思いつきSS集

@wanichi

時守り人

「あなたの職業はなんですか。」

「時間を数えています。」


 彼の職業は時間を数えること、そしてその正確な時間を人々に伝えること。今が何月の何日か、有史以来どれほどの年月が経ったか、何回陽が昇ったか、それを数え伝えるのが彼の仕事なのだ。人智を超えた生命力で何万年と生き続け、文明を渡り歩き、人々に正確な時間を伝え続けた。彼は陽が昇るたびにその日が何年の何月何日かを伝えた。そうして人類は毎日を歩み続け、彼の数える時間の中で文明を築き、衰退し、また発展を繰り返してきたのだ。


 2020年、彼は突然と姿を消した。


 世界でも彼の存在を知る人は一部となっていたため、それほど大きな騒ぎにはならなかったが彼を知るものからすればそれは大きな問題であった。時を数えなくなる、つまり人類の時が進まなくなるのだ。途方もない年月をかけて築かれた人類史、その毎日が途切れようとしていた。中には科学が発達した現在では彼を必要としないという者もいたが、時を伝えるのは彼の仕事の一部でしかなかった。彼のもう一つの大きな仕事、それは流れゆく時間を正確に調整し時間と空間との均衡が保たれるようにすることだ。毎日の陽が昇るべき時間、沈むべき時間、それを正確に把握し調整することで季節を通し起こりうる災厄を防いできた。そんな彼が姿を消した。


 翌日から人類は未曾有の災厄に見舞われることとなった。世界中が季節にそぐわない気温となり異常な気象が続発した。それにより今まで姿を表さなかった様々な疫病が人類を襲った。世界の経済は麻痺し、各国で自国を守るための帝国主義化が進んだ。あらゆる地域で紛争が起こり、略奪・暴動により治安が急激に悪化した。


 そして人類は2021年の日の出を見ることはできなかった。


 時を守り、人類の過剰な発展や競争を抑制し、行き過ぎた場合にはリセットする。それもまた彼の仕事であった。こうして継ぎ接ぎだらけの人類史は続く。今の人類史がどこから始まったものなのかは彼のみ知る。そうしていつリセットされるのか、それもまた彼のみぞ知る。

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