第8話 愛する妹へのキス
突如お祓いを始めた百合双子にびっくりしたわたしは燕佐さんに助けを求めた。
「ちょっとー! 燕佐さん、もういいんです! お祓い止めさせてくださーい!」
デキる女性の燕佐さんが素早く反応してくれた。
「中止です、ふたりともお止めなさい!」
だが双子はそれを無視してカメハメ波みたいなポーズを取りつつ玄関に呪文のようなものを唱え続ける。
「わぁぁ……ァァ!」
家の中からシルビアちゃんのぐもった悲鳴が聞こえてきた!
「もう止めて!」
両手を広げ、双子の前に立ちはだかった。
それと同時に燕佐さんが双子の肩を掴んで動きを封じる。
「何故邪魔をする、お主が代理を通して依頼したのであろう!?」
「そうじゃ、代理も儂と姉上から手を放すのじゃ!」
ちびっ子双子が空いてる方の手をぶんぶん振り回す。
「すみません、燕佐さん。ちいゆが見たっていうあの影、やっぱり幽霊だったんです。でも悪い霊じゃないんですよ」
それに双子がキッとこちらを睨んだ。
「愚かな! 霊の虚言に騙されおって! はぁー」
「これだから素人は困るのじゃ! はぁー」
双子が燕佐さんの手を完璧なタイミングで同時に振り払うと、そのままわたしの両脇に並んだ。
「え? ひゃっ!」
二人同時に膝カックンを決められ、尻もちを着いてしまう。
「鶫っ、ここは儂らの愛の力でいっきに退治しようぞ!」
やんちゃでボーイッシュな雲雀が妹にウィンクする。
「はい! 姉上と儂の愛はインフィニティ、その力で一気に滅しましょうぞ!」
凛と涼やかな笑みで姉を見る鶫。
「「はぁぁー! プリキュエベリベリスイートセッションスーパーアンサンブルクレッシェンドフィナーレ!!」」
はわぁぁぁ! 何か必殺技っぽいの撃っちゃったよー、この話聞かない双子ー!
「た、たた、たぁーすケテーーーーー!!」
家の中から切羽詰まった叫びが聞こえてきた。
「シルビアちゃん!」
その声に、ぼーっとしてたちいゆが玄関へ駆け出した。
「大丈夫ですか?」
「はい」
差し出された燕佐さんの手を掴んで立ち上がる。
「おっと」
立ち上がった拍子によろけたところをもう片方の手で支えられた。
「す、すみません」
「どういたしまして」
微笑む燕佐さんに目を見張る。
うわっ、間近で見るとすっごい美形。
なんかイイ香りするし――これってフェロモン? ちょっと胸がきゅんきゅんするー! ってダメ! ちいゆ以外の女性にこんな気分はダメー!
「ちょい姉貴、雲雀と鶫がまた何かおっ始めそうだけど」
車に寄りかかっていた燕奈さんの声に掴んでいた手がほどけた。
「こら、ふたりとも!」
双子に歩いていく燕佐さんの背中から車に寄りかかる燕奈さんに目を移した。
「もみじちゃん、気をつけなよ。姉貴って無意識に女の子をたぶらかすトコあるからさ」
口の端を持ち上げる燕奈さん。
その笑みは複雑で、僅かに嫉妬が混じってるように思えた。
「すみません」
取り合えずそう言って燕佐さんの後を追う。
「いい加減にしなさい!」
燕佐さんが雲雀の腕を掴んだ。
遅れて追いついたわたしは鶫の腕を掴む。
「放すのじゃー! ぬう、お主! 我が妹に触れるでない!」
「あ、姉上! 汚れました、鶫は姉上以外のおなごに触れられ、汚れてしまいました」
何て面倒な双子。
そう思いながら顔を上げたら、家の中に飛び込んだちいゆが俯き加減で戻って来た。
だがどこか足取りがおかしい。
「あのちいゆ、シルビアちゃんどうだったの?」
俯いたまま近くに来たちいゆに囁いた。
「あぶなくあの世に行くところでしタヨ――そうだよぅ、シルビアちゃんの話も聞かないでひどい事するなんて! あったま来たよう!」
「ちょっとちいゆ、何ひとりで喋ってるの?」
ちびっ子双子がこちらの手と燕佐さんの手を振りほどいた。
「ぬっ! こやつ、小娘に憑依しおったわ!」
「に、人間に憑依した霊を相手にするのは初めてですぞ、姉上!」
「うろたえるでない、鶫! もう一度儂らの愛の力で戦うのじゃ」
「はい、姉上!」
再び双子がシルビアちゃんに悲鳴を上げさせた変な呪文を唱え出した。
「「はぁぁー、もう一度くらえ! これが愛し合う儂らの究極奥義! プリキュエベリベリスイートセッションスーパーアンサン――」」
すっとちいゆが顔を上げた。
それに息を飲む。
左目がシルビアちゃんの青い目に変わっていた。
「ちいゆ?」
「もう許さないんだから!――そうデス、そうデス!」
ひとりで相槌を打ったちいゆが中腰になった、そして地面をえぐり、ちびっ子双子に向かって駆け出した。
それは物凄い速さで、あっという間に双子の背後を取った。
「え!?」「ひゃっ!?」
あまりの出来事に双子は驚くことしか出来ない。
「ワタシ達の家ではオイタした子はお尻ぺんぺんデス!――そうだよぅ、お尻ぺんぺんだよう!」
気付くと双子の間にちいゆが片膝を着いていた。
その両手が大きく開かれ、双子のお尻を、ばちぃーん! と叩いた。
「いたぁ!!」「きゃん!!」
たまらず地面に倒れこみ、悶絶する。
あまりにも長い呪文が仇になったようだ。
「お、お主ー! 霊の分際で、な、何をするかぁ……いたたたた!」
「あ、姉上~! お尻が、お尻がぁ……姉上だけの、鶫のお尻がぁ!」
ひぇぇ、すっごい音だったもんねー。でも何今の? あの素早さと力は到底ちいゆとは思えないよー!
「すみません小池さん、二人共優秀な能力を持っているのですが少々突っ走る所がありまして。燕奈から話を聞いて事情は理解できました」
そう話す燕佐さんの隣にいつの間にか燕奈が立ってた。
「ちいゆちゃんに憑依した幽霊、シルビアちゃんだっけ? この島の知名度もワールドワイドになってたんだねー? あはははは!」
腰に両手を当てた燕奈さんが豪快に笑った。
頼りになる人だなー。普通だったら誰も信じないこの話も、燕奈さんなら心を読んで理解してくれるから。
お尻に手を当て悶絶する双子を見下ろしていたちいゆが、それこそ瞬間移動みたいにこちらの前へ来た。
「お姉ちゃ~ん、今あたしの中にシルビアちゃんがいるのっ! お祓いから守る為に入れたんだよう?」
「うん……左目が青くなっているから分かるわ。ところでちいゆ、何か足速くなってない?」
「やっぱり~? 何かね~、体がすっごく軽いんだよぅ」
笑顔のちいゆがその場でぴょんぴょん跳ねた。
なんと飛んだ両足がわたしの胸元まで来ている。
徒競走では万年ビリ、小さな水たまりも飛び越せず靴を濡らしていたあのちいゆが! 瞬間移動みたいに走り、マサイ族並のジャンプをしてるー!
「あのーシルビアちゃん? もしかして運動得意だったの?」
そう尋ねると、左目がシルビアになっているちいゆがこう答えた。
「オウ、ワタシ学校いちスポーツ得意でス!」
「あのー、あんまり全速力で動かないでね。ちいゆの体なんだから……」
「そうでシタ! ちいゆチャンごめんネ――いいんだよぅ、シルビアちゃん。でもお兄ちゃん、あれだね、恥ずかしいポーズで合体! って感じだね」
そこへ双子の声が響いてきた。
「この恨み忘れぬぞー! 憶えておれー!」
「姉上は分けたジュースがミリ単位少ない恨みも忘れない執念深さを持っておるのじゃ、覚悟されい!」
車の窓から顔を出し何やら叫んでいる。
「小池さん、ひとまずあの二人を神社に帰してきます」
燕佐さんがそう言うと助手席に乗り込んだ。
車が走り出し、道路の向こう側へ消えて行った。
「燕佐さんに悪い事しちゃったなあ」
「でもあのお祓い二人組は許せないよぅ、もう少しでシルビアちゃん消えちゃうとこだったよぅ!――ちいゆチャン、ありがトウ。それにしてもちいゆチャンの中は居心地良いデス――えー、だったらこのまま居てもいいよ」
シルビアちゃんが憑依してるとはいえ、このひとり会話はコワイ。
「ふ、ふたりとも家の中入ろ、暑くてかなわないし」
ふたりとは言ったが体はひとつ、そんなちいゆの手を取り、そそくさと家の中へ連れて行った。
居間のガラス戸を全て開け、扇風機のスイッチ入れる。
そして冷蔵庫から差し入れのミネラルウォーターが入ったペットボトルを取り出し、扇風機に顔を近づけているちいゆに手渡した。
「あんな暑い中動き回ったんだから水分補給しないと」
「うん、ありがと、お姉ちゃん!」
にっこり笑ったちいゆがペットボトルの水をごくごく飲んだ。
「ふぃー! 沁みこむよぅ――オウ、胃が冷たいですヨゥ! そうですネ、お兄ちゃん」
な、何か言葉遣いがちいゆに似てきた気がするんですけど……。
「あのー、シルビアちゃん、お祓いの危機も去ったし、そろそろ出てきたら?」
「あっ、そうでスネー」
こちらを見るちいゆの左目がもとの色に変わった。
そしてちいゆの背中からすうっとシルビアが抜け出した。
「ひゃうぅ、お姉ちゃん、な、何か急に体が重くなったような……」
「ええ? こういうのって普通軽くなるんじゃないの?」
「あ、足がっ! 脛がっ……太腿がぱんぱんになってるよぅ! いたっ! 手が痛いよぅ!」
超人的なスピードとパワーで双子にお仕置きした後遺症なのかな?
畳の上で転がるちいゆが太腿をさすったり手の平を揉んだりしてるー。
「だ、大丈夫? あ、そうだ」
もう一本取り出していた冷え冷えのペットボトルをちいゆの脛や太腿に当てた。
「う~、あれだよ~、二倍までにしておけばよかったよぅ」
「…………そうだね、界王拳はせいぜい二倍までだね」
「ウウ、ちいゆチャン痛々シイ……」
そうなった原因であるシルビアちゃんが宙に浮かんでこちらを見ている。
「そういえばシルビアちゃんって昼間でも姿が見えるんだね」
それにシルビアちゃんが慌て出した。
「オウ! そういえばそうでしタ! 早く天井裏に行かないト、霊力が無くなっちゃいマス!」
そしてあっという間に天井へ消えて行った。
シルビアちゃん、意外と天然なんだ……。
そう思いながらペットボトルを別な箇所に当てる。
「ふぃ~……むにゃむにゃ~」
かなり疲れたのか、ちいゆは寝息を立てていた。
そんな寝顔を見ながら先程の光景を思い出す。
「シルビアちゃんの為に頑張ったちいゆ、とっても偉いよ」
言葉とは裏腹に、チクリと嫉妬が胸を刺す。
まったく心が狭い姉だなー。
でもしょうがいないよね、だってわたしのたった一人の大事な家族、そして最愛の妹なんだもん。
「好きだよ、ちいゆ」
頬に軽くキスをした。
それはちょっとしょっぱい味だった。
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