第289話 金で解決しよう


「エルフ族、ひいてはユグドラシルさんの名誉めいよを汚さぬよう、人界では細心の注意を払って行動します……」


「別にそこまで気を張らんでもいいが……」


 大恥をかいたことにより、謙虚けんきょな気持ちを取り戻した僕が改めて宣言したのだけど、そこまでは頑張らなくてもいいらしい。


「とにかくじゃ、わしも時々は村に訪れ、お主の状況をナナから聞こうと思う。――そうじゃな、その際ナナに頼んで、わしからもメッセージを送るとするか」


「ほほう? それは嬉しいですね」


 過酷な旅を続ける中で、もしかしたらユグドラシルさんからのメッセージが僕の活力となってくれるかもしれない。


 たぶんあれだ。僕が旅の途中で挫折ざせつしそうになったときに、ユグメールによって勇気付けられ、再び奮い立つんだ。たぶんそうだ。きっとそんな流れだ。


「いやー、楽しみですね。それは大変楽しみです」


「うむ。……まぁそこまで楽しみにされても少し困るのじゃが」


「あぁ、そうだ。ユグドラシルさんが家に来たときは、僕の部屋を自由に使ってもらって構いません」


「ん? そうか?」


「はい。といっても、もしかしたら物置にされてしまうかもわかりませんが……」


 なんせ二年だからな。それだけの間、いなくなる息子の部屋なんて、普通は物置にされてしまうものだろう。それが常識な気がする。


 そういえば現在ナナさんが使っている二つ隣の部屋も、以前は物置だった。今度は僕の部屋がその役目を果たすことになるかもしれない。


「もしも物置化の運命をまぬがれるようでしたら、使ってください。僕の木工シリーズも置いていきますから」


「ふむ、お主の木工シリーズは全て置いていくのか?」


「そうですね、さすがにそれらを持っていくのは…………持っていった方がいいですかね?」


「いや、わしに聞かれても」


 どうなんだろう? 木工シリーズって基本的に全部玩具おもちゃなんだけど、玩具はどうなの? いるのかな? さすがにいらない?


 トランプくらいなら持っていってもいいかもしれないけど、トランプはユグドラシルさんや家族が使うかもしれないしな……。

 それにニストランプは僕しか作れないわけで、それならみんなのために残しておいた方がいいのかな?


「んー。もしも旅の途中で使いたくなったら、そのとき自分で作ればいいわけですしね。木工シリーズの中でも遊具系は持っていかなくていい気がします」


「ふむ。そうか」


「……いやしかし、なんだかいろいろと悩みが尽きません。今もこうして荷物整理をしているわけですが、何が必要で何がいらないのか、いまいち判断が付かないです」


「確かにずいぶん時間がかかっているようじゃな」


「そうなんですよ、どうにも迷ってしまって……」


 なにせ二年だし、なにせ人界だし。

 文化も風習も人種も宗教も異なる国で二年の旅。そりゃあ荷造りも苦労する。


「そういえば、前にもこんなことがあったのう」


「前に? ……あぁ、初狩りのときですか」


 確か初狩り出発直前の荷物整理も、今みたいにユグドラシルさんの前でやっていたんだっけか。

 当時の僕はかなりテンパっていて、余計な物ばかりマジックバッグに詰め込んでいた記憶がある。


「あのときは相当慌てていましたからね。確か……母人形やセルジャン落とし、ユグドラシル神像まで持っていこうとしていた気がします」


「わしの神像は、持っていってもいいと思うが……」


「…………」


 そういえば、初狩りのときも持たせようとしてきたな……。


「いりますかね?」


「あっても悪くはないと思う」


「そうなんですかね……。いや、だけど下手したら現地の人族に、『エルフは世界樹の人形を持ち歩くのか……』なんて勘違いされちゃいますよ?」


「別に良いではないか……」


 良いのかな……。

 というか、そもそも『世界樹の人形』だと気付かれない可能性も高そうだ。下手したら『小さい幼女の人形を持ち歩く種族』だと勘違いされてしまう。


「んー、よし、これじゃな。持っていけ」


「あー」


 いつの間にかフィギュアラックの前に立っていたユグドラシルさんは、自分の神像を選び、僕のマジックバッグに押し込んできた。


「まぁ別にいいですけどね……」


「とはいえ、子供姿のわしを晒すのはあまり好ましくない。できるだけ隠すように」


「えぇ……?」


 別に僕も他の人達に見せびらかすつもりはないけれど、それにしたってわざわざ持っていって、その上で隠すのか……。


「それで、他にはどんな荷物を準備しておるのじゃ?」


「他ですか? まぁ、とりあえず武器を」


「武器か、武器は大事じゃな」


「世界樹の剣と魔剣バルムンク、それからアレクシスハンマー1号と弓。弓は二つですね、スペアの弓を一本追加で用意しました。それに矢を……あ、これとか『世界樹の矢』ですよ?」


「世界樹の矢?」


「前回貰った枝が少しだけ余ったので、矢尻を作ったんです」


「ほう?」


 僕はマジックバッグから世界樹の矢を取り出して、ユグドラシルさんに見せた。


 矢尻は三つしか作れなかったので、三本中の一本だ。

 試しに訓練場で使ってみたところ、米俵こめだわら型のまとをあっさりとぶち抜いた、恐ろしい矢である。


 世界樹の棒をバラしてしまえば、もっとたくさん作れるのだけど……それはミコトさんが反対するので。

 また今度枝を貰えることがあったら、そのときは多めに作ろう。


「ふむふむ。武器以外はどんな感じじゃろうか?」


「後は――着替えとか、タオルとか、毛布とか……枕、歯ブラシ、ひも、ハサミ、ナイフ、洗剤、水の魔道具、水筒、食料、塩、なべ、食器、IHの魔道具、ミニコンロ、回復薬セット、針金はりがね、木工道具、木材、かんなくず、紙、ペン、インク、お財布、タワシ、ギター、釣り竿、ルアー、竹かご、浮き輪……」


 僕はマジックバッグをごそごそとあさりながら、現在入っている物をユグドラシルさんに伝えた。


「何やらいらなそうな物もいくつかあるが……」


「やっぱりそうなんですかね……」


「ジスレアはなんと言っておるのじゃ? ジスレアに助言を求めた方がよいじゃろ」


「ジスレアさんは……『弓一本持ってくればいい。あとは私に任せて』と」


「それもまた極端じゃな……」


「さすがにそのアドバイスをそのまま聞くのもどうかと思いまして……」


 二年の旅だというのに、もしも本当に僕が弓一本だけ持って現れたら、ジスレアさんはどうするつもりだろう……。

 あるいはそのまま、『じゃあ行こう』とか言って、出発しようとするのだろうか……。


「そんなわけでいろいろ悩んでしまい、あれもこれもと詰め込んでいる状態でして……やっぱり木材ですかね。木材が嵩張かさばります」


「木材?」


「木工用の木材です」


 木工道具と木材さえあれば、ある程度なんでも作れるし、暇つぶしにもなるはずだ。

 なので木材を多めに入れたのだが……やはり嵩張る。いくらマジックバッグとはいえ、重量をゼロにはできないし、容量にも限りがあるのだ。


 こんなことなら世界樹の枝をとっておけばよかったかもしれない。

 あれなら加工に莫大な時間が掛かるので、ある意味暇つぶしにはもってこいの素材だった。


「木工用の木材……現地で調達したらよいじゃろ?」


「現地? あ、けどその辺の木を切っても、すぐに使えるというわけでもないらしいので……」


 なんか木材として使用できるまでには、結構な手間が掛かるという話だ。


 そういうわけで木材は事前に用意しておいた。二年分の木材をフルール工務店で購入しておいたのだ。

 フルールさんに『人界に家でも建てるのかな……?』と言われるほどの量だ。


「そうではなく、買ったらよいじゃろ」


「買う?」


「人界でも木材なぞいくらでも売っておるじゃろ、そこで買ったらよい」


「え? あ、そっか……」


 そうか、確かにそうだ……。

 あー、そっか。なんか気付かなかったな。なんか盲点だった。そりゃあ木くらい売っているか。


「あ、だけど大丈夫ですかね?」


「何がじゃ?」


「フルール工務店以外で木を買うなんて、許されるんですかね?」


「意味がわからん」


「フルールさんに対する裏切りになりませんか? フルールさんがショックを受けないといいのですが……。あるいはフルールさんが、嫉妬しちゃったりして――」


「せんわ。買え」


 ざっくりと一刀両断されてしまった。

 嫉妬しないのか。ちょっとしてくれてもいいのに……。


 しかしまぁ、そういうことなら人界で買うことにしようか。だとすると、荷物を大幅に減らせる。


「というか一応確認なんですけど、エルフ界で使っているお金は、人界でも使えるんですよね?」


「うむ。問題ない」


 ふむふむ。そうなのか。

 なんの問題もなく使えるってのも、なんかちょっと気になる話ではあるけれど…………まぁ難しいことは気にしない。


「となると、木材以外にもいろいろ減らせそうです。……なんですかね、『普通に現地で買う』って選択肢を失念していました。『二年分の準備をしなければ』などと思い込んでいました」


「それだと膨大な量の荷物になりそうじゃな……。向こうで買えるものは買ったらよい」


「そうしましょう。荷物を減らして、その分お金をたくさん持っていこうと思います」


「ふむ」


「なにせ、金ならあるんです」


「う、うむ……」


 リバーシやらなんやらで稼いだ儲けを、以前はほとんど親に預けていた僕だが、最近はかなり自由に自分で運用している。

 というわけで、金ならある。うなるほどある。僕は、持っている……! 金を……!


「そうとなれば――――金で解決していこうかと思います」


「金で解決……」


「できるだけたくさん現金を持っていきましょう。現地で困ることもあるでしょうし、ひょっとしたら人族の人と揉めることもあるかもしれません。そういうときも――金で解決しましょう」


「んー……」


 僕の宣言に対し、何やら口をもにゅもにゅさせながら押し黙るユグドラシルさん。何か言いたいことがあるようだ。


「その、『金で黙らせる』みたいなやり方は、どうかと思うのじゃが……」


「いや、だからって力づくで揉め事を解決するのはダメじゃないですか……? 力で解決するよりは、金で解決したほうが――」


「話し合いで解決せい」


「おっと」


 もっともである。なんか今日のユグドラシルさんはツッコミがキレているな。確かにその通りだ。まずは話し合いでの解決を試みるべきだろう。


 ……危ないところだった。危うく人族の地に、成金エルフが襲来しゅうらいするところだった。





 next chapter:アレクシス五大秘密

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