【ラノベ】宮本武蔵、ホットカーペット、盆踊り
暑い。暑すぎる。僕は古代人の技術の無さを呪いたくなった。
浴衣が涼しいなんて出鱈目だ。半袖短パンより涼しい服なんて無いに決まってるじゃないか。
神社前の広場に、太鼓と笛の音が鳴り響く。まるで楽団が耳の中に入り込んでいるような賑やかさ。
夏真っ盛りのこの町は、大抵の町がそうであるように、盆踊りに夢中だった。
どこから湧き出たのか想像できないほどの人だかり。そんな人達の動きを真似しながら、僕は盆踊りをしていた。
関節を死なせたような踊りは、まるでロボットのようだった。
僕は今年の4月、この町に越して来た。知り合いはほとんどいない。セミやコオロギでさえ他所者に見えてしまうほどだ。
楽しそうに話し込んでる人達を見るたび、前の町が懐かしくなった。
ただ、今の僕は、昔を思い出すほど気力が無かった。とにかく暑いのだ。
暑さのなにが問題かと言うと、人間から気力を奪うことだろう。無気力な若者の増加と地球温暖化には何らかの因果関係があると疑いたくなる。
以前はこんなに暑さを感じることはなかった。毎日が暑さ以外の感情で埋め尽くされていた。暑さなんて実感しなくてもよかったんだ。
「ふー、気持ちいいねー」
僕の気持ちを他所に、妹が言った。
この空間で、唯一の知り合いだった。もしかしたら、二人でどこかの暗闇に迷い込んだのかもしれない。
「この暑さ、なんとかならないかな?」
そう言うと、妹が胸の前で握りこぶしを作って力説しはじめた。
「暑さに強くなるには修行だよ! 宮本武蔵も、部屋の壁や天井にホットカーペットを貼り付けて修行してたんだから」
「使い方間違ってるよ。しかも宮本武蔵の時代にホットカーペットなんてないし」
「さらに、冷蔵庫とパソコンの放熱、ファックスの感熱も利用して――」
「ファックスなんてもう役所にしかないでしょ」
「宮本武蔵の時代には現役だったんだよ」
はぁ……ツッコミに疲れる。こういう時は芸人さんを尊敬したくなる。体力消耗の激しいツッコミを連発するのは常人には難しいようだ。
それに暑い。妹の相手をすると余計に暑くなる。徐々にツッコミも鈍ってきた。
何かの本で「夏の大気には重さがあるようだ」と書いてあったが、まさにその感じだ。奇妙に誇張された重さが、僕の心の奥深くまで染みこんでいった。
音楽が鳴り止み、また別の音楽が始まった。それとも続きなのだろうか?
僕はその境目を、うまく認識できなかった。
盆踊りのようなものだ。どこにも始まりはないし、終わりもない。
――ぎゅ。
不意に手を握られ、心臓がトクンと跳ねる。
「冷たくて気持ちいいー」
僕とは対照的に、妹が無邪気な微笑みを向けてくる。
「……やめろよ、人が見てるんだから」
妹のそんな態度を見てると、自分一人が浮ついているのが変に思えてきて、ついそっけない返事をしてしまう。
「周り見てよ。誰も気にしないよ?」
周りを見る。確かにみんな、僕の方なんか見ちゃいない。
それに、殆どの人が手を繋いで踊っていた。友達、家族……そして恋人。様々な人達が、思い思いに体を振り出している。
なぜ僕は今まで一人だったのだろう? そう思ったのと、妹の手を握り返したのは同時だった。
小さな手を握りしめると、どこか違う場所との繋がりが感じられた。
それに合わせるように、今まで形を持っていた暑さが不明確になった。
暑さの元が拡散し、もとに戻らないことが確認された。
「このまま踊ろっ」
妹は僕の手を引いて、盆踊りの続きを始める。僕も妹に合わせて踊る。
何も考える必要はない。ただ合わせて踊るだけだ。握った手の感触に体を預けながら。
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