第22話 『木工』スキル
「おー。いろいろある」
父特製木工セットの中を見ると、数々の木工道具と木材が詰められていた。中には僕が知らない道具もある、木材も大小様々な物が揃っている。
「おー、おー。お……ん?」
ちょうどヤスリと木材を手で持ったときだ。僕は違和感を覚えた。
「え、なにこれすごい」
右手に鉄製のヤスリ、左手に長さ三十センチほどの木材。両方持ったときに、僕はヤスリをどう使えば効果的に木材を磨くことができるのか、鮮明に理解できた。これが『木工』スキルによる恩恵なのだろう。
試しにヤスリを手から離してみると、つい先程まであった、ある種の万能感めいたものは全て霧散してしまった。
ヤスリの代わりにナイフを持ってみると、今度はナイフを巧みに操り木材を削れる予感がする。
「へー。すごいなぁ」
「どうかした?」
木工セットの道具と木材を持ったり離したりしていると、いつの間にか家に戻っていた母に声をかけられた。
「母さん、すごいよ。今なら僕、どんな木材でもなめらかにすることができそうだよ」
僕はヤスリと木材を掲げ、自慢気に母へ返答した。
「あぁスキルの効果ね。懐かしいわ。私も初めて弓を持った瞬間、どんな獲物でも仕留められるような気がして驚いたの」
「…………」
エピソードの格好良さがまるで違うな……。
ヤスリを持って『どんな木材でもなめらかにできる!』の僕に対し、弓を持って『どんな獲物でも仕留められる』という母のエルフらしい発言。僕もそっちがよかった……。
「アレク?」
「……なんでもないよ? けど面白いね。木材を持ったままナイフを持つと、上手にナイフを操れる気がするのに、木材を離すとナイフの使い方がてんでわからなくなるんだ」
「それがスキルだからね。『木工』スキルがあるから許したけど、木を切る以外でナイフを使ってはダメよ?」
「うん。母さん」
それから道具をいろいろ見ていると、母が「何かやってみれば?」と言うので思案する。
いくらスキルがあるとはいえ、素人だからな……。DIYみたいなのはやったことがなかったし。
「あぁ、これがいいかな」
縦四十センチ、横三十センチ、厚さは三センチほどだろうか? 木の板を発見したので、版画を作ることにした。幸い彫刻刀もあるし、版画なら小学生のときにやったことがある。
まぁ、あのときはうっかり彫刻刀を持った右手の先に左手を置いてしまい、手を滑らせて――何十年も前のことなのに思い出すだけでゾッとするな……。
とはいえ『木工』スキルを手に入れた今の僕に、そんな失敗はないだろう。いざ――
◇
「――できた」
……って、何時間やってたんだ僕は。ものすごい集中力だな、これも『木工』スキルの恩恵なのだろうか? 時間を忘れて作業をしていた。
版画を彫り始めてすぐに、『これは木工というより、分類としては美術とか芸術系のスキルが求められるものじゃない?』なんて思ったりもしたけれど、作業自体はスキルのおかげでサクサク進められた。
ちなみに題材は母だ。母を描いてみた。
正直、子どもが版画で親を彫ろうとしたなら、結果的に狂気に彩られた作品に仕上がるのが常だと思うのだけど……スキルのおかげでそうはならなかった。
というか版画ではなくなっていた。インクを付着させても紙に転写することは無理だ。これは普通の彫刻作品だな、彫刻画?
「……普通にすごい」
数時間前までただの板だった木材には、薄く微笑んでいる美女が立体的に描かれていた。正直自分で彫った物だけど感動する。
レベル1でここまでできるものなのか。モデルがいいからかな? ……変にヨイショしているみたいだけど、実際僕は母の姿を忠実に木を削って再現しようとしただけだ。芸術系のスキルがあったなら、もっと独創的に仕上がったのだろうか?
なんにせよ、スキルすごい。そんなことを思いながら作品を見ていたところで、ふと尿意を覚えた。
生理現象を忘れるほど没頭していたらしい。木くずの片付けはトイレに行ってからにしよう。
◇
いつも通りスライムに感謝を捧げてから戻ってくると、母が作品を見つめていた。
というか、作業中に母がいなくなっていたことに、今さら気付いた。初っ端から父との約束である『両親のいるところで作業する』を破ってしまった……。
むしろ母は幼い息子が初めて刃物を扱っていたのに、あっさり席を外すのか……。
しばらく見て問題ないと判断したんだ、きっとそうだ、そうに違いない。単に飽きただけではないはずだ、そう思いたい。
「これで完成かしら? これは私?」
「うん、母さんを描いてみた」
「そう、お疲れ様。いいわねこれ」
おぉ、母も喜んでくれている。嬉しいね。
「えぇと、よかったらプレゼントするけど?」
「あら、いいの? じゃあ貰おうかしら、せっかくだから部屋に飾るわ」
そこまでしてくれると、こちらとしても作った甲斐がある。
ふと思ったのだけど……たぶん『木工』スキルでは芸術面でのブーストはないのだろう。だけどモデルを忠実に再現することならできそうだ。もしかしたら、人形とか作れるんじゃないかな?
作ってみようかな? 母を忠実に再現できたら、それはもう美少女フィギュアなんじゃない? まぁ母を『少女』と呼ぶのは、ちょっと無理が――
「今、母はひどい侮辱を受けた気がします」
怖いよ! 何? サトリか何かなの?
「アレクは母をこんなにも美しく描いてくれるほどなのに……何故なの?」
何故なのって、言われてもな……。
だって、どうやっても『少女』ではないだろうに――うぉ、睨まれた……。
next chapter:オ◯ロ
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