第13話 君はどうなんだ

「ほら、やっぱりこっちのほうが似合います。こっちにしましょう!」

 適当に服を選ぼうとするジェイクに、カロンは次々と目についたシャツを押し付けては試着させた。

 ネイディアの服は長袖でゆったりした形のものが多い。さらっとした素材は汗をよく吸うが肌に張り付かず暑い昼でも快適に過ごせるのだ。色味は白系の薄い色か、南国の花のような色鮮やかなものが多い。

 ジェイクの国の人が着る服は暗い色で無地のものが主流のようで、色鮮やかな布の海に目をぱちくりさせる姿がカロンはおかしかった。


「花柄を選ばれたらどうしようかと思ったよ」

 ジェイクが店主の大きな花模様の服を横目に、小さな声でぼやくのが聞こえる。

 だが筋肉でがっちりした彼が店主と同じ服を着たところをカロンは想像し、

「それも悪くないですね」

 と言うと、ギョッとしたように身を引かれてしまった。

 ――意外と似合いそうなんだけどなぁ。


 服を選ぶ間、無意識に何度かお姉さんぶった物言いをしてしまったことに気づき、カロンは内心慌てた。普段はそんな言い方をしないはずなのに、どうも気を抜くと強気な発言になってしまうらしい。彼は決して、弟のような存在や年下には見えないのに……。

 だがジェイクはカロンの言葉に、一々面白そうに目を輝かせて笑ってくれるため、もうこれが素ってことでもいいかしら? などと思い始めていた。

 自分の元の性格はよく分からない。だが、ジェイクの前でのカロンはこれでいいんじゃないかと思うのだ。

 結局シャツは、生成りと白、それから水色の三枚を購入することにした。

「この白いシャツは着ていくから、着てきたものは一緒に包んでくれるかい」

 ジェイクが頼むと、売り子の少女がほんのり頬を染めて丁寧に対応してくれる。話し方も仕草も柔らかいためか、売り子の彼女だけではなく、買い物客までがチラチラと彼を見ていることにカロンは気付いた。

「ライクストン様は、モテますね」

 店を離れてそう感想を漏らすと、ジェイクはギョッとした顔でまじまじとカロンを見るので首をかしげる。何かおかしなことを言っただろうか。


 次は約束通り焼き菓子の屋台を見に行く。

 ずらっと並ぶ色々な素材が練りこまれた焼き菓子に、どれを選ぼうかとワクワクした。

「ブランシュは、これなんか好みそうな気がするな」

 ジェイクが指さしたのは、赤い果実が練りこまれた菓子だ。見た目も可愛いし、思わずこくんと喉を鳴らすほどおいしそうに見える。

「じゃあ、私はそれにします」

 お金を出そうとすると、

「ここはぼくに出させてくれ。服を選んでくれた礼だ」

 と止められてしまった。礼をされる程のことはしていないが、ここは素直に甘えておこうと思いなおす。

「じゃあ、ご馳走になります」

 とニッコリすると甘酸っぱい果実水も買ってくれ、屋台裏の木陰にある椅子に腰を掛けて食べることにした。


「おいしい」

 果実水はよく冷えてるし、菓子は思った通りカロン好みの味だった。一気に食べるのがもったいなくて、つい一口一口小さくかじっていると、隣で笑いを堪えている気配を感じる。

 チラリと見ると、すでにジェイクは菓子も果実水も平らげたようで、面白そうにカロンを見ていた。

「やだ、すみません。急いで食べますね」

「いや、ゆっくりお食べよ。ぼくは早く食べる習慣ができてるだけだからね。急ぎの用なんてないんだから、じっくり味わって」

「でも……」

「君がおいしそうに食べてくれるから嬉しいんだよ」

「そ、それじゃあ、お言葉に甘えます」


 とはいえ、見られていることを意識してしまうと、どぎまぎして味がよくわからなくなってしまう。チラッと彼を見ると、今はのんびり道行く人を見ているので安心して味わうことにした。

 屋台裏の空間は結界でも張ってるかのように人気がない。そこへじゃれ合いながら小さな男の子と女の子の二人駆け込んできた。兄妹だろうか。手に菓子を持ったまま走っていた女の子が勢いよく転びそうになった。

「あっ、あぶない!」

 思わずシャロンが立ち上がると同時に、ジェイクはすでに女の子がケガをしないよう抱き留めている。電光石火の早業だ。


 女の子は彼に抱き止められると、キョトンとして動きが止まる。次の瞬間顔を上げると、何か良いものを見たかのように満面の笑みを浮かべた頬には、可愛いエクボができていた。

「おにいちゃん、あいがとぉ」

 舌っ足らずの可愛い声で、女の子がぺこりと頭を下げると、お兄ちゃんらしき男の子も「ありがとう」ともじもじしながら言う。そのあまりの可愛らしさにカロンの頬が緩むと、ジェイクも優しい笑顔を見せた。

 そのとき若い母親らしき女性が汗だくで走ってきて、「まああ、すみません! こら、走ったら駄目だって言ったでしょう」と言い、ペコペコ頭を下げながら子どもたちを連れて行った。はぐれた子どもたちを探していたようで、男の子は少し気まずげだったが、女の子のほうはいつまでも振り向いて手を振り続けていた。


「お母さんも大変だな」

「そうですね。汗だくでしたし、たくさん探したのでしょうね。見つかってよかったです」

 たぶんあの女の子は、もう少しここにいたかったのだろうけど。

「ライクストン様は、小さな女の子にもモテモテ」

 女の子の表情を思い出しカロンがクスクス笑うと、ジェイクが困ったような顔になる。その表情がおかしくて、カロンは笑いが止まらなくなった。

「参ったな。その、なんだ。気のせいだ」

「何がですか?」

「ぼくは、別にモテたりしないよ」

 本気で言っているのか、情けなく眉を下げる様にカロンはびっくりした。嘘でしょう?


「それはライクストン様が、ご自分をよく分かってらっしゃらないからじゃないでしょうか? あなたを見て目を輝かせたり、頬を染めてた女の子を何人も見ましたよ?」

 ベールをしている娘でさえ、その目の輝きに気付いたくらいだ。向けられた本人が気づかないなんて、ありえるのかしら?


「それはない。絶対に君の気のせいだ」

「まあ」

 褒めているのに強情に否定され、カロンは首を傾げる。まるで怒っているような表情に戸惑った。ここは普通喜ぶところではないのだろうか?

「だいたい君はどうなんだよ」

「私が、何か?」

「ぼ、ぼくを見て、ときめいたりしてないだろう」

 あらびっくり。

 パチパチと瞬きしたカロンは、必死の思いで噴き出すのを我慢した。本気? そんな拗ねたような顔をするなんて。でも、ここで笑ってはきっと彼の矜持を傷つけてしまうだろう。


「そんなことはないですよ。ライクストン様は素敵ですもの。私だってドキドキします」

 だから自信を持って。

 そう思ってにっこり笑って答えると、ジェイクは大きく目を見開いたあと、片手で顔を覆って蹲ってしまった。

「やだ、大丈夫ですか?」

 ギョッとして駆け寄ると、彼が呻くように「……死ぬ……」と言うのが聞こえ、更に驚く。何かの発作を起こしたのかもしれない!

「あの、お医者様を呼んできます。木陰まで動けますか?」


 休むなら木陰のほうがいいと思ったが、カロン一人でこんな大きな人を運ぶのはとても無理だ。オロオロしていると、ジェイクに手首をギュッと握られた。

「医者はいらない。君が側にいてくれれば大丈夫だ」

「でも……」

 カロンを見上げるジェイクの目は、何か深い色が浮かんでいる。それはどこか悲しそうにも見え、カロンは医者を呼ぶのをやめ、彼の言うとおり側に留まることにした。


 ――どうしてそんな目をするの?


 手を握ったまま、でも視線はそらされているため、カロンはジェイクの頭を見下ろす。傷ついているような表情だと思った。自分はモテないと本気で言ってるようだし、もしかしたらひどい失恋を経験しているのだろうか。


「ライクソトン様は、昔、ひどいフラれ方でもしたんですか?」

 あえて気楽な口調でカロンがそう言うと、ふっと笑った気配がしてジェイクが立ち上がる。

「遠慮なく聞くんだね」

「すみません」

「いいよ。うん、そうだね。そういうことなんだろうな……」

 椅子に戻りながらつぶやくような言葉に、カロンの胸がキュッと痛む。

「その女性は見る目がなかったんですね」

 ぷくっと頬を膨らませると、ジェイクは面白そうに肩を揺らした。

「そんなことはないさ」


「……ライクソトン様は、今もその方が好きなんですね?」

 無意識にこぼれたカロンの言葉に、ジェイクが驚いたように一瞬目を見開く。それは言葉にするよりも明らかな肯定だった。

「ああ、好きだ」

 感情のこもった彼の告白は、だがしかし、自分に向けられたものではない。


「彼女ほど美しいと思える女性には、今後も出会えないだろうから……。ぼくはどうしても諦めることが出来ないんだよ」

 だったらその優しいまなざしは、その女性のために取っておくべきだわ……。

「いつかその女性にも通じるといいですね。幸せな方ですわ」

 ジワリと湧き出た苦い感情を飲み下し、カロンはどこまでも優しく笑って見せる。なぜか急に泣きたくなったが、感情はすべて笑顔の下に綺麗に隠した。

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