第281話 修行パート3


 今日は修行の日。

 世界旅行へ同行してくれる美人女医のジスレアさんと、一緒に修行をする日である。


「ちょっと冷えますね」


「うん」


 修行として、今日はどこに行こうかと二人で相談した結果、僕達は『世界樹の迷宮』5-1高尾山エリアまで、ハイキングにやってきた。

 そうしてやってきたのはよかったものの、ちょっと寒い。


「山頂だから仕方ない」


「そうですねぇ……うん?」


 改めて考えると、それもよくわからないな……。

 いくら高尾山といえど、山頂は寒い。――それはわかるんだけど、そもそもダンジョンは地下だ。

 一応ここは地下五階だというのに、登っていくと寒くなる。……なんだかよくわからない事態になっているな。


「どうかした?」


「いえ、なんでもないです。それよりジスレアさん、あれを」


「うん、宝箱」


 僕達の前方に、ちょっと豪華な木箱が置かれているのが見える。宝箱だ。

 高尾山のてっぺんには、宝箱が配置されている。……配置されているというか、僕が配置したのだけど。


 まぁ基本的に大した物は入っていない宝箱ではあるが、やはり開ける瞬間はワクワクするものだ。


「ではジスレアさん、どうぞ」


「いいの?」


「どうぞどうぞ」


「ありがとう」


 実はジスレアさんは、ダンジョンの宝箱を開けるのが大好きな人だったりする。

 毎回楽しそうに宝箱を開けるジスレアさんを見ていると、ついついダンジョンに宝箱をもっと増やしたくなってしまうね。


「何かなー」


「なんですかねぇ」


「これは――肉だ。トードの肉かな?」


「ふむふむ。そこそこ良いものでは? 食べられますし」


 ちゃんと食料として使えるお肉だ。ならばきっと当たりの部類に入るだろう。

 しかもこのダンジョンでは、基本的にトードは皮を落とす。そう考えると、トードの肉は結構レアなアイテムかもしれない。


「二人でわけよう」


「そうですね。……あ、なんなら今ここで、少し焼いて食べましょうか」


「ん、それはいいね」


 ジスレアさんも乗り気なようだ。

 よしよし、それじゃあ二人でBBQだ。大自然に囲まれた癒しの空間で、BBQと洒落しゃれ込もうじゃないか。


 ……まぁ、大自然に囲まれた空間な以上、やっぱり火気厳禁だったりする。

 ダンジョンといえど、そこは変わらない。調理はいつもの『IHの魔道具』と鍋である。これはちょっとだけ残念ポイントだな。


「あ、もしかして旅の最中は、こういった食事が基本になったりするんですかね?」


「うん。魔物を捕まえて、焼いて食べるのが基本」


「ほうほう」


 やはりこのBBQスタイルが、基本的な食事スタイルになるらしい。

 だとすると、このBBQは世界旅行の予行演習とも呼べる作業かもしれない。


 いやはや、これは予想外だ。まさかジスレアさんとの修行が、本当に旅へ向けての訓練になるとは……。


「じゃあ切るね」


「ありがとうございます。鮮度も良さそうなお肉ですね」


「うん。取れたてっぽい」


「そうですかそうですか」


 まぁお肉は熟成させた方がいいって話も聞いたことがあるし、鮮度抜群のお肉が良いことなのか悪いことなのか、いまいち僕にはわからないけど…………うん? 鮮度抜群?


「あ、だとするとダンジョンの宝箱って、中身がずっと入っているわけでもないんですね」


「ん? あぁ、確かに」


 さっきの宝箱がどのくらい放置されていた物なのかはわからないけど、中のトード肉は新鮮な状態で、傷んでいたり腐っていたりということもなかった。

 ……というか、腐ったカエル肉が中身の宝箱なんて、さすがに存在しちゃダメだろう。


 さておき、そういうことであれば、宝箱にトード肉がずっと入っていたとは考えにくい。

 では、いったいどういうことなのか?


「開ける瞬間に中身が作られるのかな?」


「そんな感じなんでしょうねぇ」


 だから、つまりあれだ、シュレディンガーの猫だ。たぶんそんな感じだ。


「今度宝箱を見付けたら、ほんの少しだけふたを開けて、中身を覗いてみよう」


「なるほど、やってみましょう」


 ほんの少し開けた程度なら、宝箱も気付かないかもしれない。まだ中身が生成されていない宝箱を覗けるかもしれない。今度やってみよう。


「さて、そんなことを言っている間に準備が整いました」


 ジスレアさんがトード肉を切ってくれて、僕はIHの魔道具と鍋の準備を終えた。あとは適当に塩を振って焼くだけだ。


「ジスレアさんは、普段料理とかするんですか?」


「あんまりしない」


「なるほど」


 確かに料理しそうな雰囲気はあんまりないかもしれない。いや、なんとなく。


「アレクは?」


「僕もしないですね。家では母とナナさんが張り切って料理をしているので」


「あー、そうかミリアムか。ミリアムが作れば、このトード肉ももっと美味しいんだろうけど」


「そうですねぇ」


 きっとそうなんだろうな。母ならば、切って塩を振って焼いただけでも、『料理』スキルの効果で数段美味しい料理に仕上がるのだろう。ちょっとずるい。


 とはいえだ、このトード肉だって捨てたもんじゃない。

 なにせ美人女医のジスレアさんが焼いてくれるお肉だ。美人女医さんとBBQをして食べるお肉なのだ。


 そう考えただけで、このトード肉には価値がある。味とかそういうのを超越した価値がある。僕はそう思う。



 ◇



 BBQは美味しかったし楽しかった。さすがジスレアさんだ。


 お肉を食べ終わったところ、ジスレアさんが開けた宝箱がまだ残っていたので、その中にBBQで出たゴミを放り込んだ。


 宝箱は開けてからしばらく経つと、地面に宝箱ごと吸収されていくのだが、その際ゴミなんかも入れておくと、一緒にもっていってくれる。

 つまり開けた後の宝箱は、ゴミ箱にもなってくれるのだ。


 まぁ最初からゴミと呼べるような物しか入っていないゴミ箱状態の宝箱ってのも、よく見るのだけどね……。

 宝箱の中身がそんな感じだった場合は、そのまま中身を放置して即回収してもらっている。


「ところでアレク」


「はい? なんでしょう?」


「あと二ヶ月もしたらディアナが誕生日を迎えて、そしたらいよいよ出発」


「あー、そうですね、もうすぐですね」


 僕がワイルドボアを倒し、世界旅行中が決まってから、なんだかんだで一年以上経った。

 あっという間だったようで、それでもいろいろあった一年だった。

 というか、たぶん出発までの残り二ヶ月でも、いろいろと起こりそうな予感がする……。


「二人で旅をするにあたり、問題になってくることがひとつある」


「問題ですか……? はて、なんですかね?」


「それは――移動力」


「移動力?」


「アレクはあんまりない」


「…………」


「あ、いや、私に比べたらだけど……。私に比べたら、アレクは移動力があんまりない」


「……そうですね」


 ジスレアさんが、オブラートに包みながらも僕のことをクソザコナメクジだと指摘してきた。


「そんなアレクの移動力不足解決のため――ひとつ思い付いたことがある」


「僕の移動力不足を、解決する方法ですか……?」


 僕の課題として、長年取り沙汰されてきた移動力不足。

 僕としては半ば諦めかけていることなのだけど、ジスレアさんは解決法を模索してくれたらしい。

 さてさて、果たしてそれは、いったいどんな解決法なのだろう?


 ……もしかして、前に言っていた背負子しょいこのことだったりしないよね?





 next chapter:修行パート4

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