第154話 ユグドラシルさんにお願い


 僕はあのとき、何故チョキではなくグーを出してしまったのか……。


 グーを出したばっかりに、名称が『シガーボックス』に決まってしまった。返す返すも残念でならない。

 僕は断腸だんちょうの思いで、ユグドラシルさんにもそう紹介する。


「残念ながらシガーボックスという名前に決まってしまったので、これはシガーボックスです」


「うむ……経緯けいいはよくわからんが、シガーボックスという名前は理解した」


「では、とりあえずやってみてくださいな」


「うむ……何をじゃ?」


 渡された三つの箱をかかえたまま、立ち尽くすユグドラシルさん。


「あ、そうですよね……。えぇと、シガーボックスはジャグリングの一種なんですが――」


「ジャグリング?」


「ジャグリングというのは……そうですね、道具をたくみに操る遊び? まぁ遊びだか技術だか、そんな感じです」


「ふむ?」


 なんとなく『曲芸です』と言うのははばかられた。

 それだと、ユグドラシルさんに曲芸を覚えさせるってことになってしまうので……。


「たぶんユグドラシルさんは、こういうの好きだと思うんですよね」


「そうなのか? ただの箱じゃが……」


 抱えた箱を見て、ぼんやりとつぶやくユグドラシルさん。

 まぁ『箱とか好きそう』って言われても、そりゃあ困惑するか。


 ちなみに僕がそう思ったのは、以前ユグドラシルさんがフラフープをしているのを見たからだ。

 前にやっていたフラフープで、ユグドラシルさんは体の三箇所で三つのフラフープを回していた。


 それを見て、『なんだかジャグリングっぽいな』と思ったことが、シガーボックス作成のきっかけだったりする。

 楽しそうにフラフープで複雑なトリックをメイクしていたユグドラシルさんなら、ジャグリングにもハマるんじゃないかと思ったのだ。


「では、試しに僕がやってみますね?」


「うむ」


 ユグドラシルさんが持っている物とは別の、自分用のシガーボックスを手にしてから僕は立ち上がった。


「お主のは、少し大きいか?」


「えぇまぁ。いろいろサイズを作ってみました」


 僕が持っている方は、だいたいティッシュ箱程度の大きさ。……まぁこの世界にはティッシュ箱どころか、ティッシュがないけど。


 さておき、このティッシュ箱サイズのシガーボックスに比べると、ユグドラシルさんの物は一回り小さい。

 幼女のユグドラシルさんは手も小さいことを思い出して、ユグドラシルさん用に新しく作り直したのだ。


「まずは、この三つをこう持って、これが基本的なポジションです……たぶん」


 僕は右手と左手でボックスをひとつずつ掴み、残ったボックスは左右のボックスで挟み込んで、落ちないように固定した。


 この状態から、いろんな技をり出すんだ……たぶん。


「では、技をやってみます」


「技を……」


「それじゃあ行きます……いざ――!」


 気合の言葉を発してから、僕は技を繰り出す――


 右側のボックスを掴んでいた手を放し、中央のボックスを掴む。

 掴んだ中央のボックスを素早く右側へ移動させ、右側にあったボックスを、両手のボックスで挟んで固定する!


 ――ってことをしたかった。


「あぁ!」


 どこかで失敗したのだろう。ボックスのひとつが、遠くへ吹っ飛んでしまった。


 そこそこの勢いで飛び出したボックスは、そのまま人形をかざっていたフィギュアラックに向かい――


「ちょ、えぇ……。あーあーあー……」


「あー……」


 ラック内に並んでいた母人形やユグドラシル神像をぎ倒してから、ボックスは止まった。


「えぇ……? なんでこんなことに……。そうはならんやろ……」


「まぁ、なってしまったのじゃから仕方ないじゃろ……」


 それはそうなんだけど……。

 まるでボウリングのごとく、ボックスがボールで、人形がピンのように……。もしや、ボウリングをしたいと言っていたナナさんの呪いだろうか……?


「大丈夫か?」


「母が三体に、ユグドラシルさん二体が倒されてしまいました」


「わし二体……」


「あ、けどみんな無事っぽいですね」


 人形はすべて『ニス塗布』で固めてあるので、見た感じ人形本体は傷ついていないようだ。

 さすが『ニス塗布』だ、なんともないぜ。


「なんとかユグドラシルさんも無事のようです」


「そうか……。ではわしもやってみるかのう」


「え、あの、説明がまだ……」


「問題ない。さっきのお主を見て、大体わかった」


「わかったんですか……」


 さっきのは失敗なんだけど、大丈夫だろうか……。

 シガーボックスは、ボックスを叩き飛ばして人形を倒すゲームではないのだけど……。



 ◇



「だいぶ掴めてきた気がするのう」


「そのようですね。あぁ、ユグドラシルさんもどうぞ」


「うむ」


 しばらく二人でカタカタとシガーボックスを楽しんでいたけれど、一旦休憩することにした。

 横にどかしておいたテーブルを置き直し、二人でお茶を飲む。


「なかなか奥が深い」


「そうですかー。だいぶユグドラシルさんは慣れたみたいですね」


「うむ」


 みるみるうちに、ユグドラシルさんはシガーボックスが上達していった。

 もう少し練習を積めば、そのうち僕も驚くような技を繰り出しそうな気がする。


 そして僕の方も、そこそこ上達した。

 初回チャレンジこそ、フィギュアラックにボックスを打ち込むという大失敗に終わったが、今では『真ん中を掴んで、右に移動する』という技も、軽々かるがるとこなせるようになった。


 これでも『器用さ』極振り仕様の僕だ。ちょっと練習すればこんなもんよ。


「ところでユグドラシルさん」


「うん?」


「実は、少々お願いがありまして……」


「なんじゃ? 面白い物を作ってくれた礼に、ある程度のことなら聞いてやるが?」


「すみません。シガーボックスは、そういうつもりでもなかったんですが……」


 ……いや、まぁ本音を言うと、ちょっとだけそういう気持ちがあったかもしれない。

 別に交換条件とかそんなつもりではないけれど、気分をよくしてもらってからの方が、お願いをこころよく聞いてもらえるかなぁって、そんな感じで……。


「それで、なんじゃろうか?」


「ユグドラシルさんの髪の毛が欲しいんです」


「……髪?」


「あとですね、村の女性陣からも髪の毛を集めたいんです。できたらユグドラシルさんに手伝っていただけると……」


「…………」


 ユグドラシルさんが自分の髪の毛を抑えて、僕から少し距離を取った。


 おおぅ……。ユグドラシルさんがドン引きしている……。

 慈愛に満ちた心の広いユグドラシルさんは、頼めば結構なんでも聞いてくれると思っていたのだけど……。さすがのユグドラシルさんでもドン引きする案件のようだ……。





 next chapter:お疲れ様でしたー

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