第390話 第五回世界旅行
まだ出発まで時間があるので、僕とナナさんとミコトさんとユグドラシルさんの四人は、のんびりとゲームに興じていた。
せっかくなのでサイコロを使い、チンチロやクラップス、バックギャモンなどをプレイし、ゆったりとした時間を過ごしていた。
「――そういえばユグドラシルさん」
「うん?」
「例の道、とても助かっている。ありがとう」
「うむ、そうか」
「あぁ、あれは良いですね。大変歩きやすいです」
「そうかそうか」
例の道。ミコトさんやナナさんが絶賛する例の道とは、メイユ村から『世界樹様の迷宮』まで伸びる道のことだ。
今までその区間は、ただの森であった。ただの森ではあるが、僕達エルフには森適性があるため、すいすい歩けるし、迷うこともなかった。
しかしミコトさんはそうもいかない。ダンジョンメニューがあるので迷うことこそないが、エルフでないミコトさんが森歩きは、なかなかに大変だっただろう。
それを見たユグドラシルさんが、村からダンジョンまでの道を作ってくれたのだ。
神秘の世界樹様パワーで、獣道っぽい道をバーッと引いてくれた。
これにはエルフでないミコトさんもナナさんも、大ネズミのモモちゃんも大助かりである。
というか、エルフからしても普通に歩きやすい。ちょっとした獣道なので森判定は生きており、森補正が効いたまま、まっすぐダンジョンまで進める。とても助かる。
「一応ダンジョンからルクミーヌまでの道も引いて、そっちへも行けるようにしておいたぞ?」
「うん。まだ通っていないけど、道があるのは確認していた。ありがとうユグドラシルさん」
「うむ」
ほー。そっちは知らなかったな。両方の村へ伸びるように道を引いたのか。
「あるいは――全ての村々をつなげてもよいかもしれんのう」
「え? エルフ界全ての村と村とをですか? ……それはかなり大変なのでは?」
「わしくらいになれば、造作もない」
「おぉ……」
すごいな……。さすがはユグドラシルさん……。
話だけ聞くと一大公共工事な感があるのに、造作もないのか……。
「ふむ。大勢から意見を募ってみて、少し考えてみよう。お主も村と村がつながったら便利じゃろ?」
「僕ですか? ええまぁ、それはやっぱりそうですかね」
「モモも移動が楽になるじゃろうし、お主もいろんな村へ行けるはずじゃ」
「……なるほど」
なんだろう。モモちゃんに騎乗しないと、僕がどこの村へもたどり着けないと思われているのが、少し気にかかるね。
◇
「さて、そろそろですか」
時間的には夕方ちょい前。そろそろいいだろう。そろそろ出発してもいい頃合いだ。
というか、これ以上遅くなるのはさすがにまずい。
下手したら、出発だけで一日が終わってしまう。村を出た瞬間に、その場で野営なんてことになりかねない。
「うむ。では行くか」
「はい。よろしくお願いしますユグドラシルさん」
僕が椅子から立ち上がり荷物を背負うと、ユグドラシルさんも立ち上がり、出発の準備を始めた。
というわけで今回の旅には――ユグドラシルさんが同行してくれる!
ユグドラシルさんだ。ユグドラシルさんが付いてきてくれるのだ。
そうなると、もはや怖いものはない。なにせユグドラシルさんは最強だからな。
「いやはや心強いです。ありがとうございますユグドラシルさん」
「うむ。まぁエルフの森を抜けるところまでじゃが」
というわけで、実はそこまでだったりする。そこまでしか付いてきてくれない。大体一週間程度の同行になるだろうか。
少し残念だ。できたら一緒に人界めぐりをしたかったのだけど……。
でもまぁ仕方がない。なにせユグドラシルさんは神様。あんまり忙しそうにも見えないけど、れっきとした僕らエルフの神様。さすがに僕にかかりっきりというわけにもいかないのだろう。一週間も付いてきてくれるだけでも、とてもありがたいことだ。
「いよいよですねマスター。お気をつけて」
「応援しているよアレク君」
「ありがとうナナさん。ミコトさんもありがとうございます。――では、行ってきます」
二人の激励に応えてから、僕とユグドラシルさんは部屋を出る。
さてさて、それじゃあ――とりあえず家を出る前にリビングかな?
「父と母に、出発前の挨拶をしていいですか?」
「うむ。ではわしは……そうじゃな、少し離れて待っておる」
「え? 別に大丈夫ですよ?」
「いや、待っておる」
何やらちょっと気を遣ってくれた感じのユグドラシルさんだが……別にそこまで重たいシーンにもならないんじゃないかな。もう世界旅行も別れも五回目だしさ……。
「さ、行ってくるがいい」
「はぁ……」
ユグドラシルさんが頑なに遠慮するので、僕は一人でリビングへ。
ふーむ。そこまで期待されているのなら、一応はユグドラシルさんが思い描くような、感動的な親子の別離シーンでも演じてみようか――と思ったのだけど、父がおらんね。
代わりにと言っていいのか、母の正面にはジスレアさんが座っていた。テーブルを挟んで、二人でジェ◯ガをしながら談笑している。
この状態から感動シーンを演じるってのも、ちょっと厳しいものがありそうだ……。
「やぁ」
「こんにちはジスレアさん」
「もう出発?」
「そのつもりです。今回もどうぞよろしくお願いします」
「任せて」
軽く挨拶を交わす僕とジスレアさん。
続いて、両親にも出発の挨拶をしたいのだけど……。
「えっと、父はどこだろう?」
「朝からいないわね。お祭りで忙しいみたい」
「そうなんだ……」
父はアレク出発祭の運営が忙しくて、アレク出発に構っている暇がないらしい。
第一回世界旅行のときなんかは、軽く涙ぐみながら見送ってくれたはずなのにねぇ……。
「じゃあ母さん、行ってくるよ」
「いってらっしゃい。今回はいつ頃帰ってくるのかしら?」
「ん? うん、まぁ……二年後に」
「そういうのじゃなくて」
……そういうのじゃなくて?
それはどういう意味だ母よ。二年後だ。予定は二年後なんだ。
「今回は大丈夫」
「そう? そんなことを言いつつ、もう五回目よ?」
「大丈夫」
「本当に?」
「たぶん大丈夫」
引率者で同行者のジスレアさんが、母に『大丈夫』と繰り返す。
自信があるのかないのか、最終的に『たぶん』とか言い出したのが、若干気になる。
「そういえば、ジスレアには何か考えがあるって聞いたけど――」
「耳」
「ん? ん」
『耳を貸して』という意味だったらしい。母がジスレアさんの方に耳を寄せる。
そしてジスレアさんは母に、こしょこしょと耳打ちを始めた。
おそらく話しているのは、ジスレアさんの『秘策』とやらのことだろう。
この秘策のために、再出発まで一年以上の間隔が空いた。一年以上の準備が必要だった秘策とは、一体なんなのか。
当然僕としても内容が気になるのだが……やはり僕にはまだ内緒らしい。
僕は秘策とやらの詳細を聞いた母の表情を伺うが――
「ふんふん……。なるほど」
「えっと……」
「どうやら楽しい旅になりそうよアレク」
くすりと笑いながら、そんなことを言う母。
……なんか微妙に不安ね。
◇
母への挨拶を済ませた僕は、ユグドラシルさんと一緒に玄関へ向かった。
「さて、いよいよ出発ですユグドラシルさん」
「うむ。ジスレアは一緒に行かんのか?」
「あぁ、ジスレアさんは後から合流ですね」
「ふむ? いや、そういえば出発時、お主はいつも一人じゃったか?」
「まぁそうです」
いつも村を出てからジェレッド君に頼んだりDメールを使ったりして、ジスレアさんとは後から合流していた。
ユグドラシルさんも同様に、後から合流って形でもよかったんだけど……まぁせっかくのユグドラシルさんだしな。
ユグドラシルさんもアレク出発祭に参加してもらう形を取ってもらえば、お祭りがもっと盛り上がるかな、なんて……。
「あ、そうだ」
「ん?」
「『召喚:大ネズミ』」
「キー」
少し思うことがあって、モモちゃんを召喚してみた。
そしていつものように、下からにゅっと現れるモモちゃん。
「さてモモちゃん。今から世界旅行に出発するわけだけど、
「キー」
「じゃあちょっと失礼して」
モモちゃんがマジックバッグから鞍を取り出したので、受け取り、装着していく。
そして、装着し終わったところで――
「ではユグドラシルさん、どうぞ」
「え?」
「鞍へどうぞ」
「……わしが乗るのか?」
「さすがにユグドラシルさんが歩きで、僕が騎乗ってのもダメじゃないですか?」
「そんなこともないと思うが……。というか、それならモモも後で合流すればよかったじゃろうに……」
なんてことを言いつつ、いそいそとモモちゃんに騎乗してくれたユグドラシルさん。
よしよし。なんか良い感じだ。
前回のアレク出発祭で、『ユグドラシルさんが
……まぁなんというか、遊園地とかにあるパンダの乗り物で遊ぶ幼女っぽくも見えるので、それでしっくりきたのかもしれないけど。
「ではでは、いよいよ出発です。頑張りましょうユグドラシルさん」
「うむ。そうじゃな」
「とりあえず村を出るまで、頑張っていきましょう」
「……うん?」
これから村の出口まで、観衆の声援に応えながら、笑顔で手を振り続ける儀式が待っている。
時間にして、大体一時間ほどだろうか。実は結構きつい儀式だったりする。
さぁ頑張ろう。気合い入れていこう。
第五回世界旅行の、始まりだ。
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