第12話 本物

 広瀬さんは結婚2年目。アパートの一室で、奥さんとふたりで暮らしている。


 ある日、彼は自宅の鍵を持たずに出勤してしまった。会社帰りに一杯ひっかけてから帰宅すると、案の定鍵がかかっている。

 幸いにも家の灯りは点いている。どうやら奥さんは家にいるらしいと踏んだ広瀬さんは、鍵を開けてもらおうとインターホンを鳴らした。

 少し間をおいて、ノイズ混じりの声が応えた。

『はい』

「俺だけど、鍵開けて」

 チャイムの向こうで、少し沈黙があった。

『ほんとー? ほんとかぁー?』

 おちょくるような口調だった。

 疲れていたので少しイラッとしたものの、彼はすぐに「嫁がふざけてるんだな」と思った。

 広瀬さんも奥さんも、自他共に認めるお笑い好きである。相手がネタを振ってきたなら、ネタで返さなければならない。さもなくば、素直に鍵を開けてくれないだろう。

「よーし! 本物だと証明するために、例のやつをやってやろう! 『驚いた時だけ片桐仁に似てる俺の弟』のモノマネ!」

 広瀬さんは玄関の前で、細かすぎて奥さんにしか伝わらないモノマネを披露した。酔いも手伝って、それは全力投球のモノマネとなった。

 と、後ろから誰かに肩をつつかれた。

「何やってんの?」

 振り返ると、コンビニの袋を提げた奥さんが、呆れ顔で立っていた。

「ええっ!? お前、中にいたんじゃ……ええーっ!?」


 念入りに家探ししたが、中には誰もいなかった。戸締りもきちんとしてあり、何者かが侵入した形跡もなかったという。

「あれは恥ずかしかった……見られたのが嫁でよかった」

 広瀬さんはこの話をするたびに、そうぼやいて凹む。

 ちなみに奥さんからは、「モニターなしのインターホンに向かって顔芸とかないわ」とダメ出しを受け、散々だったそうだ。

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