第101話 VS大ネズミ4


「だいぶ落ち着いたよ。ごめんねアレク」


「ううん。いいんだよ父」


 ルクミーヌ村での騒動で心に傷を負い、しばらくテーブルに突っ伏していた父だが、だいぶ立ち直ったようだ。もしかしたら僕のハーブティーが効いたのかな?


 あ、どうせならハーブティーにこっそり治療薬でも混ぜたら……。いや、ダメだ。それはさすがにダメだ。


 確かにそれなら『治療薬は精神にも作用するのかどうか』という疑問も解消することができるだろう。

 だがしかし、治療薬は大ネズミでの実験すらいまだに行われていないのだ。いきなり父で実験をするのは、さすがにはばかられる。


「そういえば、今日アレクはどうしていたんだい?」


「うん? 僕?」


「釣りがしたいって話だったけど、行ってきたのかな?」


「あぁ、うん。釣り竿を作って行ってきたけど、ダメだったよ」


「そうなのかい?」


「ちょうどいい竹がなくて適当な棒で――というか魔剣バルムンクで釣り竿を作ってみたんだけど、すぐに糸が切れちゃった」


 そういえば初めて釣りをしたときも今回も、一匹目で釣り竿がダメになってしまった。さっき作った釣り竿三号機は、もう少し頑張ってくれるといいけれど。


「魔剣バルムンク……? えっと、前にアレクが使っていた木剣だよね?」


「うん。まぁいろいろあって……。バルムンクに糸をくっつけて釣り竿っぽくしたんだけど、うまくいかなかったよ」


「ふうん? そっか、それは残念だったね。それにしても、あの木剣はまだちゃんとあったんだね。アレクは世界樹の剣を作ったから、もうそっちは捨てちゃったかと思った」


「……なんかずっとあったみたいね」


 一年の放置を経て、もうただの棒としか思わなかったけど、一応はちゃんとあったみたいだ……。


「とにかくそんなわけで釣りが失敗して、それで散歩をしていたんだ、ジスレアさんと」


「ジスレアさん?」


「釣りをしていたら偶然会ったんだ。それでお喋りをしながら散歩して……。そのあとは教会へ行ってローデットさんに鑑定してもらってから帰ってきたよ」


「ローデットさん……」


「父?」


「そう……。レリーナちゃんがルクミーヌ村に行っているすきに、アレクはメイユ村の女性と……」


 言い方悪いな!


 なんだか、父がやさぐれている……。まるでレリーナちゃんみたいなことを言い出した……。

 もしかして三週間浴び続けたヤンデレオーラに、父も汚染されてしまったのだろうか……?


「ねぇ父」


「うん?」


「明日、レリーナちゃんと会ってくるよ」


「アレクがかい?」


「うん。やっぱり僕がレリーナちゃんをなんとかするよ」


 なんだかこのまま父にレリーナちゃんを任せるのはまずい気がする。このままだと、本当に治療薬を飲ませることになってしまいそうで……。


「そっか、ごめんねアレク。明日もルクミーヌ村でレリーナちゃんを止めようかと思っていたんだけど、正直ルクミーヌ村にはしばらく行きたくない……」


 まぁ、だいぶ大騒ぎしたみたいだしね……。


「とりあえずレリーナちゃんを誘って、メイユ村でのんびり釣りでもしてくるよ」


「メイユ村で?」


「うん。たぶんレリーナちゃんとディアナちゃんは、会わせたらろくなことにならないと思う。だからメイユ村でレリーナちゃんをブロックするよ」


 ルクミーヌ村での騒動は、今日第一幕が降りた。

 そして、明日には第二幕が上がろうとしている――だが上げさせない。第二幕は上げさせないぞ。


「頑張ってねアレク……」


「う、うん……」


 『頑張って』か……。改めて考えると、『幼馴染と遊んでくる』と話す息子に掛ける言葉ではないな……。



 ◇



 父がルクミーヌ村の中心で『剣聖ですー』と叫んだあの日から三週間、僕はレリーナちゃんのメンタルケアに務めた。


 久しぶりに会ったレリーナちゃんは、なんだかドス黒いヤンデレオーラを放っていた。

 正直会った瞬間軽く引いてしまったけど、なんとか僕はレリーナちゃんとコミュニケーションをとった。


 毎日一緒に狩りへ行ったり、木工シリーズで遊んだり、のんびり釣りなんかをしていたところ、レリーナちゃんもだいぶ落ち着いてくれたようだ。ヤンデレオーラももう見えない。


 『ピアノは一日練習をサボったら取り戻すのに三日かかる』という話を聞いたことがあるけれど、レリーナちゃんは一日と一日の等価交換が成り立つらしい。

 三週間放ったらかしにしていたけれど、三週間で元のレリーナちゃんに戻ってくれた。


 そこまで常軌じょうきいっしたヤンデレではなく、普通のヤンデレレリーナちゃんに戻ってくれたのだ。



 というわけでレリーナちゃんも元に戻ったので、今日は久しぶりに個人での活動だ。


 僕は再び、ルクミーヌ村へ続く森の中を歩いている。

 といっても、別にレリーナちゃんが落ち着いたから今度はディアナちゃんに会いに行こうとしているわけではない。


 僕の目的は――大ネズミだ。


「……なんか毎回大ネズミが目的な気もする」


 正確には大ネズミで実験をすることが今回の目的だ。今回は蘇生薬を試そうと思う。


 しばらくスローライフを送ろうと思っていた僕だったけど、蘇生薬の実験だけはやっておこう。

 人生何が起こるかわからない。突然女神様に後頭部を踏まれて死んでしまうことだってあるし――幼馴染に刺される可能性も捨てきれない。


 というわけで、森の中を一人進む。

 さすがに今回は実験に三週間もかかることはないだろう。瀕死状態で生かしておく必要はないのだから、大ネズミの発見さえできればいいんだ――


「キー」


「お? おぉ、なんと最初のエンカで……」


 まさかまさか、最初のエンカウントで大ネズミを引くことができた。これは運がいい。


「キー!」


「やー」


「キー……」


「さすが大ネズミ、弱い」


 こちらに襲いかかろうとした大ネズミ目掛け、すばやく矢を準備して放ち、大ネズミを仕留める。


「死んでる? うん、死んでる」


 心臓の辺りに深々と矢が刺り、倒れ伏した大ネズミ。

 そろりそろりと近づき、矢で足をツンツンとつついてみるが、大ネズミはピクリとも動かない。


「とりあえず、しばらく待とうかな」


 今回実験する蘇生薬。この薬は、死者を生き返らせる効果をもつと僕は予想している。なので対象が死亡したのをしっかり確認してから投薬したいと思う。



 五分ほど待って大ネズミの死亡確認をした後、僕は蘇生薬の投薬実験を開始する。


 マジックバッグから取り出したるは蘇生薬と――魔剣バルムンク。


「バルムンクだとわかった上でこの使い方をするのは、なんだか申し訳ない気もするけど……なにせバルムンクには実績があるからな……」


 というわけで、さっそくバルムンクを用いて大ネズミの口を開かせた。

 さすがは大ネズミの口を開かせることに定評のあるバルムンクだ。なんなく成功した。


 まぁ死んでいるから手で口を開かせても噛まれることはないだろうけど、指が歯に当たって怪我するのもイヤだしね。


 続いて蘇生薬だ。右手はバルムンクを握っているので、やっぱり苦労しながら左手だけでビンのフタをあける。


「よひ、いくほ」


 とりあえずフタは口に咥えておき、蘇生薬を大ネズミの口に垂らす。細心の注意を払いつつ、薬を少量垂らす。

 前回の反省を踏まえて少しだけだ。少しだけ垂らしたい。


「よひよひ――数滴だけ垂らすことができた」


 無事に投薬も終了したので、大ネズミから距離をとって観察する。


 ……さぁ、どうなる?


「お、おおおぉ……」


「キー」


 間違いなく息絶えたはずの大ネズミが、すっくと立ち上がった。


 実験は成功だ。やはり蘇生薬はその名前通りに、死者を生き返らせる効果をもつ薬だった。


「あれ? 矢が抜けている」


 大ネズミの心臓に突き刺さっていたはずの矢が、いつの間にか抜け落ちて地面に転がっていた。


「そっか、まぁ脳天や心臓に矢が突き刺さったままなら、生き返った瞬間死んじゃうもんな」


 その辺りはキチンとケアしているらしい。蘇生と同時に回復もしてくれるんだろう。


「キー!」


「おっと、気付かれた。すまんな大ネズミ、貴様はもう用済みだ」


 僕の存在に気付いた大ネズミがこちらへ向かってきたので、矢を構えて――


「やー」


「キー……」


 大ネズミは僕の矢を再び心臓に受け、地面に倒れた。


「さらば大ネズミ。お前もまさしく強敵ともだった」


 僕の強敵ともは大ネズミばっかりだな。もう大ネズミの強敵ともが三匹もいる……。


「じゃあやっぱり埋めて――えぇ……?」


 地面に倒れた大ネズミが、唐突とうとつにすっくと立ち上がった。刺さったはずの矢も抜け落ちている。


「また効果持続かい……」



 ◇



 蘇生薬は死者を蘇生させると同時に傷をやす効果があり、そしてその効果は、薬を飲んだ量と比例した時間だけ発動し続けるらしい。


 断末魔だんまつまの声を上げて息絶える大ネズミ。そして倒れるやいなや、元気いっぱいで復活する大ネズミ。


 こんな起き上がりこぼしのような大ネズミとの戦闘は、十分程で終了した。


「なんだか大ネズミに対して、かなり酷いことをした気がする……」


 いったい僕は、何度大ネズミの断末魔を聞いたのか……。

 殺しては生き返らせて、殺しては生き返らせて……。最上位の拷問にかけてしまったんじゃないだろうか……。


「それにしても効果の持続か……。持続するなら自分で自分を蘇生させることもできるな」


 死んだ後では自分で蘇生薬を飲むことはできないが、死ぬ前に飲んでおけば自分で自分を蘇生させることができる。これはすごいね。


「とはいえ、ノーマル回復薬があるしなぁ……」


 ノーマル回復薬なら、死ぬこともなく回復できる。それと比べると、若干負けている印象を受けてしまうのは否めない。


「やっぱり蘇生薬の使い方としては、死んでしまったときに、一滴だけ垂らしてもらうのが正解かな?」


 となると、誰かに事情を話して持っておいてもらうのがよさそうなんだけど――まぁユグドラシルさんだろうな。


 他の人にはこの薬の出処しゅっしょが説明できない、ユグドラシルさんに頼む以外なさそうだ。


「今度ユグドラシルさんが村に来たら、蘇生薬を渡してからお願いしよう。『もし僕が死んだら、この薬を使ってほしい』と――」


 なんというか、まるで遺言ゆいごんみたいだな……。

 いや、遺言で合っているのか……?





 next chapter:VS大ネズミ5

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