第299話 ぷかぷかと流されていくエルフ達2


「平和だ……」


 『世界樹様の迷宮』4-1湖エリアにて、僕は平和を感じていた。

 エリア内の流れる湖で、浮き輪に乗ってぷかぷか流されていると、何やら平和を感じる。


 周りでは、大勢のエルフ達が僕と同じようにぷかぷかと流されている。

 もしかしたら、みんなも平和を感じているのだろうか……。


 そんな取り留めのないことを考えながら、僕がのんびり流されていると――


「おっと、すみません」


 近くで流されていたエルフの人に、僕の浮き輪が接触してしまった。

 ぶつかってしまった人の方を向き、僕が一言謝ると――


「あれ? ローデットさんじゃないですか」


「……ふぇ?」


「あ、すみません。おやすみ中でしたか」


「んん……。んー……。ん? あぁアレクさん、こんにちはー」


「はいこんにちは」


 僕がぶつかった人は、ローデットさんだった。

 ローデットさんも浮き輪でぷかぷか流されていたようだ。流されながら寝ていたらしい。


「この浮き輪はいいですねー。良い物をいただきました。ありがとうございますー」


「いえいえ」


 ローデットさんが乗っている浮き輪は、僕が特別に作ってプレゼントした物だ。

 普段はあんまり外を出歩かないインドア派のローデットさんだが、浮き輪で流されるのは好きなのか、夏の間はこのエリアに出向いているところをよく見かける。

 そんなローデットさんが喜ぶかと思い、僕はローデットさん用に特注の浮き輪を作ってみたのだ。


 それが、現在もローデットさんが使用している――ベッド型の浮き輪である。

 全身を預けることができる形状をしており、いわゆるフロートマットと呼ばれる物だ。


「何やらずいぶん気に入っていただけたようで、僕も嬉しいです」


「いいですよーこれ。毎日乗っていますー」


「そうですかそうですか」


 そこまで愛用してくれると、僕もプレゼントした甲斐があったというものだ。


 どうやらローデットさんは、毎日このエリアにやってきてはフロートマットの上に寝そべって、ぷかぷかと流されているらしい。

 ……道理で最近は、教会へ行ってもいないと思った。


 いや、それでいいのかローデットさん。修道女としての仕事は大丈夫なのかローデットさん。

 そりゃあ僕が作ったフロートマットをここまで喜んでくれているのは嬉しいけど、日中ほぼ教会にいないってのは、どうなのだローデットさんよ。


「そういえばアレクさんも――アレクさん?」


「あ、はい、なんでしょう」


「アレクさんもこのエリアが好きですよねー。よく見かける気がします」


「あー、そうですねぇ。やっぱり夏といえば4-1エリアですよ」


 そんな感じにしたいのだ。季節の風物詩にしたいのだ。


「私はここで浮き輪に乗るのが好きですけど、アレクさんは船とかにもよく乗っていますよねー。確か、あの船もアレクさんが作った物なんでしたっけ?」


「あぁはい。といっても、ほとんどフルールさんが作った船ですけど」


 夏になり、予定していた船の進水式めいたものもやってみた。

 大きな湖に船をたくさん浮かべて、一斉にスタートしてみたりもした。


 そして僕も――レリーナちゃんと一緒に船に乗った。


 なんとなく船とレリーナちゃんは相性がよくない予感がしていたのだけど……意外や意外、レリーナちゃんとのクルージングは、思いの外すんなり終わった。


「あれ? そういえばアレクさんは、船が完成したら旅に出るって話だったかと思いましたけど?」


「そうですね。そういう予定ではあったのですが……いかんせんジスレアさんがまだ戻ってきていないので」


 再出発が夏だと決まり、それならばと二ヶ月の一人旅に出発したジスレアさんだが、まだ村には戻ってきていない。


「たぶんもうすぐ帰ってくるとは思うんですけどね。……とはいえ、ジスレアさんも二ヶ月旅してきて、すぐに再出発ってのも大変でしょうし、とりあえずジスレアさんが戻ってきたら一週間くらいはのんびりしてもらって、それから出発しようかなと」


「そうですかー。じゃあ出発はまだ先なんですねー」


「そうですねぇ」


 ……たぶんこのことが、船上でもレリーナちゃんが比較的安定していた理由なんだろう。


 この後すぐ出発ということならば、レリーナちゃんも心穏やかではなかったはずだ。

 だがしかし、再出発はまだまだ先のこと。であれば、そう焦る必要はない。


 そんなわけでレリーナちゃんも船の上で普通に楽しそうにしていて、のんびりおしゃべりしたり、一緒に釣りなんかをしてすごした。


 こうして、ひとまず『良い船』は回避されたのだ。

 まぁ、『旅に出る前に、また乗ろうね』とレリーナちゃんから提案されたのは少し気になったが……。


「――あ、船といえば、ナナさんが船の操縦上手いんですよね」


「あぁ、ナナさんは『騎乗』スキルを持っていますからねー」


「ほうほう。やはりスキルの影響ですか」


 ふと思い出したので、解説キャラのローデットさんにそんな話題を振ってみた。


 僕の睨んだ通り、やはり『騎乗』スキルの効果で船の操縦が補正されていたらしい。

 予想通りといえば予想通りではあったが……なんだか微妙に釈然としない。さすがに『騎乗』の解釈広すぎない?


「『騎乗』スキルっていうのは、ずいぶん有効範囲が広いんですねぇ……」


「そうですねー。モンスターに乗るときもそうですし、馬や馬車、船にも適用されますからー」


「ふーむ……」


 なんでもありだな『騎乗』スキル。

 この分だと、いずれこの世界でも発明されそうなバイクや自動車にも適用されてしまいそうだ。


 ……いや、ひょっとすると列車や飛行機にすら適用されるかもしれない。

 この世界のスキルならば、そんなことがあってもおかしくはない。列車や飛行機、あるいは宇宙船までも『騎乗』スキルで上手いこと操縦できるかもしれない。


 ナナさんも普通に何千年も生きていそうな人だし、遠い未来、パイロットナナさんやアストロノートナナさんが誕生するかもしれないね……。


「他にも船といえば――『漁業』スキルなんかでも、操縦が上手くなるらしいですねー」


「『漁業』スキル……?」


「『漁業』スキルですー」


 ……ふむ、『漁業』スキルか。『漁業』スキルで操船技術が向上ってのは、なんとなく納得できる気がする。


 それにしても……『漁業』スキルは話題に上がることが妙に多いね。

 なんかのフラグなのかな? もしかしたら僕は、『漁業』スキルを取得する未来が待っているの?


 もしくは、違う世界線の僕は『漁業』スキルを取得していたりとか? そんな世界線の僕も、ひょっとするといたりするのだろうか……?


 あるいは前世で僕は漁業関係者だったり――

 あ、それは違うか。前世で僕は、ほぼ引きこもりのニートだったわ……。





 next chapter:同伴出勤

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