第305話 少し本気でいかせてもらうよ?


 世界旅行が始まって二週間。

 僕達の旅は、そこそこ順調に進んでいる。


 ジスレアさんの読み通り、一週間ほどでエルフの森が終わり、僕達は人界に入った。

 そこで僕とジスレアさんは――


「おー。エルフ界はここまでなんですね。ここから一歩足を踏み出すと――うん?」


「どうかした?」


「なんですかね……。なんだか落ち着かない気分です。森から出たせいでしょうか? なんとなく、そわそわと落ち着かない感じが……」


「『キュア』」


「あ、ちょっと落ち着いてきました……」


 ――なんて治されたりした。


 またあるときは、朝に目を覚ますと――


「なんかちょっと……。なんか様子が変です。少し体調が悪いみたいで――」


「『キュア』」


「どうやら慣れない野宿の日々で体調を崩し、熱が出てしまった――ようですけど、治りましたね。ありがとうございます」


 ――なんて治されたりした。


 またあるときは、移動中にうっかり――


「キ!?」


「いってぇ!」


「『ヒール』」


「うっかりヘズラト君から落ちて……あぁ、ありがとうございます」


 ――なんて治されたりしながら、僕達は旅を続けた。


 ……振り返ってみると、あんまり順調とも言えない旅だった気もする。

 細々とした問題が立て続けに起こっていたけど、無理やり治されながら進んできた感じだ……。


 まぁ毎回綺麗サッパリ治してもらっているわけで、ジスレアさんには感謝だ。

 相変わらず話を最後まで聞いてくれない点は少し気になるけど、即座に完璧に治してくれるジスレアさんには感謝しかない。


 ちなみにだが、無料である。『キュア』も『ヒール』も、お金を支払わさせてくれない。

 さすがに旅の同行者からはお金を貰ってくれないジスレアさん。それもまた、僕としては少しそわそわしてしまうのだけど……。


 さておき、そんな旅も今日で二週間。

 予定では、そろそろカーク村に着くという話だったはずだが――


「おはようございますジスレアさん」


「『キュア』」


「……いえ、もう大丈夫ですよ?」


 ここ一週間ほど、体調を崩したり、森を出てからそわそわと落ち着かない気持ちになっていたせいか、朝ジスレアさんに挨拶をすると、問答無用で『キュア』をかけられる日々が続いていた。


「森を出て一週間も経ちましたし。さすがにもう大丈夫です」


「そう。ならいい。また何かあったら頼って」


「ありがとうございます」


 この『森を出てそわそわ現象』は、エルフなら全員がなるものらしい。


 エルフには、標準で『森限定GPS』や『森歩き』といった森補正があるのだが、森から一歩出た瞬間、その特性は失われる。

 そこでの喪失感が、突然迷子になってしまったかのような感覚を呼び起こし、どうにもそわそわしてしまうとのことだ。


 とはいえ、森を出てかれこれ一週間。もうだいぶ慣れた。もう朝一で回復魔法をかけてもらわなくても大丈夫なくらいには慣れた。


「じゃあ、僕はちょっと訓練をしますね」


「毎日頑張るね」


「いえいえ、ちょっとした朝の運動程度ですが」


 それでは朝の日課、剣術稽古を始めよう。

 村にいるときは、ほぼ毎朝父と一緒にやっていた剣術稽古。僕にとって剣術稽古は、もはや朝のルーティーン――モーニングルーティーン的なものになりつつある。

 そんなわけで旅の最中ではあるが、素振りくらいはしておくことにしたのだ。


 ではでは、さっそく木剣を構え、上段から――


「手伝おうか?」


「はい? 手伝う?」


 こちらをぼーっと見ながら、なべにジスレア水をダバダバ流し込んでいたジスレアさんが、唐突にそんなことを言い出した。


「剣の訓練、私も手伝おうか?」


「えっと、それは……一緒に素振りを?」


「素振り? 違う。そうじゃなくて、戦おう。模擬戦」


「模擬戦?」


 模擬戦……模擬戦か。

 ジスレアさんと剣を交えるって発想が僕になかったため、『手伝う』と言われ、『一緒に掛け声でも上げながら素振りをしてくれるのかな?』なんて発想に至ってしまった。


 いやしかし、模擬戦とな?


「やっぱり木剣の方がいいかな? できたら一本貸してほしい」


「あ、でも訓練で使える剣は、これしか……」


 訓練用の木剣は、今僕が手に持っているこの一本だけだ。


「それはなんだっけ? 魔剣バルムンク?」


「……そうですね、魔剣バルムンクです」


 人から改めて『魔剣バルムンク?』などと冷静に聞かれると、ちょっと恥ずかしい気持ちになるね……。


「確か、アレクは木剣を二本持っていたと思ったけど」


「あぁ、世界樹の剣ですか。あれも一応木剣ではありますが、訓練で使っていい剣ではないかなって……」


 もはや木剣と呼んでいいのかすら疑問な剣だからな……。

 訓練で相手に向けるのも怖いし、向けられるのも怖い。


「そっか。じゃあ……これでいいか」


「…………」


 ジスレアさんはキョロキョロと周りを見渡してから、そこら辺に落ちていた長めの棒切れを拾い上げた。

 そして棒切れを手に、僕と正対するジスレアさん。


 ……え、まさかそれで戦おうというの?


「じゃあ始めよう」


「はぁ……」


 ……いやいやジスレアさん。それはさすがにジスレアさん。


 さすがにそれはちょっと――僕を舐めすぎではないかな?

 魔剣バルムンクを手にした、剣聖の息子である僕に対し、そこらの棒切れで戦いを挑むだなんて……。


 悪いけど、僕にもプライドというものがある。


 ――少し本気でいかせてもらうよ?



 ◇



 こてんぱんにされてしまった……。


 棒切れを装備したジスレアさんに、魔剣バルムンクを装備した剣聖の息子である僕が、ぼっこぼこにされてしまった……。


 ……いやまぁ、正直そんな予感はしていた。

 『少し本気でいかせてもらうよ?』などと調子に乗った発言を始めた時点で、結構な惨敗ざんぱいフラグが漂い始めた気はしていたんだ……。


「毎日やっているだけある。アレクも悪くなかった」


「はぁ……」


 そうなのかね……。ただの棒切れに、これでもかってくらい弄ばれてしまったけど……。


「明日も付き合う」


「あ、そうですか、ありがとうございます……」


 それは……うん、ありがたい。ありがたいことではある。


 ただ……とりあえず木剣をもう一本作ろう。急いで作ろう。

 それが急務だ。毎日ただの棒切れにぼこられるのは、僕のプライドが保たない。


 新たに木剣を作って――聖剣だか魔剣だかの名前を付けよう。

 聖剣にぼこられるってことならば、まだ僕のプライドもなんとか保たれるはずだ……。





 next chapter:森の勇者

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