第158話 何故わしを倒そうとする……


 僕とユグドラシルさんは、二日にわたって母の髪をとかし、髪の毛を回収した。


 父、母、僕……。そしてナナさんに、ダンジョンコア。

 一応これで家族の髪の毛収集は終わった。


 二日間で家族枠の収集が終わると、ユグドラシルさんは『うむ。お疲れ様でしたー』と言い残し、帰っていった。


 それから二週間後――


「だいぶ進化しましたね」


「そうじゃなー」


 再び遊びに来たユグドラシルさんが、シガーボックスにきょうじている。


 まだそれほど回数を重ねていないというのに、ユグドラシルさんのシガーボックステクニックはとどまるところを知らない。


 今もユグドラシルさんはボックスをポンポンと上に飛ばしては、下でキャッチする離れ技を悠々とこなしている。

 ボックスもただ飛ばすだけではなく、クルクルと回転させながら飛ばしたり、自分がクルリと回転してからキャッチしたりと、着実に進化を重ねている。


「さて――では今日も、回収しに行くとするかのう」


「よろしくお願いします」


 シガーボックスがひと段落したところで、今日もまた髪の毛の収集が始まる。


「家族枠は無事に終了しましたので、今日からは家族以外の五人から髪の毛を集めることになります」


「ふむ」


「というわけでユグドラシルさん」


「うん?」


「ユグドラシルさんの髪の毛を僕にください。……いや、引かないでくださいよ」


 また僕からちょっと距離をとったユグドラシルさん。

 何故だ、これ以上ないくらい髪の毛を欲する理由は伝えたというのに……。


「す、すまぬつい……。そうか、わしの髪か」


「はい。お願いします」


 前回ユグドラシルさんが家に来たとき、僕は『ユグドラシルさんの髪の毛をください』『髪の毛集めを手伝ってください』と、二つのお願いした。

 そして後者の『髪の毛集め』を手伝ってもらったのだが、前者の『髪の毛をください』の方は、すっかり忘れてしまっていた。


「うーむ……渡すのは構わんのじゃが」


「何か問題が?」


 『髪の毛を収集されるのが気持ち悪い』以外に、何か問題があるのだろうか?

 ……いやまぁ、本当にそう思われているとしたら、それはそれで問題であり、かなり悲しいのだけど。


「わしの髪は、集めても意味がないと思うのじゃが」


「意味がない?」


「わしのこの姿は写し身であり、本来の姿は大きな世界樹じゃ」


「はぁ」


 ユグドラシルさんが両手を大きく広げ、ジェスチャーで『大きな世界樹』を表現した。

 どことなく微笑ほほえましい動きに、なんだかほっこりする。


「世界樹が無事であれば、写し身は何度でも作れるのじゃ」


「え、そうなんですか?」


 そうなのか。ユグドラシルさんは滅びず、何度でもよみがえるのか……。

 確かにそれなら髪の毛を集めておく意味がない。


「それでも髪が欲しいというなら渡すが……」


「いえ、使い道がないのなら別に貰う必要はないのですが……」


 使い道がないのに髪の毛を欲しがったら、本当にただの変態になってしまう。


「えぇと、新しい写し身というのは、すぐに作り直せるのですか?」


「うむ」


 そうか、じゃあやっぱり貰う必要はなさそうだ。


「……しかし、それはなんだかすごいですね。つまり――例え戦闘で負けたとしても、すぐに新しい写し身で戦闘再開できるってことですか?」


 なんというゾンビ戦法、終わりのない無限ループだ。


「まぁわしは戦闘で負けたことがないが」


「…………」


 ユグドラシルさんが、なにやらとても格好良い台詞を言い放った。


 何しろ、ちょっと頭を握っただけで僕をレベルアップさせてしまうほどのユグドラシルさんだ。たぶん強いんだろうとは思っていたけど、そこまで強いのか……。

 しかも、そんなに強いユグドラシルさんが無限に生成されて攻めてくるとか……無理ゲーじゃないか。


「え、じゃあ、どうやったらユグドラシルさんを倒せるんですか?」


「何故わしを倒そうとする……」


「いえ、別に倒そうとしたわけじゃないんですけど……」


 あまりにもユグドラシルさんがチートすぎてラスボスすぎて、攻略法がまるで見えなかったから……。

 なので本人に、攻略法をちょっと聞きたくなってしまったんだ。


「まぁこの写し身も、世界樹がなければ作り出せんが……」


「あ、なるほど。大本おおもとの世界樹を攻撃しないとダメなんですか」


「何故わしを倒そうとする……」


「そういうわけでもないんですが……」


 倒そうとも、倒したいとも思っていないのだけど……。

 むしろ倒されてしまったときの保険として、髪の毛を収集しようとしているくらいなのだ。


「あ、それなら髪の毛ではなく、世界樹の枝か何かをいただけますか?」


「枝?」


「はい。もし大本おおもとの世界樹に何かあったときも、枝があればそこから世界樹が復活できるんじゃないかと」


「……そんなことができるんじゃろうか?」


「植物も蘇生薬で蘇生できることは確認済みです。ならば世界樹も、同様に蘇生できると思うのですが」


 ――植物での実験。

 

 以前実験で、大ネズミに蘇生薬を数てきかける――なんてことを僕はしていた。

 その際、たった数滴でもしばらく効果が続く蘇生薬を見て、僕はもっと薬を節約できる方法を思い付いた。


 それが――爪楊枝つまようじだ。

 爪楊枝を蘇生薬のビンに差し込み薬を付着させ、その爪楊枝を対象に当てることで、当てた対象を蘇生できるはず。――僕はそう考えた。

 その考えをひらめいたとき、僕は自分のことを天才だと思った。


 そして僕は自分の考えを実証するため、森で見つけた大ネズミを打ち倒し、自作した爪楊枝を蘇生薬にひたした。


 その瞬間――爪楊枝が蘇生した。


 僕は慌てふためいて爪楊枝をビンから引き抜き、そのまま地面に放り捨ててしまったが……爪楊枝はみるみるうちに、立派な大木へと変化した。


 もしもあのとき爪楊枝をビンから引き抜かなかったら、いったいどうなっていたのだろうか……。

 思い出すだけでも体が震える。


「とりあえず植物での実験は済んでいます。きっと大丈夫だと思います」


「ふーむ……。そういうことなら世界樹の枝を今度持ってくるかのう」


「はい。お願いします」


「うむ。……いや、むしろお願いするのはこちらの方か」


「いえいえ」


 これでも一応エルフのはしくれだしね、エルフの神が死んでしまったら困る。

 まぁそれ以前に、ユグドラシルさんがそんなことになってしまったら、僕が悲しい。


「これで安心ですね。枝さえ保管しておけば、いつ世界樹が切り倒されても大丈夫です」


「何故わしを倒そうとする……」


「違いますよ……」


 切り倒されてしまった場合の話で、別に僕が世界樹を切り倒そうとしているわけではない。


「というかですね、僕は世界樹を見たことがないんですけど、切り倒せるようなものなんでしょうか?」


「世界樹をか……? 無理じゃと思うが?」


 少しだけ考えたあと、そうつぶやいたユグドラシルさん。

 まぁこの世界の神様だし、そうそう簡単には倒せないよね。


「以前、お主に枝をやったじゃろ?」


「ええ、はい。貰いました」


 確か初狩りのお祝いだったかな? 枝を貰って、世界樹の剣を作った。


「世界樹本体は、あの枝ほど簡単には切れん」


「簡た――え? 簡単?」


 あの枝は、簡単に切れるの……?

 僕はあの枝を剣に加工するまで、半年近くかかったんだけど? すごく硬かったんだけど?


「どうしても世界樹から切り離された枝は、そこまで硬度を保てんからのう」


「そうなんですか……」


 硬度を保ってないのに、あんなに硬いのか。硬度とはいったい……。


「その点、本体はすごいぞ? そんじょそこらの戦士では傷ひとつ付けられん。それほど硬い」


「それはすごいですね……」


 そんじょそこらの戦士ですらない僕では、髪の毛一筋ほどの傷も付けられそうにないな……。


「それに大きいしのう」


「はぁ」


 ユグドラシルさんが両手を大きく広げて、ジェスチャーで『大きな世界樹』を表現した。

 手を広げながら「こんなじゃこんな」と話すユグドラシルさんに、なんだかほっこりする。


「さらに、世界樹は回復する」


「回復?」


「どれだけ傷つけられようと、すぐに回復する。例えみきの半ばまで切られようと――瞬時に回復してつながる」


「え……」


「というか両断されてもつながる」


「えぇ……」


 なにそれ……。めちゃくちゃだ、本当にチートボスすぎる……。

 もしや細胞のひとつでも残したら、そこから復活するんじゃないだろうか……。


「そんなの、どうやって倒したらいいんですか……」


「世界樹は倒せん」


 またしてもなにやら格好良い台詞を言い放つユグドラシルさん。「フフン」と笑いながら、自慢気に胸を張る。


「というか、アレクは何故わしを倒そうとするのじゃ……」


「誤解ですって……」





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