第2話
「俺が、金属生命体?」
「唐突かもしれんが事実だ」
蓮太郎がやや曇った口調に、冗談の要素など皆無であることを蓮司は悟った。
「お前の体は超合金ゼノニウムと呼ばれる、特殊な金属で構成されている。両手足は無論のこと、内蔵や骨格、皮膚などもな」
「サイボーグみたいだな」
「そんな程度の低いもんじゃない。お前、半年前に木刀で頭をかち割られたな」
沙希との関係が悪くなった一件であることを思い出しながら、蓮司は苦い顔で頷いた。
「普通の人間なら、重傷、ヘタすれば即死だ。だが、お前は軽傷で済んでいる」
「記憶は飛んだけどね」
木刀で殴られた後、蓮司は上級生達をボロぞうきんよりも酷い状態にしたが、その記憶だけがスッポリと抜けていた。
「そして、お前の腹の傷だが、もうふさがっている。痛みも無いはずだ」
蓮太郎が指摘した腹の傷も、今は傷跡がうっすらと残るだけで完全にふさがっている。
「普通なら、それも致命傷だ。今頃、お前は病院で治療を受けているか、ヘタしたらそのまま葬式の準備をせにゃならなん」
「でも、そうならなかったのは俺がその……ジャガーノートだからなのか?」
蓮司の疑問を肯定するかのように蓮太郎は静かに頷いた。
「お前の肉体は、いわば生きた金属でできている。通常の人間と同じような外見も、新陳代謝も基本的には変わらない。だが、身体能力、そして生命力は比較にならないほどに高い。特に生命力、というよりも再生能力は、お前が身をもって体感しているはずだ」
ヴェスペによって穿たれた腹も、綺麗にふさがっている。身体能力云々はともかく、この驚異的な再生能力に蓮司は納得せざるを得なかった。
「まあ、いきなりお前は金属生命体だの、ジャガーノートだのと言われても、納得出来るようなもんじゃねえよな」
苦笑しながら悠人はそう言った。
「蓮司、お前昨日俺が戦うところを見ていたか?」
「一応は……」
金色の鎧を纏った悠人が、ヴェスペと戦った光景はまだ蓮司の脳裏に焼き付いている。
ヴェスペの大剣を
アニメかゲームに登場するヒーローのような戦いぶりは、圧巻というしかなかった。
「唐突な話になっちまったが、お前もその気になれば、あれぐらいのことはできる。ジャガーノートには、それができるだけの力がある」
「悠兄もそうなのか?」
悠人の以外な言葉に蓮司は驚きを隠せなかった。昔から、超人じみた活躍を蓮司は実際に目にしていたが、文字通りそれは人を超えた力を有しているからこその、行動であったことを思い知らされた。
「ああ、おれもお前と同じジャガーノートだ。そしてお前の親父さん、俺の師匠でもある蓮也さんもな」
「父さんが、ジャガーノート?」
「まあ、お前が小さい頃に亡くなっているから記憶に無いのも当然か。蓮也さんは無茶苦茶強かった。
悠人のどこか懐かしむような口調に、蓮司は先刻見ていた夢を思い出していた。
あの夢に出てきた蓮也は、悠人と同じく金色の鎧と黄金の翼を身に纏い、全身を輝かせながら天空へと飛翔していった。
まさに
「その時、蓮也さんと俺達が戦っていたのが、お前を襲った
「やつらは一体何者なの?」
「簡単に言えば連中はテロ組織だ。だが、奴らは銃や爆弾なんてちゃちな代物よりもえげつない形で武装している。
昨日対峙したヴェスペは魔獣と呼ぶにふさわしい力を有していた。常識的な人間の能力を超えた戦闘能力を持っているのは、危うく殺されかけただけに蓮司は身をもってそれを理解している。
「そして、沙希ちゃんを攫った
殺された北条夫妻が見つけたというプラントの中で、沙希が見つかったことを聞かされたことを蓮司は思い出す。
「だからおじさんもおばさんも殺されたのか」
唯一生き残った個体、それが沙希であり、捨てられた命を見捨てることができなかったからこそあの二人は沙希を引き取り育ててきた。
北条夫妻の優しさと心の温かさとも言うべき慈愛を蓮司は感じたが、同時に生み出した
「父さんは、そういう連中と戦ってきたんだね」
「蓮也さんはよく言っていたよ。命は誰の者でも無い、誰であれ命を弄んではいけないってな。例え神様でもやってはいけないことだと」
夢の中の蓮也は、厳つさや険しさなどが存在しない、温和で優しい姿であった。笑顔で必ずかがんで、目線を合わせて蓮司と接することを忘れなかった。
だが、あの夢の中で一瞬だけ蓮也が真顔になっていた。スマホからの連絡を受けた時、蓮也は蓮司に向けている父親としての表情ではなく、何かと戦い、怒りと共に、哀しさを併せ持ったような顔をしていた。
悠人が語る父の言葉に、命の尊さに対する強い信念が伝わってくるような気がした。
「奴らはサイボーグ手術、遺伝子改造、生き物をいじくり回すことなんざ、なんとも思っちゃいない。生み出しておいて、都合に合わないからと処分するのも、クッキーを食った時のカスを捨てるのと同じ感覚でやる。だから、蓮也さんは奴らと戦っていた」
「俺は、その父さんの子供なんだね」
「厳密に言えば、お前は人間とジャガーノートのハーフだ。お前は京香さんと蓮也さんの血を引いているからな」
昨晩、悠人が口にしていた「蓮也と京香の息子」という言葉を蓮司は思い出した。
自分が何者なのかという問いかけに、悠人は二人の息子であることを強調していた。
優しく強かった父と、厳しくも優しかった母から生まれたのが自分であるかのように。
「そして、お前はワシの孫だ。それだけは変わらん事実だな」
いつもはどこかおちゃらけた雰囲気を持つ蓮太郎だが、その顔にはなんとも言えない寂しさがあることに蓮司は気付いた。
「……とりあえずは分かったよ」
納得などしてはおらず、同時に理解もしきってなどいない。だが、今ここで全てを聞いてもそれを受け止められないことを蓮司は理解した。
「それに、朝飯も食っていないしね」
飯を食ってる場合ではないと言ったのは自分だが、気付けば腹が減っていた。金属生命体、ジャガーノートなどといきなり言われても、腹が減るのは人間とは全く変わりがないことだけは理解できた。
「だな、とりあえずは飯にしよう。せっかく作ったんだ。食い物には旨さのタイムリミットがある」
どれほど旨い料理でも、美味しさを維持できる限界時間があることを悠人が常々口にしていたことを蓮司は思い出した。
「では頂くとするか」
三人そろって、目の前にある朝食を平らげることを優先し、頂きますの唱和と共に、一条家の朝食が始まった。
蓮司はまず、綺麗に焼かれた太刀魚の干物に箸を付けた。大概の魚、祖父が釣ってくる事が多いサバやアジを捌き慣れている蓮司は器用に骨と身を分けて口に運ぶ。
「旨い!」
太刀魚を食べたのは初めてでは無いが、アジやサバなどの青魚とは違う、鯛やカレイなどといった白身魚とも違う、独特の脂が乗っている太刀魚の干物の味は、絶品だった。
「当たり前だ、その干物を作ったのは俺だぞ」
ドヤ顔で微笑む悠人の顔に、蓮司はこの兄貴分が調理師免許を持ち、文字通りの料理のプロであり、自分の料理の師匠でもあることを思い出した。
「そりゃ、焼き加減が凄いけどなんというか、その……作った?」
丁寧に焼かれながらも、焦げ目が一切付いていない上に、パリッと焼かれている火加減はプロの技だと実感するが、焼いたのではなく作ったという言葉が気になる。
「釣って捌いて塩汁に付けて干すところまで、全部俺がやったんだよ。旨いのはもちろん、俺が焼いたからっていうのもあるが」
「マジで?」
「なんだよ、嘘だろみてえな顔して。干物を作ることならそこまで難しいことじゃねえぞ。釣ってきて、捌いて、それを塩して干すだけだ」
「確かに、なかなか旨い干物だな。塩加減といい、焼き加減もいいが、こりゃモノもいいんだろうなあ」
食い道楽、自称グルメの蓮太郎がそう言うと、悠人はますます上機嫌になる。
「だろ、本来ならそのまま刺身で食える最高鮮度の代物を、丁寧に塩して干物にしてるんだ。じっくりと熟成されてるしな」
「でも、簡単に捌けるような魚じゃないだろ」
太刀魚を捌いた経験は蓮司には無いが、太刀魚はカミソリのような鋭い歯を持っており、うっかりすると指を食いちぎってしまう獰猛な魚だ。
少なくとも、素人が捌けるような簡単な魚ではない。
「そりゃ素人さんには無理だね」
「お前さんだって素人だろ」
調理師免許を持っているとはいえ、悠人は飲食店を経営しているわけではない。それを知る蓮太郎がそう指摘するが、悠人は上から目線になり、鼻で笑っていた。
「耄碌したのかいおじいちゃん? だって僕は天才ですから!」
自信満々に答える悠人の姿に、蓮太郎と蓮司は二人そろって笑ってしまった。
料理に関すること、調理は当然ながらも、食材の加工や製造、そして調達や栽培までも漁師や農家並の知識とスキルを悠人は持っている。
それを二人も知っているが、知っているからこそわざとらしい口調はどこかばかばかしく、懐かしさを感じた。
「扶桑にいた頃、よくそういう事言ってたの思い出したよ……それホント面白くってさ!」
「笑うなや! これだから凡人は困るんだ。天才を天才と理解できないんだからな」
「自分で言ってちゃ世話無いよ」
調理師免許、フグ調理師免許、ソムリエの資格まで悠人は持っている。食に関する技量は戦闘能力と遜色ないほどに高い。
だが、蓮司にはそれを自慢する姿はどこか笑えてならなかった。
「これで黙ってりゃ、いい男ってね。父さんか母さんか忘れたけど、そんなことを言っていたのを思い出したよ」
「可愛くねえなお前! お前命の恩人にそういう態度取って良いのか?」
「感謝してますよ、心の底からね。だけど、恩着せがましいのは野暮って、自分で言ってなかった?」
蓮司の鋭いツッコミに、悠人は一瞬たじろいだ。
「クソ! 蓮也さんみたいなことを言うとは……蓮也さんの息子め! じっちゃん、孫の教育失敗しているんじゃないか?」
「人様の孫の教育について語る資格が、お前さんにあると思うのか?」
ばかばかしいと、味噌汁を旨そうに啜っている蓮太郎のつれない言葉に、悠人は、ふくれっ面になった。
「こうなったら仕方ない」
そうつぶやくと悠人は箸を取り、ちゃぶ台に並んだ自分が作る料理を片っ端から手を付けていく。
「早い者勝ちだ!
煮物や豆腐、しまいには蓮司が食べかけのタチウオにまで悠人は分捕った。
「何するんだよ!」
「うるせえ! 作ったのは俺だ! 調理者には優先的に食事を食べることが保証されているんだよ!」
「そんな法律聞いたことない!」
あまりにも子供っぽい悠人の主張に、蓮司は素早く自分のおかずを取られないようにディフェンスを行う。
手っ取り早く飯茶碗におかずを載せ、そのまま丼にして食べはじめた。
「朝飯ぐらい、落ち着いて食べようぜ!」
「バカ言うな! 朝飯は戦場なんだぞ! ここ勝つ奴だけが、一日を制するんだヘタ蓮司!」
再び、悠人は蓮司の漬け物を分捕り、それを器用に箸で口に放り投げた。
「他人の飯は旨い!」
「俺のぬか漬け……」
未成年ではあるが、自分で漬け物も作っているだけに、蓮司は漬け物が大好きである。
特に、ぬか漬けは好物であり、充分に漬かった茄子やキュウリを食べるのが好きだ。
「よりによって、なんてものを食べるんだよ!」
「残してるから嫌いかなあって」
「んなわけないじゃん! 漬け物で最後に締めて、そこからお茶漬けにして食うのが大好きなのに!」
怒り心頭の蓮司とは対照的に、悠人は茄子とキュウリのぬか漬けをカリコリと音を聞かせるように食べていた。
「あー旨い旨い。どれ、もう一つ……」
悠人が獲物を見定めようとすると、蓮司は先んじて悠人の皿に載るタチウオを奪い取った」
「あ! てめえ!」
「美味しい美味しい! パリッと焼かれて、刺身でも食えそうな鮮度で加工されて塩がしっかり利いてるタチウオの干物、美味しいなあ! 悠兄のものだと思うとさらに美味しくなるなあ!」
「お前なんてことを!」
「そっちが先にやってきたんじゃないか!」
「お前蓮也さんと京香さんの息子だからって調子こいてんじゃねえぞ! 表出ろ!」
気付けば朝の団らんが、賑やかを通り越して騒動と化していた。蓮太郎は一人冷静に、孫と教え子の喧嘩を眺めていた。
「……バカタレ共め」
冷ややかな口調ではあるが、蓮司がここまで感情をむき出しにして、バカなことをやっているのは、こちらに引っ越してきて以来初めてのことだ。
扶桑にいたころは、蓮也の教え子である悠人らが家にきて、こういう賑やかな食事であったことを思い出すと、蓮太郎は心の中で悠人の明るさに感謝した。
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