第46話 理由なんていらない

 学校が終わり、いつものように女装をして部長宅へ向かった。

 いつものようにとは、部長に来るなと言われたあの日から換算しているので、その忠告を無視しているということになる。とはいえ、もう大声を上げて説得したりしない。今の俺はまだまだ力不足だ。だから少しでも励ますことができないかと、道場へ通う前にお気に入りの漫画を一巻ずつポストに差し入れしているのだ。

 俺は『徐々に奇妙な冒険』を片手に部長宅の近くまで来て足を止めた。なぜなら、玄関先に青柳と白鳥がいたからだ。


「あ、小虎ちゃん」


 声をかけるよりも先に、青柳が俺に気づき声を上げた。


「なにしてんだ? こんな所で」


「部長のことが気になって、ちょっと……」


 まぁ、そうだよな。訊かずともなんとなく予想はできた。


「白鳥さんともここで偶然会ったんです。わたしと同じで部長のことが心配で――」


「違いますわ! 勘違いされるような発言は慎んでくださいまし。わたくしはただ、弱ってる部長さんを一目見ようと……」


 白鳥が一人でここにいるということは、送り迎えに関して親御さんとうまく話し合いができたとうことだろう。おそらく会長が口添えでもしてくれたに違いない。

 青柳に会うのは休部して以来だった。もっとも、白鳥とは男の姿で昨日会ったばかりだが。


「それで、部長は?」


「全然ダメですね」


 青柳は首を横に振った。


「もう、卍屋倶楽部終わっちゃうのかなぁ……」


 今にも泣きだしそうな顔でしゅんと俯く青柳。


 そんなことねぇよ――。そう言おうとした時だ。

 二階の窓が開かれ、久しく見ていなかった顔が覗いた。


「部長……?」


 突然の出来事に思わず声が漏れる。全員が開け放たれた窓に釘付けになった。


「なにやってんのよ、あんたたち」


「なにって――」


 俺が言葉に詰まると、腕組みをした部長がたたみかける。


「揃いも揃ってこんな所で井戸端会議? 近所迷惑を考えなさいよね、まったく」


 その様はいつもの部長に戻っていた。だが、虚勢を張っているようにもみえた。  


「……なによ、なんとか言いなさいよ」


 俺たちはどんな顔をしていたのだろうか。少なくとも、笑顔や怒りの表情ではないだろう。きっと、部長が赧然し狼狽えてしまうような顔をしていたに違いない。


「ぶぢょ~っ!!」


 そうこうしているうちに、青柳が盛大に泣き始めた。


「ちょっ、ヒナ、近所迷惑だっつってんでしょ」


「ぞんだごどいっだっでぇ~!」


 青柳は早くも大号泣。迷子になった子供のように、大口を開けて涙を流し続ける。


「早く下りてきた方がよろしいのではなくって? このままだとご近所様から苦情がきますわよ?」


 白鳥が実に彼女らしい言い草で部長を誘い出そうとする。


「仕方ないわね……」


 やがて、渋々といった感じで部長が玄関から姿を現した。無地のシャツに八分丈のタイトジーンズという出で立ち。部長の私服姿は新鮮だった。


「……なによ」


 無言の視線に耐えかねたのか、部長は照れながら唇を尖らせる。


「ぶぢょおぉ~っ!!」


「ちょっと、暑苦しいわよ、バカ」


 抱きついてきた青柳を部長が引き離そうとする。いつもは自分から抱きついて青柳の胸を揉むクセになに言ってんだか。


「フンっ」


 取り残された白鳥は、興味の無い素振りを見せ二人のやり取りから目を逸らす。にもかかわらず、チラチラと視線をやるもんだからなんともじれったい。


「ほら、いけよ」


「な、なぜわたくしが!?」


 俺が背中を押してやると、白鳥は否定しながらも「そこまで言うなら仕方ありませんわね」と案の定二人に歩み寄っていった。

 青柳のように抱きつくことはなく、近寄ってなにやら嫌味を言う白鳥。それに部長が応戦し、部室でのいつもの光景が広がる。


「……でも、どうして急に?」


 一段落ついた後、俺は部長に訊ねた。


「これ」と、部長は玄関から紙袋を持ってきて俺に差し出した。


「これって……」


 紙袋の中には、大量の漫画やアニメのDVDが入っていた。『るろうに原人』『徐々に奇妙な冒険』『キャプテン椿』……。その中には俺が差し入れした漫画もあった。


「まったく。どいつもこいつも考えることは同じなのね」


 ということは、他の漫画やDVDは青柳や白鳥が差し入れたものなのだろう。


「来るなってあれほど言ったのに。ホント、言うことをきかない問題児ばかりだわ」


 それだけじゃない。青柳と白鳥も、何度も足を運んで学校に来るよう部長を説得したのだ。白鳥が監視の目を盗んで寄り道をしたかった本当の理由はこれだったのか。


「忘れたの? アタシはジャンク愛読者よ? どれもこれも読んだことあるに決まってるじゃない」


 部長は文句を言うものの、さして不満そうには見えなかった。


「だから、家にあっても邪魔になるし、あんたたちに返そうと思って下りてきただけよ」


 きっと、それは本心じゃない。でも、理由なんてどうでもよかった。

 俺たちにとって、今ここに部長がいることが全てなのだから――。

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