第28話 話し合い

「実際に見ると、テオドラ姫はシャロンとあまり似てないな」

 居間に移動しシャロンが何か次々と作業をこなすと、ようやくジェイクの隣に腰を下ろす。そんなシャロンの髪を撫でながらジェイクがマジマジと顔を覗き込むと、彼女はクスッと笑った。

「そう? そうかも。テオドラは綺麗だったでしょう」

 自慢だと言うように胸を張るシャロンに、ジェイクは少し首を傾げる。

「いや、シャロンのほうが綺麗だなって」

 テオドラは確かに美しい姫君だが、本音を言えば故国でもよくいるような美姫達とそう変わりがない。

「ジェイク、目が悪くなったのっ?」

「なんでそんなに驚く? ぼくの目はすごくいいけど」

「ええぇ」

 ――なぜ不満そうなんだ。シャロンは自分が光り輝くように美しい自覚がないのか?

 ジェイクは心底不思議に思いつつ、彼女を抱きしめてその頭の上に顎を置く。

「じゃあ言い変える。ぼくの目には、君がこの世で一番綺麗に見える」

「〜〜〜っ」

 何か言ってるようだが無視することにすると、ミネルバから何かを聞いていたゼノンがクスクス笑いながら戻ってきた。


「カロン姫、私も妻のエルザをこの世で一番美しいと思っていますよ。つまり、そういうことです」

 にっこり微笑むゼノンを見たシャロンは、

「マッケラン様がそう仰るなら」

 と恥ずかしそうに頬を染めて微笑んだ。

 なぜ自分の言葉は信じないのに? と、ジェイクが不思議に思っていると、シャロンはエルザとゼノンは理想の夫婦だからと教えてくれた。


「ぼくともそうなりたいって、思ってくれてる?」

 耳元で囁くとバカと言われてしまったが、やっぱりシャロンは世界で一番可愛くて綺麗で最高だと実感した。早く明日が過ぎればいいとソワソワする。

 さっきもロイの前で、シャロンの方がジェイクをより好きなように言ってくれたときにはもう、全てをかなぐり捨ててこのまま彼女を連れ去りたいくらいだった。やっと捕まえたと思っているのはジェイクのほうだ。

 もし十年前の時点で気づいていたらと思うと、本当に長い回り道をしたと思う。

 本当に……本当に馬鹿だった。


 だが実のところジェイクは、シャロンが今も何か不安を抱えていることに気づいていた。テオドラを見つけたことでは消えなかった何かに……。



 ようやくテオドラとロイがエルザと共にリビングにやってくると、ミネルバが眠気覚ましに濃いお茶を出してくれた。ジェイクの胸にもたれながら微睡みかけていたシャロンが、伸びをして目をこする。


 少し苦い茶を飲んでいると、テオドラがジェイクを見て目をキラキラさせている。それを見て、まだジェイクを紹介していないことに気づいたらしいシャロンがもじもじし始めた。

「えーっと、お姉様?」

「なあに、カロン」

「あー、えっと、その……。彼がね、あの、私の愛する方、です」

 その紹介にジェイクの鼓動がまた早まる。どうやら恥ずかしさで恋人とも自分の求婚者とも言えなかったらしいシャロンが、心底可愛くて仕方がない。

 同じように思っているのだろう。テオドラがワクワクした様子でジェイクに名前を聞いた。

「ジェイク・ライクストンです、テオドラ姫」


 その瞬間、二人の間に妙な緊張が走った。

 テオドラはこの男が? と思ったのだろう。さっきの言われようはさんざんたったが全て誤解だ。いや、ジェイクがシャロンの気持ちに気づいていなかったのは事実だが……。


 ジェイクのほうは、彼女こそがシャロンを苦しめた張本人だと気づいたため、どうしても怒りが滲んでしまう。

 シャロンがすんなりどこかの王子と結婚してたら苦しむこともなかったはずだが、それだってとんでもないことだ。


 双方が何を考えているかに思い至ったらしいシャロンが、慌てたようにジェイクの腕にすがりついた。

「ジェイク、テオドラは私の命の恩人で、親友で、大好きなお姉様なのよ?」

 悪い感情を持たないでほしいと上目遣いで訴えられ、ジェイクは思わず片手で顔を覆う。

 くっそ、可愛すぎる。

「大丈夫、わかってるから」

 シャロンがいいなら、自分に怒る権利はない。だから浮かんだ怒りは心の奥に沈めて消し去った。


 一方テオドラはロイに何か囁かれ、パッと目を輝かせた。誤解が解けたのだろうが、ロイのしたり顔が地味にムカつく。ムカつくが、今言いたいことに関しては口に出さないようにとシャロンに頼まれているので、ジェイクはグッと口を閉じた。



「テオドラはこのまま城に帰って誕生祝に出てね」

 ホッとしたのだろう。かわいくあくびをかみ殺しながらシャロンがテオドラにそう告げる。

 国中の魔法は昼までには完全に解けるらしい。館の燃料とテオドラの魔力を総動員して施した強い魔法だったが、誰もそんな魔法の存在に気付かないまま当たり前にテオドラ姫を受け入れるだろう。カロン姫のことなど忘れて。

「私の記憶は消したままでよかったのに」

 ぷくっと頬を膨らませるテオドラに、シャロンはてへっと笑う。

 テオドラが目覚めたときに、人々の記憶も記録も正常に戻るように施したのはシャロンだ。もちろんミネルバの助けも借りた。

「ロイ様とイチャイチャするのに夢中で、さっさと出てこないのが悪いんですよ」

「い、イチャイチャなんてしてないわ。ちょっと話をしてただけで」


 頬を赤くするテオドラの隣でロイが笑顔になり、その後ろでエルザが笑いをこらえているので、誰も彼女の言葉は信じない。やっと出会えた上に、彼はテオドラに一目で恋に落ちたのだ。かつての恋人そっくりの姿だったらしいことも大きいだろうが、ロイを惹きつけるテオドラ自身の魅力も大きいのだろう。ロイにはテオドラが世界一美しく見えてるに違いないのだ。


「カロンはこれからどうしたいの?」

 テオドラの質問に、ジェイクがシャロンの答えをうかがうようにじっと見つめると、彼女は少し俯く。

「叶う叶わないは別としてよ? 私の一番の望みは、できればミネルバと一緒にいたいし、ジェイクとラゴン領に帰りたい」

 またもやジェイクの心臓が大きく脈打った。

 シャロンがそんな風に言ってくれるとは夢にも思わなかったからだ。ジェイクはシャロンを見つけたら、彼女と共に流浪の旅に出る覚悟だった。だが彼女はジェイクと出会ったあの森を故郷のように思ってくれている。

 帰りたい。

 その一言がこんなにも嬉しいなんて。


 だが命令の権限順位から見て、紅蓮の館はロイとテオドラのものだろう。

 二位のテオドラが大きな魔法を施し、一位のロイがそれを破った。

 ミネルバはテオドラの命令どおり演技をしてたのだろう。実際結界は存在したが、それは療養中のテオドラを守るものだったのであり、燃料は彼女のために使われていた。

 だが……


「ミネルバはテオドラの命令を無視して、燃料ギリギリの状態からも、ここにジェイクを呼んでくれたし……」

 シャロンの言葉にジェイクは大きく頷く。ミネルバがジェイクを呼んだのは、明らかにミネルバの意志だった。作られた仮の話の中で色々騙されたが、それでも動けるギリギリの範囲でジェイクを最大限助けてくれたことがよく分かるのだ。


「それ、すごく驚いたわ」

 テオドラはロイからも顛末を聞いたのだろうか。それとも魔女の力で何かを見たのだろうか。

 本当だったらこの国に来るのはロイだけだったはずだ。ロイとシャロンが結ばれてもテオドラが祝福したであろうことは、非常に不本意ではあるがジェイクにも理解できる。だがロイがかつての主人であったこともミネルバは気付いたのだろう。ミネルバの機転と努力がなければジェイクはここにはいなかった。そしてシャロンが記憶を取り戻してくれたから、一番いい場所にお互い収まることができたのだと思う。大きな目的はテオドラとロイを会わせることだったとしても、それでも何か特別だと思えるのはミネルバがジェイクに見せる、妙に人間臭い表情のせいだろうか。


 長い時を生きてきた精霊。

 ロイによれば、長い年月を経て自分の意思を持ち、性格もずいぶん変わったのだという。シャロンのために女性の姿をとったことも衝撃なのだそうだ。しかも主人の命令をききつつも自らの意思で行動を起こすなど、主人の生命の危機でもない限りありえない。――そのはずだと。


「私も長く生きましたから」

 女性体になり、ふふっといたずらっぽく笑うミネルバの姿はまるで人間のようだ。

「これも一つの付喪神かね」

 ロイが謎の言葉を呟くが、それはきっとミネルバのような素晴らしい精霊のことなのだろう。

 主人不在の時は自らを整備し、時に逃げ隠れもする館。

 かつての魔女が残した英知を拾い集め、情報を整理し、自ら学習し続ける精霊。


 その中でシャロンとジェイクを再び会わせ、おかげでテオドラとロイも会えた。ジェイクの無茶な魔法発動は、自分たち以外にも良い未来をもたらした事に気づき、少しだけ罪悪感が消えた。



 しばらく話し合い、両親のことも考えてカロン姫は一度帰るべきだとシャロン以外の意見が一致した。

「カロン姫のご帰還もご結婚も、国中のみんなが喜びます!」

 ゼノンに涙ながらに訴えられれば、シャロンとしても無下にはできないのだろう。もぞもぞと落ち着かな気にジェイクやテオドラをうかがっている。

 シャロンとしても、実の両親である国王や王妃たちを悲しませるよりは喜ばせたいはずだ。


「でも、私とテオドラが同じところにいるのは危険だわ」

 シャロンの言葉にテオドラも「わかってる……」と、寂しそうに頷く。

 二人でいるとテオドラの魔力が強くなる。ネイディアがかつて魔女の多かった国とはいえ、テオドラほど大きな魔力を持つ者は少ないのだという。せいぜい物を少し動かしたり、身体を少し軽くすることが出来る程度なのだそうだ。それもこれもブランシュの生まれ変わりであると考えれば誰もが納得なのだが、それを公表することは諸刃の剣になるだろう。


「すっかり健康を取り戻せた今のテオドラなら、私がそばにいなくても大丈夫。いえ、むしろ離れたほうがいいのよ」

 そう訴えるシャロンの言葉に、ジェイクも、そしてテオドラもロイも訝しげな表情になった。疲れも出ているのだろうが、隠していた怯えのようなものが見えたからだ。

「シャロン?」

 ロイに聞いてみろと無言で促されたジェイクは、言われるまでもなくシャロンの目をのぞき込む。そっとそらされた目には大きな疲れが見えて、ジェイクは胸が引き裂かれそうなほどの痛みを感じた。

「ねえシャロン、今考えていることを教えてくれないか? ぼくは誕生祝を無事に過ごして、君に改めて求婚したいんだ」

 握った手がぴくっと動き、シャロンの目がジェイクを見直す。

「ぼくはもう、二度と君を失いたくない。君の前から消えることも絶対したくない。約束しただろ? 一緒に生きようよ」

「ジェイク……ジェイク……」

 なにかに怯えたように。あるいはまだ混乱しているかのように。何かを訴えようとしながらも、今は落ち着か無げにジェイクの名を呼ぶ以上の言葉をうまく紡げないシャロンを、そっと抱きしめる。

「落ち着いて。大丈夫だから。何に気づいた?」

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