第167話 ジスレアさんとお花見
――ジスレアさんとのお花見会当日。
僕はジスレアさんと一緒に村を出発し、森の中を進み、『世界樹様の迷宮』2-1エリアまでやってきた。
「どの辺りにあるのかな?」
「そんなに遠くはないです」
僕達は2-1森フィールド内をのんびりと歩き、桜の樹を目指す。
「今日はですね、母にクッキーを焼いてもらったんです」
「へー」
お弁当代わりの軽食として、クッキーを焼いてもらった。
お願いしたのは母だ。母に焼いてもらった。
怪しい女の手料理かママの手料理か、悩んだ結果――僕はママの手料理を選択した。
マザコンだと思われないか、ビクビクしながらジスレアさんに報告してみたのだけど、返ってきた言葉は『へー』だった。
そうか、『へー』か……。いや、まぁいいんだけどね……。
「それから、お茶を入れるための道具も持ってきました」
「うん」
「ついでに、大ネズミの皮も持ってきました」
「うん?」
「
「ああ、それは良いね」
僕が今回のお花見計画を伝えると、ジスレアさんも楽しげに微笑んでくれた。
うんうん。それじゃあ今日はジスレアさんと二人で、のんびりお花見会と
「あ、見てください、あの樹です」
「あぁ、うん。あのピンクの花が咲いてる?」
「そうですそうです。あの樹が――うん?」
遠目に見えてきた桜の樹。それはいいんだけど……。
「なんか……人がたくさんいますね」
「そうだね。何人いるんだろう」
歩みを続けるうちに、桜の樹もはっきりと見えてきた。――それと同時に、大勢の人影も見えてきた。
「というか、ものすごくたくさんいますね……」
「そうだね、何十人だろう……」
さすがのジスレアさんも少し驚いている。
等間隔に植えられた六本の桜の樹。その樹の下には、何十人もの村人が集まっていた。
そして全員が立ち止まって、興味深げに桜の樹を見上げている。
「これってやっぱり、みんな桜を見に来たんですかね……」
「さくら?」
「あ。……えぇと、あの樹の名前は桜というらしいです」
「そうなの?」
「……ユグドラシルさんがそう言ってました」
とっさのことで、ついユグドラシルさんを頼ってしまった……。これは、ユグドラシルさんごめんなさいリストだな……。
「それで、何だっけ?」
「あ、はい。みんな桜を見に来たのかなって」
「たぶんそうだと思う。いつもこんなに人はいないし」
「ですよね……」
エルフの口コミは恐ろしいな。少し前に僕が来たときは誰もいなかったのに、もうこんなに集まっているとは……。
「もうちょっと近くで見たい」
「そうですね。じゃあ、もう少し進みましょう」
「うん」
というわけで、人であふれた桜に近付く。
その際僕とジスレアさんは、人混みではぐれないように手をつないだ。――手をつないだ!
ありがとう、口コミでお花見に集まったエルフの人達!
「あー、すみませんすみません」
「ありがとう」
二人で歩いていると、お花見に集まったエルフの人たちが僕らに道を開けてくれた。
子どもの僕に気を使ってくれたのだろうか? なんとなくモーゼ気分を味わいつつ、僕たちは感謝しながら人混みを進む。
「うん。綺麗」
「そうですねぇ」
立ち並ぶ桜の中心辺りまで来たので、僕とジスレアさんは立ち止まり、桜を見上げる。
僕らを取り囲む大勢のお花見エルフの人たちも見上げている。みんなで見上げている。
……ここまでちゃんと花を見るお花見会ってのも、前世ではなかなかない気がする。
「じゃあ、アレク」
「はい?」
「大ネズミの皮を」
「え」
「大ネズミの皮を敷くんでしょ?」
「えっと……」
本気かジスレアさん。この状況でも僕が言った『レジャーシートの上でのんびりお花見』を決行するつもりなのか。
かなり邪魔だし、どう考えても好奇の視線に
「いえ、確かに僕はそんな話をしましたが、ここまで人がいるとは思わなかったので……」
「あー、そっか」
「他の人の迷惑になっちゃうので、さすがに――」
と、僕が言ったところで、周りのお花見エルフたちが「いいよいいよ」と言いつつ、僕らから距離をとってくれた。無駄に協力的だな……。
「なんか大丈夫みたい」
「えぇと……」
「じゃあお願い」
「はぁ……」
ジスレアさんが妙に積極的だ。
もしかしたらジスレアさんも、僕が話したお花見計画に期待していたのだろうか? だとしたら、それは確かに嬉しいことだけど……。
仕方ないのでジスレアさんとお花見エルフ達に見守られながら、僕は地面に大ネズミの皮を二枚敷いた。
「どうぞ」
「ありがとう」
敷かれた大ネズミの皮の上に座るジスレアさん。僕も座ってから、お花見の準備を始める。
とりあえずお茶を入れるため、マジックバッグから魔道具を取り出した。
心の中で『IHの魔道具』と呼んでいる、発熱する魔道具だ。その上に鍋を置き、水を入れる。
そしてお湯が沸くのを待ちつつ、ポットとカップと草を準備する。
……淡々と作業を進めているが、お花見エルフ達に凝視されているのを感じる。花を見なさいよ花を。
なんか「なるほど」とかつぶやいているのも聞こえた。何がよ? いいから花を見なさいって。
「あ、こちらもどうぞ」
僕はお皿を取り出して、その上に母が作ってくれたクッキーを置く。
「ありがとう。ミリアムが作ったんだっけ?」
「そうですそうです。今朝焼いてもらいました」
「へー」
つまんだクッキーをポリポリとかじり、『へー』とつぶやくジスレアさん。『へー』だそうだ。『へー』か……。
しばらくしてお湯が沸いたので、ポットにお湯と草を投入する。
「いい香り。何の葉だろう?」
「さぁ……?」
茶葉のことを『草』と呼んでしまう僕にわかるはずもない。
適当に家から持ってきたんだけど、なんの草だか聞いておけばよかったな。
とりあえず五分ほど蒸らして、たぶんハーブティーが完成したので二つのカップにをそそぐ。
「できましたー」
「ありがとう」
ジスレアさんがカップを持ち、フーフー吹いてからお茶を一口飲む。
「美味しい」
「あぁそうですか、よかったです。家のを持ってきただけなんですけど、何の葉っぱですかねこれ?」
「さぁ?」
ふと気になったので聞いてみたのだけど、ジスレアさんもわからないそうだ。
さてはジスレアさんも、あんまりハーブティーにこだわりとかないな?
「お茶もクッキーも美味しいし、桜も綺麗」
「そうですねぇ」
「今日はありがとうアレク」
「いえいえ、とんでもないです」
ジスレアさんも喜んでくれているようで、僕も嬉しい。
「これはいいね、また今度来よう」
「そうですね、また来年来ましょう」
「来年?」
「あ……。えぇと、桜の花は二週間ほどで散ってしまうらしく、再び咲くのは来年らしいです」
「そうなんだ?」
「……ユグドラシルさんがそう言ってました」
これはまた、ユグドラシルさんごめんなさいリストだな……。
「じゃあまた来年一緒に来よう」
「はい」
こうして僕とジスレアさんは美味しいクッキーとハーブティーを楽しみ、美しい桜を楽しみ、のんびりとお花見を楽しんだ。
来年もまた、二人でのんびりお花見を楽しめればいいな。――そんなことを夢想しつつ、僕達は穏やかな時間を過ごした。
――で、それはいいんだけど……周りのお花見エルフ達の様子が微妙に気になる。
僕の様子を興味深く見守っているのも気になったんだけど、なんか自分たちも似たようなことを始めたのも気になる。
ふと気が付くと、お花見エルフの人達はグループに分かれて、みんなで料理を始めていた。
魔物の皮を敷いて座り、魔道具で肉を焼いたり、スープを煮込んだり……。
なんだろう……。ある意味お花見っぽい雰囲気になったような気もするけど……。
ただ、どちらかといえばお花見というよりは、キャンプだかサバイバルの
……けどまぁ、みんな楽しそうだしいいか。
next chapter:レリーナちゃんとお花見
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