第328話 アレクブラシ2
「そういえば、アレクと名前が同じだな」
「…………」
タワシ――アレクブラシを見つめながら、カークおじさんがそんなことを呟いた。
というかその台詞……。
もしかして僕がこれから旅を続けるにあたり、何度も聞くことになる台詞だったりしないだろうか……。
「アレクブラシは、アレクが作った」
「え!? いや……え、本当に?」
「本当」
「そうなのか……」
なんとなく僕が
まぁ、実際には違うんだけどね……。
別に僕が作ったわけではなく、チートルーレットで手に入れたアレクブラシをこの世界に広めただけだったりする。
「えぇと、なんやかんやありまして、僕の名前を付けて販売することになりましたね……」
「それは……すごいな。すごいじゃないかアレク」
「はぁ……」
「ん? どうした? なんだか気のない返事だが」
まぁねぇ。正直アレクブラシには、あんまり良い思い出がないから……。
それに、その名前もあんまり気に入っているわけでもなくて……。
「だって、自分の名前が掃除道具に付けられているんですよ? 少しイヤじゃないですか?」
「あー。どうだろう、そうなのかな……」
「カークおじさんだったらどうです? もしも掃除道具に『カークブラシ』なんて名前が付けられたら、やっぱりイヤじゃないですか?」
「俺の名前はカークじゃないから、別になんとも思わないが……」
……そういえばそうだった。
「とりあえず誇ってもいいんじゃないか? こうやって他の世界にまで進出しているんだ。大したものだろう」
「そうなんですかねぇ……」
そうねぇ、実際大したものではあるのかもね。言うなれば『界外進出』ってやつだ。きっと大したもの。
どっちかっていうと、僕の頑張りというかレリーナパパの頑張りな気もするけど。
「いやしかし、こいつはアレクが作った物だったのか……。確か三年ほど前にエルフ界から流れてきたと思ったが、まさかアレクがなぁ……」
「知り合いに敏腕な商人さんがいまして、その人が売り出してくれたんですよ」
というか、敏腕な商人さんがいつの間にか売り出していた。
「……ん? ということはつまり、アレクは三年以上前にこれを作って売り出したのか?」
「えーと、エルフの村で売り出したのは、僕が七歳くらいのときでしたかね」
「はー、七歳とは……」
ふむ。そう聞くとなかなかすごいな。七歳でそんな商売を始めるとは、なかなかすごい少年だ。
「アレクは昔から、いろんな物を発明している」
「そうなのか、いろんな物を?」
「つい最近も――魔法の杖を作って実験していた」
「……魔法の杖?」
……相変わらずジスレアさんは、僕に関しての説明が微妙だ。
なんで発明品の一例にそれをチョイスしたのか……。これ以上ないくらい大失敗した発明品じゃないか……。
まぁ、セルジャン落としやら水着だのといった発明品を紹介されるよりは、いくぶんマシだったのかな……。
◇
「ひとまず掃除をしよう」
というわけで部屋の掃除である。部屋に着いて早々いろいろとあったが、ひとまず掃除。
といってもカークおじさんは日頃からきちんと掃除をしていて整理整頓を心掛けているようなので、そこまで大掃除って感じにはならないだろう。
「とりあえず、これに全部詰め込んでおくか」
「マジックバッグは便利ですねぇ」
この部屋に置いてあるカークおじさんの私物は、ひとまず全部マジックバッグに詰め込んでおくことになった。
服やら防具やら剣やらアレクブラシやら、カークおじさんがマジックバッグにぽいぽい荷物を詰め込んでいく。
今さらも今さらだけど、マジックバッグは便利すぎるな。
「ん、そういえば何か言っていなかったか?」
「はい? 何がですか?」
「剣がどうのと、言い掛けていた気がするんだが」
あぁそれか。部屋で剣を見付けて話をしようとしたら、同時にアレクブラシも見付けてしまったんだったか。
「実はですね、僕も剣を使うんですよ」
「へぇ? アレクもそうなのか。エルフで剣はかなり珍しいんじゃないか? なんでまた剣を?」
「ああはい。それは僕の父が――」
「ん?」
「……ふむ」
さすがに僕の父が剣聖だと伝えるのは、やめた方がいいかな。
別に隠すことでもないけれど、自分のことを『剣聖の息子』だなんて紹介したら、僕のハードルが上がってしまう気がする。
「父親がどうしたんだ?」
「あ、はい。父は剣を使う――村長なんです」
「剣を使う村長……? その二つの単語の組み合わせは、なんだか耳慣れないな……」
「そうですね……」
『剣聖』と伝えるのも『勇者』と伝えるのも
よくよく考えると、別にわざわざ役職を紹介しなくてもよかった気がする。
「それでまぁ、そんな父の教えもあり、剣を学んでいるんです」
「そうなんだな。村長の教えか」
村長部分は、そこまでフィーチャーしなくてもいいんだけど。
「アレクは練習用の木剣も、自分で作る」
「あ、そうなのか。なるほど、さすがは木工エルフだ」
「私は普段アレクの練習相手を務めているので、私用の木剣も作ってもらった」
そんなことを話しながら、ジスレアさんは自分のマジックバッグをあさり、木剣を取り出した。
「これがそう」
「ほー。よくできているな。アレクがこの木剣を――」
「魔剣カラドボルグ」
「……え?」
「魔剣カラドボルグ」
「魔剣カラ……え?」
おおぉぉぉ……。
それ言っちゃうのか。その名前まで紹介しちゃうのかジスレアさん……。
「えっと……魔剣?」
「アレクがそう名付けた。実際にはまぁ……普通の木剣」
「そうか……。アレクが……ん? どうしたアレク、頭を抱えて」
恥ずかしい。なんだかとても恥ずかしい。えらい辱めを受けた気がする。
いやー……なんだろうね……。
自分から冗談っぽく『この剣は魔剣カラドボルグです』なんて言うのは大丈夫だけど、そんなふうに他の人が他の人に素のトーンで話されると、えらい恥ずかしい。
というかジスレアさんによる僕の説明は、毎回僕がなんらかの辱めを受けるな……。
◇
掃除が終わった。
カークおじさんの私物がマジックバッグに収められた後、軽く掃き掃除をして、テーブルやら棚やらを雑巾で拭いて、掃除終了だ。元々綺麗だったので、掃除もサクッと終わった。
掃除も済んだので、自分達の荷物を部屋に置き、一息つく僕とジスレアさん。
それからしばらく部屋でゴロゴロしていると、カークおじさんに呼ばれた。
何かと思ったら――夕ごはんだそうだ。
カークおじさんが、夕ごはんを用意してくれた。
「美味しいです」
「お、そうか。そう言ってもらえると、まぁ悪い気はしないな」
というわけで、カークおじさんの手料理である。
どうやらカークおじさんは料理もできるようだ。おじさんの手料理だというのに美味しいのだから、料理の腕前はなかなかのものなのだろう。
「綺麗な部屋を用意してもらって、美味しい料理もご馳走になって……もはやこれは、設備の充実した旅館ですよ」
「いや、そこまでじゃあないと思うが……」
部屋に食事に、さらにこの後シャワールームも貸してくれるという話だ。至れり尽くせりだな。素晴らしい旅館である。
「今日は本当に、何から何までありがとうございました」
「いいさ。なんだかんだ俺も今日は楽しかった」
「結局カークおじさんは、僕達の希望をすべて叶えてくれましたね」
「そうかな。まぁ、しっかり案内できたならよかった」
教会も材木屋さんも食料品店も行けたし、最初に無茶振りしたごはん屋さんも旅館もお土産屋さんもクリアだ。
いやはや、素晴らしいコーディネーターっぷりだ。ありがとうカークおじさん。
「他には何かないか?」
「他に?」
「他に、何か希望があったりしないか?」
「ふむ……」
十分希望を叶えてくれたというのに、さらに僕から希望を引き出そうというのか。
もはや恐ろしいほどのコーディネーターっぷりだ。なんて貪欲なんだカークおじさん。
……とはいえ、他に行きたいところもあんまり思い浮かばない。
強いて挙げるとすれば、ペナントを作ってくれそうな、布製品を扱うお店くらいかな?
それ以外で僕が行きたいところといえば――
「本当はギルドを見たいんですけど、この村にはないんですよね」
「あぁ、冒険者ギルドか。うちにはないなぁ」
ギルドで薬草の採取クエストを受けることを旅の目標のひとつに掲げている僕なのだが、残念ながらカーク村にはギルドがないらしい。
「んー、この近くでギルドがあるところといったら……ラフトの町かな。あそこにはあったはずだ」
「ほうほう」
ラフトの町。
町か。村ではなく、町……。
「行く予定」
「あ、そうなんですか。なるほど、ラフトの町へ……」
ジスレアさん曰く、その町へは立ち寄る予定だそうだ。
ギルドは楽しみだが……町か。
今まで村しか知らなかった僕だが、ついに町デビュー。これはちょっと緊張するね。
……というか、町に入れるのかな。
こんな怪しい覆面男が、町に入れてもらえるのだろうか……。そこはかとなく不安……。
next chapter:さようならカークおじさん。また二年後に逢う日まで
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