第137話 ヒューヒュー


 ダンジョン開放二日目。今日はディアナちゃんと一緒に、ダンジョン探索をする予定であった。


 その待ち合わせのため、僕はルクミーヌ村を目指して森の中を進むが……その道中で走りキノコを発見。

 なんとなく走りキノコを見られたことに満足して、うっかりそのままメイユ村に帰還きかんしてしまった。


 そしていつものように、討伐した走りキノコを全てレリーナ宅に押し付けようとするのだが、レリーナママからは『さすがに悪いから少しでいいよ』と遠慮された。


 遠慮されても困る。僕はキノコが苦手なんだ。全部受け取ってほしい。

 それでも遠慮するレリーナママとキノコを押し付け合った結果、全体の十分の一ほどを受け取ってもらえた。


 まだあと九割も残っている……。

 仕方ないので、僕はこれから知り合いの家を一軒一軒回って、キノコを配ることを決めた。


 キノコが入ったマジックバッグを背負い直し、僕は再び歩き出す。

 なんとなく、サンタクロースにでもなった気分だ。……まぁプレゼントがキノコじゃあ、子供は喜ばないだろうけど。


 そういえば、毎回毎回レリーナ宅にキノコを押し付けているのだけど、レリーナちゃんはどう思っているんだろう?

 レリーナちゃんだってお子様なんだから、キノコは苦手なんじゃないか? ……もしかしたら僕は、毎回レリーナちゃんに酷いことをしているのかもしれない。


 ――そんなふうにレリーナちゃんのことを考えていたら、何やら怒っているレリーナちゃんの顔が脳裏に浮かんだ。……フラッシュバックと呼んでもいいかもしれない。


 そして、直近で一番レリーナちゃんが怒っていた理由――つまり、ディアナちゃんとの約束を思い出した。


 そこからは全力だ、全力疾走だ。ルクミーヌ村に向け、僕は全力で森の中を駆け抜けた。

 普段は警戒しながら進むので、そこまでスピードを出して森を走ったことはなかった。しかし、今回ばかりは全力だ。あまり当てにならない『索敵』スキルレベル0を頼りに、全力で森を走る。


 途中で『索敵』スキルが反応。前方に歩いている歩きキノコを発見したので、『お前のせいだ』とばかりに剣で辻斬りしながら森を進む。


 こうしてルクミーヌ村に到着。普段は二時間弱かかるメイユ村からルクミーヌ村までを、おそらく一時間もかからずに走破したと思われる。早い、すばらしく早かった。

 ダンジョンメニューの時計機能で、タイムを計測しておけばよかったと後悔したほどだ。マジックバッグに入っている走りキノコも、僕のスピードに驚いていることだろう。


 ……といっても、僕の『素早さ』は4しかないので、傍から見たら大した速度ではないのかもしれない。

 道中では『走りキノコに本当の走りってやつを見せてやる』とかなんとか、つい無駄に格好良いことを考えていたのだけど……案外走りキノコと僕なんて、どんぐりの背比べなのかもしれない……。


 兎にも角にも、どうにかルクミーヌ村に到着した。

 くたくたに疲れ果てた体に鞭打って、ディアナ宅までなんとか辿り着く。


「おそーい」


「ひゅー……ひゅー……」


 すでにディアナちゃんは、家の外で待機していた。やはり待たせてしまったようだ。

 謝りたいところなのだけど、僕の喉からは『ヒューヒュー』というかすれた呼吸音しか出てくれない。


「もうアレク、おそいー」


 あぁけど、ディアナちゃんもそこまで怒っているって感じでもないみたい。

 なにせ時計もないこの世界、時間にはみんなルーズだ。ディアナちゃんも『ちょっと遅いな』くらいの感覚だったんだろう。


「てーか、大丈夫?」


「ひゅー……ひゅー……」


 思わず地面にへたり込んでしまった僕を、ディアナちゃんが心配してくれた。逆に気を使わせてしまったようだ。申し訳ない。


「何? そんな急いで来たの?」


「ひゅー」


「アレクは足遅いんだから、無理しなくていいのに……」


「ひゅー……」


 軽くディスられた……。いや、仕方ない。遅れてきた僕が悪いんだ、何を言われても仕方がない。


「あー、あれだ?」


「……?」


「アレクはアタシと早くデートしたくて、頑張っちゃったんだ?」


 いつものようにニマニマしながら僕をからかってくるディアナちゃん。


『そうだね』


『お、おう……』


 ――ってところまでが、普段ならセットなのだけど……。


 疲労困憊ひろうこんぱいな僕は、『ひゅー……ひゅー……』としか答えられなかった。

 ごめんディアナちゃん……。



 ◇



 なんとか疲労状態から回復した――というかディアナ宅で一時間ほど休ませてもらって、ようやく回復した。


 そして当初の予定よりはだいぶ遅れつつも、僕はディアナちゃんと一緒にダンジョンへ向かい、ダンジョン探索を開始した。


 ディアナちゃんは初めてのダンジョンで、大層テンションが上がっている。


 壁のヒカリゴケを見ては――


「ヒカリゴケ! これがヒカリゴケ!」


「うんうん。……なんでむしるのかな? いや、確かに僕も初めて見た時はむしったけど」


 救助ゴーレムを見ては――

 

「草ゴーレム! これが草ゴーレム!」


「うんうん。……なんでむしるのかな? あぁ……薬草を抜かれたゴーレムが困惑しているよ……」


 メタリックなスライムを見ては――


「小銭スライム! これが小銭スライム!」


「うんうん。あ、はんぶんこしてくれるの? ありがとうディアナちゃん」


 宝箱を見ては――


「宝箱! これが宝箱!」


「うんうん。中は――お金がちょっと入っているね? ……小銭多いなこのダンジョン。あ、はんぶんこしてくれるの? ありがとうディアナちゃん」


 トラップを見ては――


「トラップ! これがトラップ!」


「うんうん。……なんでトラップをわざと何度も踏むの? そりゃあちょっと地面がヘコむだけの、落とし穴ともいえない落とし穴だけど……」


 ――そんな感じで、困惑する救助ゴーレムを眺めたり、小銭を集めたりしながら、ダンジョンを探索した。


 ダンジョンのギミックひとつひとつに一喜一憂するディアナちゃんを見ていると、なんだかほっこりする。

 周りの大人たちもほっこりするようで、温かい目でディアナちゃんを見守っている。


 ……まぁ少ししてから、ディアナちゃんだけではなく、僕も含めた『幼いカップル』に温かい視線を送られていたことに気が付いたわけだけど。


 知り合いの村人に、『ヒューヒュー』って言われたよ『ヒューヒュー』って。古いな……。

 いや、古いのかな? むしろこの世界的には、最先端のワードだったりするんだろうか……?



 ◇



「覚悟しろ、大ネズミ! 世界樹様から授かったこの剣で、お前を倒してやる!」


「キー」


 どうしてこうなったんだろう……。


「さぁ来い、大ネズミ!」


「キー」


 そろそろ帰ろうかという段になって、知り合いの村人から『あぁアレク君、ちょっといいかな?』と声を掛けられた。


 そして、のこのこと付いていった結果――第二回お遊戯会をやらされる羽目になった。


「キー! キー!」


「そんな攻撃が当たるものか!」


 大ネズミの攻撃をかわしながら、そんなことをのたまう僕。


 まぁ当たらないも何も、実際には大ネズミなんぞ攻撃される前に一撃で瞬殺できるのだけどね……。

 とはいえ、やっぱり攻撃を躱すシーンとかは盛り上がるので……。実際、僕を見守っているギャラリーは大層盛り上がっている。


 というか、何故ディアナちゃんもギャラリー側に混ざっているのだろう?

 ディアナちゃんだってこっち側じゃないの? 一緒にお遊戯会をする側じゃないの?


「てーい!」


「キー!」


 そんなこんなで、大ネズミの攻撃を何度か躱し、ある程度見せ場を作った後で、僕は横薙ぎに大ネズミを斬りつけた。


「キー……」


「ふぅ……。この村は――僕が守る!」


 討伐した大ネズミがダンジョンに吸収されたのを確認してから、剣を高々とかかげ、そんな決め台詞を吐いてみる。ギャラリーは大盛りあがりだ。

 ちなみにドロップは大ネズミの皮だった。いらん。


「ありがとう、みんなありがとう」


 剣をマジックバッグにしまい、一応大ネズミの皮も回収。

 そして観客から万雷ばんらいの拍手を受けつつ、わらわらとこちらへ寄ってきた人達と握手をかわす僕。


 いったい何をやっているんだろう僕は……。


 ディアナちゃんはどう思ったのだろう。反応が怖くて、なんだかディアナちゃんの方を見れない……。

 というかこれ、もしかして明日のレリーナちゃんとの探索でもやらされるのかな……?





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