらい疲労していた。


「いや~楽しかったね! 次は人型の身体で来たい! ぜひ来たい!」


ランレイは、そんな彼女とは逆にすこぶるご機嫌だ。


メタルもそんな彼女を見て嬉しそうに鳴いている。


「でも、猫の服もかわいいの多いんだね! さっすがハイフロアッ!」


「あんた……なんだかんだで猫の身体を全力で楽しんでんじゃねえか……」


何はともあれ――。


白いポンチョ姿のメイユウに、白いスカーフを巻いたランレイ。


そして、ツギハギの部分が目立たないようにフード付きの服を着たメタル。


これで彼女たちも怪しまれずに、ハイフロアを安心して歩ける。


……はずだったのだが――。


「すみません。ここら辺でトマトケチャップが買える店はありませんか? いや~なんかわたしが買っていた店がなくなっちゃったみたいで」


道行く人に声をかけ始めたメイユウのせいで、結局周りからの訝しげな視線が消えることはなかった。


「ハイフロアに来てまでケチャップケチャップ言ってんじゃね! また変な目で見られてるじゃねえか!」


「誰のおかげでここまで来れたと思ってんだこの世間知らずの猫が! ケチャップぐらいついでに買ったっていいじゃねえか!」


そして、終いには路上で喧嘩を始めるメイユウとランレイ。


そのせいで、周りにいた人たちからさらに悪い注目を集めてしまっていた。


「だいたい二十こえた女が柄物の下着を穿いてんじゃねえ!」


「トマト柄の下着の何が悪いんだ! メチャクチャかわいいだろうが!」


「あたしはお前のせいでな! そんなかわいいトマトが最近気味の悪いものに見えるようになっちゃたんだよ! 好きだったのに! トマト好きだったのに!」


「そういうあんたはアパレルショップでどんだけ試着してんだ! 鏡に映った自分に見惚れちゃってさ! 今のあんた猫だから! お姫様気分だかなんだか知らないけど、今のあんたは機械猫だからッ!」


思い思いにぶつけられる言葉の数々は、たとえハイフロアの人間じゃなくても醜悪に見えたことだろう。


傍にいたメタルは、そんな彼女たちを見てため息をつくように鳴いているしかなった。


だが、そのとき――。


何かに気がついたメタルが突然走り出した。


すでに口喧嘩から取っ組み合いへと変わっていたメイユウとランレイもこれに気がつき、慌ててメタルを追いかける。


「もうッ! メイユウのせいだよ! メタルがもう嫌になっちゃったんだよ!」


「いや、ちょっと待って……あれは……?」


走りながら文句を言うランレイだったが、メイユウがいう方向を見てみると――。


そこには小さな男の子を連れた若い夫婦がいた。


メタルがそんな家族の近くで立ち止まっているが、何故か距離を保っていて動かない。


「もしかして……あの男の子がメタルのご主人様?」


「ええ、あの様子を見るにそうだろうね。……それと、どうしてメタルを捨てたのかもわかったよ……」


じっとしているメタルに近づいたメイユウとランレイは、その男の子に嬉しそうに抱かれている猫を見て、ただ言葉を失うのであった。

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