第10話 ラーメン姉妹

「そうですカ、手がかりなしですカ……」


 シルビアちゃん――恋人である近所のお姉さんを捜してる百合幽霊――が宙に浮いたままうな垂れた。


「で、でも、まだ商店街の全部で訊いた訳じゃないから、がっかりするのは早いよ?」


 ふわふわの金髪が持ち上がり、おっとりとした青い目がこちらを見た。


「もみじサン、ありがとウ」

「うん、見つかるまで頑張るからね。あ、そうだ、ラーメンの試作できたから食べる?」


 ぽかんとしたシルビアちゃんの顔でハッと気づく。


「ご、ごめん! 幽霊だから食べられないよね!」

 

 あわてて両手を左右に振るわたしから視線を横にそらした。


 あわわー、怒っちゃったー!?


「ちいゆチャンが帰ってくるヨ、それに……」

「え?」

「またネ、もみじサン」


 そう言ったシルビアちゃんが天井に吸い込まれていった。


「ただいま~!」


 玄関から、ちいゆの元気な声。

 

 すごっ、シルビアちゃんの耳ってワンコ並!

 

「おかえりー」

「えっへへ~、あのね~、お姉ちゃん」


 この様子だと十代の島民親睦会、楽しかったみたいだね。

  

 ごそごそと靴を脱ぐ音が聞こえてくる。


「あたしの他に六人いて~、みんな可愛かったよぅ。帰りもね~、燕奈さんの車で送って貰ったんだよ~」


 この島に十代の子って、ちいゆ入れても七人しかいないんだ。

 

「そうなんだー、よかったねー」

 

 こう返しながら、ちいゆ以外の声に気付く。


「お姉ちゃ~ん、友達連れてきたけどいい~?」


 なるほどなるほど、早速その子達と仲良くなったのね。

 わたしと違ってちいゆはすぐ友達出来るからねー。


「いいよー」

 

 廊下へそう言ったら、お邪魔します、とふたつの声が返ってきた。

  

 たどたどしい鼻にかかった声は燕華ちゃんね。

 もうひとつは威勢のいい、ちょっとボーイッシュな声。

 ちいゆとお友達になった子かな。

 

 廊下を歩く三人の足音が近づいて来る。


「あ~! 早速試作してたんだね~」

 

 厨房の入り口に顔を出したちいゆに笑みを見せ、コンロの火を弱めた。


「うん、この前買ってきた材料でね。でも初めて使う器具に慣れるのが一番の目的なんだ」

「ラ、ラーメン。凄い……作るとこ初めて……見た」

 

 ちっこいちいゆの肩越しからひょっこり顔を出した燕花さんが厨房を覗く。

 そこへボーイッシュな声が加わった。


「インスタントみたいにお湯だけで作る訳ちゃうからね」


 声の主はちいゆの股の下からにゅっと顔を出した女の子だった。

 

「どうも、ちいちゃんのお姉ちゃん。十河いり子(そごういりこ)ってええます。こん中で一番若い十六歳です」

「あ、どうも……姉のもみじです……」

 

 いり子ちゃんが小麦色の日焼け顔でニカっと輝くような笑みを浮かべた。

 付け加えると並びのいい歯も輝く程真っ白だった。


「ひゃはは、お姉ちゃん、ちいちゃんと違ってよもよもやね!」

「え? よもよも?」

「おどおどしてる……という意味、です」


 燕華さんが鼻にかかった小さな声で翻訳してくれた。


「へ、へえ、初めて聞く言葉だから驚いちゃったよー」

「ひゃははは、あたい香川県から来たんや」

「あー、うどん県で有名な」

「そうそう」


 大きく気の強そうな目、ショートヘアにボーイッシュな声、利発そうな子だー。


「ねえ、ラーメン食べさせてよぅ! お姉ちゃん」

「いいわよ、でも味には期待しないでね」

「わーい! じゃあ三人前頼んますう」

 

 みっつどんぶりにタレを入れ、スープを注ぐ。

 程なく鳴るタイマー。

 茹でた麺を湯切りしてどんぶりに盛り付ける。


「試作だから具なしなんだけど」

 

 カウンターに座る三人の前にラーメンを置いた。


「わ~い、いっただきま~す」

「い、いただき……ます」

「うっし! いただきや~す」


 店内に響く麺をすする音。

 ああー、本当に自分の店を持ったんだなーて気になってきたー。

 

「ね~、お姉ち~ゃん」


 ちいゆがカウンターにどんぶりを置いた。


「お父さんとお母さんの味と違うよぅ」

「え? そ、それは試作だから」


 そこへいり子ちゃんが口を挟んできた。


「この麺、添加物まみれちゃう? まあそれは置いといて、このタレ業務用やろ? スープもちっとだけ出汁をとってほとんど業務用じゃないの?」


 何このいり子ちゃんって子ー! 確かにタレは業務用だし、スープも気持ちばかりの煮干しでとった出汁を業務用スープにブレンドしたんだけど……よくわかるなー。


「あ、あくまでこれ試作だから、これからお父さんとお母さんのラーメンの味に近づけていくつもりだよっ!」

「そりゃ結構、こんなラーメンしか出せんかったらこの島にはいらんわな」

「いり子ちゃん、言いすぎだよぅ!」

「ご、ご馳走になって……それは駄目」

「い、いいの。わたしもこの程度のラーメンを店に出すなんてことしないから。それにしてもいり子ちゃん詳しいねー」

 

 するといり子ちゃんが得意げな顔で腕を組んだ。


「あたいはお姉とうどん屋やっとるけん。麺の小麦は讃岐すずらん、つゆは本枯れ節とイリコから取ってるっつーこだわり派。一度あたいんとこで食ってみ、勉強なる思うで」

「す、凄いねー、今度行ってみるよー」

「大歓迎するで。そいでな、お姉が麺担当で、あたいがつゆ担当……」

 

 堰を切ったよう語り始める。

 同じ麺料理ということで興味深く聞いてたら、ちいゆの顔に異変を感じた。


 天使のようないつもの笑顔と違う、どこかぎこちない笑顔。

 何かもやもやした感情を抱いている様だった。

 

 それを燕華ちゃんが証明していた。

 不安げな表情でのちいゆの顔をチラチラ見ている。

 

 二十分程経ったであろうか、語り尽くして満足顔のいり子ちゃんが燕華さんの手を引いて帰って行った。


「ちいゆ、何か気に障った事でもあったの?」

 

 どんぶりや調理器具を洗いながら訊いてみた。


「お姉ちゃん……」

 

 ぼんやりした顔でカウンターに座っていたちいゆが両手を握ると立ち上がった。


「あんな事言われて! もう、あれだよぅ! 世界も割れるよ!」

「……う……うん、ちいゆを怒らせたんだね。ディ〇も承太〇怒らせて死んじゃったもんね」

「そうだよぅ! お姉ちゃん、今から本気のラーメン作り始めるよぅ」

「ええ!? 無理だよー、練習用に麺は適当な安いヤツで、スープもタレも業務用しか無いし、煮干しも全部使っちゃったし」

「くやしいよぅ! 美味しいラーメン食べさせて、いり子ちゃんをぎゃふんと言わせたいよぅ!」

 

 握った両手を上下にぷんすか怒った。

 

 ひゃあ、ちいゆがガチで怒ってるー! オセロで二十連敗しても、コンビニのお会計で割り込みされても涼しい顔をしているちいゆが怒ってるー。


「な、そんなに怒ってたの?」

「あたし達まだ本気のラーメン作ってないのに、うどん食って勉強しろ言われて無茶苦茶悔しいよぅ! だから早く本気の美味しいラーメン作りたいよぅ!」

「そ、そうだね、ちいゆ。でもまずはお父さんとお母さんのラーメンを再現しなくちゃ、どんな味だったか話し合おうよ?」

 

 ちいゆが力強く頷いた。


「そうだねっ! え~と、煮干しは食堂のラーメンに使ってたのわかった。でも~、それ以外の魚出汁もあったよ~。なんていうか、こう、もぁ~んとしたコクのある味~」

「もぁーんとした味かあ、何となくわかるよ」

「それと~、タレは全然違うよぅ。鳥ガラのスープも何ていうかこう、もっとキリっとした味だったよぅ」

「うん、タレはお父さんの手作りだったからねー。今回の業務用鳥ガラスープもお父さんは味を調える程度にしか加えなかったもんね。それにしてもちいゆの味覚は凄いねー」

「えへへ~」

「詳しいレシピは後で教えるって言ったままお父さん、ああなったもんね……」

「……ぐすっ」

 

 火事のことを思い出したちいゆが目に涙を浮かべる。


「ご、ごめん、悲しいこと思い出させちゃったね」

 

 思わずちいゆを抱き寄せるた。


「うん、でももう大丈夫。お姉ちゃんがいるもん。一緒に頑張って生きなきゃ、お父さんとお母さんを心配させちゃうよぅ」


 何て健気な子! 

 抱きしめた両腕に力が入っちゃう。

 ふううん、ちいゆの甘い香りが鼻の中いっぱい! わたしおかしくなっちゃいそう!


「お、お姉ちゃん、ぐ、苦じい~」

「あ、ごめん!」


お父さんとお母さんの思い出を使ってこんなことしちゃダメだよね。


「じゃ、じゃあお父さんとお母さんのラーメン、どんな味だったかもう一度言ってみて」

「うん!」


 わたしはちいゆの言う味をメモに書き続け、そのもとになってそうな材料を頭に並べ続けた。


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