第18話 どうしてもイケメンの友人と付き合いたいから──

「私とお試しでお付き合いしてください!!!!」


「えっ? なんで??」


 牧原まきはらが差し出してきた願いが理解不能の俺。おったまげて声がひっくり返った。


「……私、どうしても颯人はやと先輩とお付き合いがしたいんです」

「そ、それはわかるけど……」


 あっ、もしかして──。俺は間髪入れずにこう聞いてみた。


「わかった。颯人と付き合う前に俺と練習しようと──」

「いや、違うので」

「うぅっ……」


 ちくしょう、違うのかよ!! 久住くすみさんセオリー的には正解だと思ったのに……。


「じゃあ、なんで?」


 俺がそう聞くと、彼女は真意を打ち明けてくれた。


「……私、付きまとわれてるんです」

「付きまとわれてる? 牧原が?」

「そう。だから私とウタくん先輩が付き合っている姿を見せる、もしくはその噂を流して、諦めてもらおうってことです」


 うっ……噂……、頭が……。


「……それで、付きまとってる相手は誰?」

「バスケ部の、中野なかの先輩」

「あー、あの人か……」


 その名前を聞いて、俺は肩を落とした。

 中野一也なかのかずや──俺のクラスのカーストのトップに君臨する陽キャ。横暴な性格であることは学年中では有名で、『久住さんと俺が付き合っている』と噂されたときに、『なんでアイツが〜』と言い始めたやつだ。

 牧原と俺が付き合っていると知れば……、また怖い目で見られるんだろうな。


「それにウタくん先輩の言う通り練習にもなるし、颯人先輩に告白するまでの心の準備をする時間ができる。あんまりそういう感じでウタくん先輩を使うのは申し訳なくて嫌だけど……」

「そんなことしなくても、フレばいいじゃん」

「できないですよ! なんか、怖いし……」


 かなり悩んだ表情を見せる牧原。

 何が怖いのか……。具体的なことはわからないが、なんだか共感できる。


「……わかった。ちょっとだけだぞ?」

「あっ、はい!」

「あと、颯人にはこのことを説明する。それでいいだろ?」

「……ありがとうございます」


 どうしても颯人と付き合いたいと強く願う牧原の意志を汲み取り、俺は牧原の依頼を受けることにした。


「ただし、颯人にアプローチをするお手伝いはしないから──」


『トンッ!!!』


「……?」


 今、小さくだけどドアが閉まった音が聞こえたような──。


「先輩?」

「あっ、いや。なんでもない。とにかく俺は──」

「ねぇ、先輩。早速ですけど」

「無視かよ……。で? なに?」


「私と明日、放課後デートしてくれませんか?」




 〇




 時は夜。ここは舞香まいかの部屋。


「もしもし、美唯みゆ?」


 かかってきた電話に応答するとともに、風呂上がりで火照った身体を冷ますためにベランダに出た。


『ねぇ、どうしよう! 舞香ちゃん!!』


 スピーカーの向こうで、焦った美唯の声が聞こえる。


「なに?」


 対して舞香は美唯の焦りに一切の動揺を見せない。どうやら美唯が焦るのには慣れているみたいだ。


『うぅっ、ウタ、ウタくんが! と、図書委員会の女の子と……』

「一旦落ち着きなさいよ」


 美唯が足をジタバタさせているのが聞こえた。


「一度、深呼吸しな? ……ほら、スー、ハーって」

『すぅぅ……、はぁぁぁ……』


 そんなパニック状態の美唯を落ち着いた口調で宥める。


「……で、なに?」

『……あのね』


 深呼吸が効いたのか、美唯は落ち着きを取り戻した。

 そして今日の放課後、図書室の前でこっそり聞いていたことを話し始める。



「なるほど。ウタと、颯人くんのことが好きな図書委員の子が偽物の恋人関係に、ねぇ……」

『そう見せかけて、ウタくんのこと狙ってるんじゃ……』


 ──そんなことするの、アンタくらいだよ。


「……まぁ、そうかもね?」

『えっ、そんな。どうしよう!』

「冗談。冗談だから!」


 ちょっぴりからかってみるとまたアタフタした様子を見せるので、舞香は即座に美唯を落ち着かせた。


「ていうか頭のいいアンタが『どうしよう!』って言ってるのを、私が助けられるとでも?」

『別にそんなこと言わなくても……』

「……まぁ、いいけど」

『私、別にパニックで何も考えられなかったわけじゃないよ? この状況下でどう立ち回ろうかって考えたよ? でも、全然頭が回らなくて……』

「完全にパニックになってるじゃない」


 こりゃもうダメみたいだな。

 そう思った舞香は、美唯を落ち着かせるために柔らかな表情を浮かべてこう言った。


「まぁ……大丈夫。それだけは言えるわ」

『舞香ちゃぁん……』


 彼女の言葉に安心感を覚えた美唯は緩んだ声を出す。


「あの子は、大丈夫」


 舞香はボソッと、美唯には聞き取れない声で言った。

 舞香はウタを信じている、というより図書委員会の女の子──牧原結羽まきはらゆいはのことを信じているみたいだ。


『えっ? なんて言ったの?』

「別に。とにかくアンタは平常運転でいいんじゃない? 私としては、できればもっと素直になって欲しいところだけど?」

『……なるべく、頑張ります』

「よろしい。じゃあもう切るね?」

『うん、おやすみなさ〜い』


 少し明るい声を残した美唯。気持ちが落ち着いたみたいでとりあえずは一件落着──


「あっ、待って!」


 電話が切れる前に舞香は何かを言おうとした。けれどそれは届かず、受話器から『ツー、ツー』と電話の切れた音が聞こえた。

 舞香は「はぁぁぁ」と息を吐いて、ベッドの上で体育座りをしてクッションを抱える。


「ウタ、大丈夫かなぁ……」


 舞香は表情を曇らせ、抱えたクッションに顔をうずめた。

 そして携帯電話を片手に、美唯にLINEでこう伝える……。


『万が一何かあったら、私にすぐ連絡して』

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