第156話 わしのポーズ
「『ここからが本当の地獄だ』なんてことを、思わず言ってしまったわけですが――」
「言ってたか?」
話の途中でユグドラシルさんからツッコミが入った。
あれ? 言ってなかったっけ? 心の中で思っただけだったかな?
「とにかく、そんなことを思っていたんですよ。……しかしよく考えると、父よりももっとチョロい奴がいました」
「チョロい奴?」
「山田です」
「山田……あぁナナのことか。何やらお主にしては、言葉の
「ええ、まぁ……」
実は、ナナさんにも『女の子の髪の毛集めを手伝ってほしい』とお願いしたのだ。
だけどナナさんは『私まで変態だと思われたくないです』などと言って拒否してきた。
ひどい言い草だ。いいじゃないか手伝ってくれても。
というか、
そんな過去があったせいか、微妙に
「とりあえずナナさんは事情を知っているので楽勝です。ササッと回収しに行きましょう」
「うむ」
◇
ナナさんの部屋の前まで来た僕とユグドラシルさん。
「ナナさーん。僕だけど、入っていい?」
「いいですよー?」
「お邪魔しまーす」
「邪魔するぞー」
部屋の扉をノックして確認をとってから、僕らは入室した。
「やあナナさん――何してるの?」
「
「わしのポーズ……?」
「鷲ですよ。鳥の鷲。ヨガのポーズです」
「そうなんだ……」
なんだか部屋でおかしなポーズをとっていたナナさん。
てっきり新たな武術だか拳法だかを
「ヨガ?」
「ああ、いらっしゃいませユグドラシル様」
「うむ」
「このポーズをとることで、肩こりが治るのですよ」
「ほー」
肩こりに効くヨガなんだ……。
というか、よくそんなのを知っていたなナナさんは。
どこかで僕が得た知識なんだろうけど、正直僕は覚えていない。
「ナナは肩がこっておるのか?」
「そういうわけでもないのですが……なにせ私は爆乳ですから」
「爆乳……?」
「爆乳です。肩こりの予防にもなるそうなので、やっています」
ナナさんの胸を見て、不思議そうにするユグドラシルさん。
エルフ比だと大きいってだけで、やっぱり爆乳ではないよね。
「よくわからんが……本当に肩が痛くなったら、ジスレアのところへ行った方がいいと思うが」
「ジスレア様ですか?」
「魔法で治してもらえばいいじゃろ」
「魔法……? 魔法ですか……?」
この世界の人らしく、『怪我したら魔法で治せばいいじゃん』って感覚のユグドラシルさん。
個人的にその考えはどうなんだろうと思わなくもないけれど……まぁヨガまでやって肩こり予防をすることもないのかなぁとも思う。
「もしかして、ヨガは……無駄?」
「うーん……まぁ、予防にそこまで気を使う必要はないのかもね」
「やっぱり無駄ですよね……」
鷲のポーズを解いて、なんだかうなだれてしまったナナさん。
「何故私は、あんな無駄な時間を……」
「……えぇと、鷲のポーズだっけ? 結構やってたんだ?」
「今日で二日目です」
大してやってないじゃないか……。
「今のうちに無駄に気付けてよかったと思いましょう。ありがとうございますユグドラシル様」
「うむ」
ナナさんはユグドラシルさんに感謝してから、床に敷いてたヨガマットを片付け始めた。
……よく見たらこのヨガマット、大ネズミの皮だね。
そういえば以前『一枚欲しい』と言われて、ナナさんに渡したんだっけ。
さっき父に使った大ネズミのケープといい、使いみちがないと思っていた大ネズミの皮が、ここへきて案外活用されている……。
まぁ大ネズミのケープも大ネズミのヨガマットも、今後使われることはなさそうだけど……。
「それで、何か御用でしょうか?」
「あ、うん。髪の毛回収」
「髪の毛? あぁ、蘇生薬用の髪ですか」
「そうそう」
やはり事情を知っているナナさんは、話が早い。
……いや、早いのかな? 鷲のポーズがどうのこうのやっていたせいで、無駄に時間をとった気もする。
「それでユグドラシル様もマスターに付き添っているのですね」
「うむ。頼まれてのう」
「そういえば私が手伝えないとマスターに話したとき、『いいもん! じゃあユグドラシルさんに手伝ってもらうもん!』と、言っていましたね」
……そんな言い方だったかな?
いや、さすがに『いいもん!』なんて言い方はしていなかった――と、思いたいんだけど……。
「さておき、私の髪ですか。確かにまだ渡していませんでしたね」
「うん。お願いできるかな?」
「ではマスター、切ってもらえますか?」
「僕が切るの?」
「よろしくお願いします。厚め重めマッシュバングで、サイドはナチュラルなひし形レイヤー。マニッシュな大人かわいい感を――」
「何を言っているかわからないよナナさん……」
たぶん髪型の話で、これも僕がどこかで得た知識なんだろうけど……何を言っているか全然わからない。
とりあえず僕にはそんなヘアカット技術はないし、そもそもナナさんのヘアスタイリングをしに来たわけじゃない。
「ちょっと僕には無理そうだから、今の髪型が変わらないように数本だけ切るよ……?」
「そうですか」
というわけで、微妙に苦労しながらナナさんの髪の毛を一本つまんでは切り、一本つまんでは切り――なんてことを繰り返し、五本の髪の毛を確保した。
「ナナさん終わったよ? お疲れ様でしたー」
「うむ。お疲れ様でしたー」
「え、なんですかそれ? その示し合わせた挨拶は何ですか? なんだか楽しそうなんですが?」
うらやましそうに「私もやはり、髪の毛収集に参加するべきだったでしょうか? いやしかし……」なんて言っているナナさん。
とりあえずナナさんは放っておいて、髪の毛をしっかりと保管しておこう。
「ユグドラシルさん――あぁ、ありがとうございます」
「うむ」
僕が何か言う前に、ユグドラシルさんは『ナナ』と書かれた紙を用意してくれた。僕はそこに髪を落として、紙をしっかり折り畳んだ。――これでミッション完了だ。
「これでナナさんの分は終わりましたね」
「そうじゃな」
次はどうしようか? 母かな? やっぱりまずは家族枠から回収していく感じで――
「あ、そういえば私も回収していたんでした」
「ん?」
「今回私は諸事情により、マスターの髪の毛収集に付き添うことは叶いませんでした。――しかし、私個人でもマスターのために、こっそり集めておいたのですよ」
「え、そうなんだ? ありがとうナナさん」
そうか、ナナさんも陰ながら協力してくれていたのか。それはありがたい。
誰の髪を回収してくれたんだろう? できたら難易度が高そうな人のだとうれしいんだけど……。
いや、回収してくれただけでもありがたいな。すでに回収が終わった父以外だったら誰でもいい。
……さすがにここでいきなり父の髪がダブるなんてことはないよね?
「それで、誰の髪を回収してくれたのかな?」
「我が母――ダンジョンコアです」
「……ダンジョンコア?」
「ダンジョンコアです」
「コアに髪の毛とかないよね……?」
ダンジョンコアの外見は、赤い水晶でしかなかったはずだ。
ちょっと僕が見ない間に、髪の毛が生えたのだろうか……?
「髪はないので、端っこをちょっと削って回収してきました」
「え、大丈夫なのそれ?」
「その程度ならすぐに修復されますよ」
「へぇ……」
そういえば前に、ちょっとくらいなら自動で修復されるとか言っていたっけ?
「そんなわけで母の欠片を回収して、私も紙に包んでおいたのです」
ナナさんはそう言うと、マジックバッグから紙を取り出して僕に差し出してきた。
「こちらです。どうぞ」
「うん。ありがとう」
ダンジョンコアも生きているらしいので、万が一破壊されたとしても蘇生薬で復活できる可能性がある。この欠片も取っておいて損はないだろう。
僕はナナさんに感謝を伝えてから、コアの欠片が入っている紙を受け取った。これも大事に保管しておこう。
……大事に保管するつもりだけど、紙に『妻』と書かれていたのが、若干気にはなった。
next chapter:木工シリーズ第四十弾『
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