クトゥルー神話の形式 5 実現型

 今回は《実現型》です。

 幻想と思われたものの実在を知るという型です。

 前回の《血族型》は〈身体も精神もその根拠を失う〉恐怖を描いていたわけですが、《実現型》では、現実、世界の方の根拠がゆらぐような恐怖になると思います。

 そういう意味では《神殿型》に近いものです。《神殿型》が旧支配者が潜んでいる場所へ直接導かれる型だとすれば、《実現型》は、芸術作品などがいわば中継器となって人を狂気へ誘う型だと言えます。

 ところで〈クトゥルー神話の定義〉の時に《幻想の実現》が基本的なパターンと述べましたが、それは例えば、「クトゥルーが出現した」と書けば「ラヴクラフトの小説は本当だった」となる、というような意味です。それでわりと広い範囲がカバーされます。

 その定義された全体の中から、ここでとくに《実現型》として分類するのは、作品自体の中で〈幻想〉が提示され、その〈実現〉が描かれる形のものです。


 ラヴクラフトの作品の中で《実現型》の基本となるものを挙げるなら「ピックマンのモデル」ということになるでしょう。

 この作品は、ピックマンという人を食う食屍鬼などを題材に異様な絵を描く画家に会いに行った男が、案内されたアトリエでピックマンの絵が実在の食屍鬼をモデルにしたものだと知る、という話です。

 他のラヴクラフト作品では、「クトゥルーの呼び声」や「時間からの影」が挙げられます。

 「クトゥルーの呼び声」。まず〈幻想〉として提示されるのは、ウィルコックスという男が夢で見たものを形にしたという板状の粘土による浅浮彫りおよび、夢の中で聞いた呪文。これらと同じものが、ニューオリンズの沼沢地で儀式を行っていたヴードゥ教徒に似た集団を摘発したルグラース警視正による報告の中にも見つかる。このことからクトゥルーと呼ばれる邪神を崇拝するカルト教団の存在が推測される。これらのことを死んだ叔父の遺品から知った主人公は、偶然目にした古新聞に載っていた海難事故の情報を追うことで、やがてクトゥルーの実在を知るという結末。

 「時間からの影」は、人間と精神を交換する能力を持つイースの偉大なる種族によって、身体を奪われたピースリー教授が、精神は〈偉大なる種族〉の身体に入り彼らの世界で自分の知る歴史について書きとめさせられ、その間、精神交換された身体の方は地球のさまざまな情報の収集を行っていたというような話。これが《実現型》であるのは、精神交換の間の出来事をピースリー教授は当初、夢だと思っているためで、それがオーストラリアでの遺跡調査に参加したことで現実と判明したのでした。


 他の作家の作品でこの型に入るのが、C・A・スミス「彼方からのもの」やロバート・ブロック「暗黒のファラオの神殿」です。

 「彼方からのもの」は、ある小説家が友人である彫刻家に会いに行く途中、何気なく立ち寄った書店で不気味な獣のような幻覚を見る。動揺しつつ、彫刻家のもとへ行くと幻覚の獣とそっくりな作品が制作中だった。彫刻家の恋人から彼を止めて欲しいと頼まれる。彼は異界のものを呼び出してモデルにしているらしい。その恋人が異界の獣に連れ去られ、戻された時には魂を抜かれた屍となっていた、というもの。

 「暗黒のファラオの神殿」は、エジプトで伝説のファラオであるネフレン=カについて調べていた男は、謎のアラブ人の案内で隠された地下神殿へ連れていかれる。そこは壁にネフレン=カが死ぬ間際、未来の予言を書きつけていた。精巧に描かれた絵で、実際の歴史通りだった。現在から先の部分は覆い隠されている。絵の最新の部分には自分自身の姿が描かれているのを男は見た。そして隠された部分の覆いが開かれる――といった内容です。


 《実現型》は、幻想の実現という過程を含めばよいのでプロットの型はまとめづらいのですが、とりあえず、あり得べき形式を書いてみましょう。


  奇怪な芸術作品を知る → 作者について調べる → 作者に会いに行く → モデルの実在を知る


 こんな感じでしょうか。

〈奇怪な芸術作品を知る〉は、「暗黒のファラオの神殿」の場合は、予言でしたが絵として描かれていたのでこれも芸術ですね。芸術でなくとも幻想的なものであれば夢や魔道書の記述を発端とすることもできます。

〈作者について調べる〉は、「ピックマンのモデル」や「彼方からのもの」は作者はもともと主人公の知人で、その素性は回想として語られました。作者がはっきりしないか、いないような場合は、何らかの手掛かりを調べる形になると思います。

〈作者に会いに行く〉は、「暗黒のファラオの神殿」の場合のように、作品自体を見に行くという形もあり得ます。

〈モデルの実在を知る〉は、「時間からの影」のように夢だと思っていたものが現実だったというパターンもあります。


 もう一作、《実現型》の中で重要な作品を挙げたいと思います。

 R・E・ハワードの「黒い石」です。

 「黒い石」は、魔道書『無名祭祀書』を手に入れた男が、その中の記述と、他の書物を参考にハンガリーの山岳地帯でシュトレゴイカバールという村の近くにある〈黒い石〉に興味を持ち調べに行く。真夏の夜にその近くで眠ると悪夢にとりつかれるという伝説があったのだ。じっさいに黒い碑を目にし、その近くで休んでいると、彼は夢を見る。それは蛮族による人身御供の儀式で、碑の上には巨大な蛙に似た怪物が出現していた。目覚めた彼は、この夢の意味を知ろうとする。そこで十六世紀にこの近くで死んだ勇猛な伯爵のエピソードを思い出す。この人物は死の直前、敵から奪った小箱の中身を見て顔色を失ったという。そしてその死体は今も城のがれきの下に埋まっていた。主人公は単身この死体を掘り出し小箱を手に入れる。その中身は蛙のような怪物と戦ったトルコ軍の記録と、夢で見た怪物そっくりの金の偶像なのだった――という話。

 なぜこれが重要かというと、「クトゥルーの呼び声」と骨格が似ていて、ということはつまり、このことは《形式化》という思考が役に立つことの証明になっていると思うからです。

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