第402話 恋バナ2
「今日の夕食も美味しかったです」
「ん、そうか」
「勇者様も喜んでいましたね」
「そうかな? うん、そうだといいな」
勇者様のためにカークおじさんが腕によりをかけて作った料理、大変美味しゅうございました。
普段から美味しい料理を提供してくれるカークおじさんではあったが、今日は一段と気合いが入っていたね。
「それはそうと――すみません、カークおじさん」
「うん? 何がだ?」
「客室に続き、こうしてカークおじさんの私室まで浸食してしまいました」
「浸食……。いや、構わないさ。というか、あの部屋も別に客室ではないけどな?」
そうだっけ? ――あ、確か装備を整備する部屋とか言っていたかな? とすると、武器庫だか整備室だか?
もう一ヶ月半も泊まっているので、むしろ客室どころか自室くらいの感覚になってしまっていた。
さておき、そんなわけで僕は一ヶ月半寝泊まりしていた部屋を離れ、カークおじさんの私室にやってきた。今日はここでお泊まりだ。
スカーレットさんもカークおじさん宅へ泊まることになり、みんながどこで寝るかを話し合った結果、ジスレアさんとスカーレットさんは客室に、僕はカークおじさんの私室に泊まることになったのだ。
あるいは三人くらいなら、客室に泊まれそうではあったけど……さすがにねぇ? 今日会ったばかりの男女がいきなり同じ部屋で寝るとか、さすがにそれはちょっとねぇ?
「それじゃあ明かり消すぞ?」
「はい。お願いします」
カークおじさんが照明の魔道具を操作し、明かりをごく小さいものに変えた。いわゆる常夜灯ってやつだ。
ちなみにこれ、エルフ界ではないものだったりする。エルフはとても夜目が効くので。
そんなこんなで明かりも切り替えられ、後は寝るだけなのだが――
「じゃあアレク――」
「いっせーので、好きな子とか言い合いましょうか?」
「……は?」
隣で横になろうとしていたカークおじさんに、そんな提案をしてみた。
カークおじさんは
「いきなりどうしたんだアレク。いったいなんの話だ……」
「そんな雰囲気かなと思いまして」
「どんな雰囲気だよ……」
どことなく、修学旅行の夜っぽい雰囲気かなって。
「なんでそんなことを発表したがるんだ?」
「いえ、別に僕も発表したいわけではないのですが」
「じゃあなんなんだ……」
確かに謎といえば謎。なんなんだろうね、あの修学旅行の文化は。
でもまぁ、僕とかちょうどそのくらいの年齢だし、ここらでひとつ、そんな青春っぽいことをしてもいいんじゃあないだろうか。
「というかだな、そもそもアレクは――ジスレアさんが好きなんだろ?」
「はい?」
「前にそんなことを言っていなかったか?」
……そういえばジスレアさんは、カークおじさんにもそれを言っていたか。
いつだったかな? カークおじさんと初めて会ったとき――は、会話なんてできなかったから、二回目に会ったとき? そのときにジスレアさんが伝えていたっけか。
なんだかジスレアさんは、至るところで『アレクが好きなのは私』発言を繰り返しているなぁ……。
「違うのか?」
「あー、いえ、別に違うってこともないこともなくはないのですが」
「んん? どっちだ?」
そりゃあジスレアさんは美人さんだし、なんだかんだ優しいし、話していて楽しいし、怪我とか病気とかを治してくれるし、美人だし、旅にも付き合ってくれたし、何より美人さんだ。美人女医さんだ。
美人女医さんを嫌いな男なんて、この世の中に存在するだろうか? いや、いない。
「しかしですね、逆にジスレアさんが僕をどう思っているかとか、いまいちわからんのですよね……」
普段の言動からして、あの人も結構何を考えているかわかんないからなぁ……。
「そうか? 普通に好かれているように見えるが」
「ほほう?」
そうかな? カークおじさんもそんなふうに感じたかな? ふむふむ。ほうほう。なるほどなるほど。
うん。まぁ少なくとも嫌われてはいないよね。それはそうだと思う。
「……でもジスレアさんって、昔っからの知り合いなんですよね」
「うん? なんかまずいのか?」
「まずいこともないのですが……ただ、ジスレアさんは僕のことを赤ん坊の頃から――もっといえば、僕が生まれた瞬間から知っているんですよ」
「生まれた瞬間?」
「母の出産にも立ち会ったらしいですよ? ジスレアさんは腕のいいヒーラーさんなので」
何があっても大丈夫なように、現場でスタンバイしていたらしい。
「さすがにその瞬間は僕も覚えてなくて、後で聞いた話なんですけど」
「そりゃあアレクが覚えているわけないだろ……」
僕とか異世界転生者なもので、そうとも限らなかったりする。意識がはっきりしだしたのも、生まれて間もない頃だったし。
「さておき、それってどうなんでしょう? 幼児期どころか乳児期から知っている相手に、そういう感情を抱いたりするもんなのでしょうか……」
ジスレアさんには赤ん坊時代からお世話になっていた。
なにせ赤ん坊なもので、急に熱とか出ちゃったりすることも多かった。そんなときジスレアさんは、すぐに駆けつけて治してくれたのだ。
他にもジスレアさんは僕の世話を焼いてくれて、なんだったらおしめとか――――いや、やめよう。それは封印した記憶だ。思い返すのはやめよう。
「気にするかな? エルフなら普通なんじゃないか?」
「そうなんですかね?」
「長寿のエルフなら、十や二十の年齢差なんて誤差みたいなもんだろ? 恋人の赤ん坊時代をしっかり記憶していても、それほど変だとは思わないけどな」
「なるほど、確かに」
そう言われると、確かにそんな気もする。
人族のカークおじさんに、エルフの恋愛観を説かれるという不思議な事態になっているが、言っていることは確かに納得だ。
元々僕の方は問題にしていなかったのだけど、相手方もそうだと嬉しいね。
とりあえず赤ん坊時代のこととかは忘れて、今の僕を見てほしい。……僕も忘れるから、ジスレアさんも本当に忘れてほしい。
「といっても、カークおじさんが今言ったように長寿のエルフですからね。今はまだ、特定の誰かと深い仲になるつもりもあんまりないのですけど」
「ふーん?」
やっぱりエルフだからねぇ。もしも結婚とかになったら、何百年も一緒に暮らすわけだ。何百年である。それはちょっと考えちゃうよね。慎重にもなっちゃうよね……。
「まぁアレクは若いしな。なんだったら、エルフであることを抜きにしても若いくらいだろ? そんなに焦ることもないかもな」
そうなのだ。まだまだ若く、わんぱくな盛りなのだ。
あるいは、そういった恋愛やら結婚やらを抜きにして、一緒にどこかへ遊びに行ったり、おしゃべりしているだけでも楽しかったりするのだ。
「というわけで、今はいいです」
「そうか」
「もうちょっと遊んでいたいです」
「……責任感のないダメ男みたいな発言だな」
「…………」
そういう意味の『遊びたい』ではないのだけど……。
しかし『責任感のないダメ男』って文言は、妙に胸に突き刺さる言葉だな……。
next chapter:森の勇者3
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